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074 意思に同意

「え?」

「……え、それはどういう……」


 わしの技術、知りたくないか。……何回か反芻してやっと頭に入ってきたが、それでも理解できなくて聞き返してしまった。


「そのままじゃ。わしの混合魔法の技術、知りたいとは思わんか?まあお前達、というよりはセレノ、お主じゃな」

「え、私?」

「……混合魔法……」


 ……混合魔法。それはヘクターにしか使えない魔法技術のことだ。その技術のおかげで、なんとかいう二つ名をつけられている程で、複数の魔法を組み合わせて応用的に使うことで、普通の魔法ではできないことが出来たりする、らしい。

 それをするには当然、魔法を二種類以上使えなければいけないので、俺ではなく風と治療魔法を使えるセレノにしか教えられないことになる。


 ……いやまあ、それ自体は理解できるが……


「……なんで、私なんかに?」

「……そうだよな。……他にもっと候補いるんじゃないんですか?」


 セレノも同じことを思っていたが、結局のところ何故それを俺達に言ってくるのかが分からない。あの時は金を取る上に真面な情報すら出してくれなかったのに、今になって急に貰ってくれよと言わんばかりに親切になるのは、どういうことなのか。


「……そうじゃな、その疑問はごもっともじゃ」


 ヘクターはにこりとしていた顔を一気に曇らせ、俺達から目を逸らしながらそう言った。……そして、ゆっくりとした動作でソファに背に深く凭れ、ため息交じりに口を開いた。


「たしかに、欲しいと言って擦り寄ってくる者は沢山おるから、教えようと思えば幾らでも教えられる。……じゃが、そういう者に限って、それを使って驕ることしか考えておらんのじゃよ」


 嘆くようなその言葉に、俺は深く同情した。……そうか、やっぱりこの世界はそういう奴ばっかりなんだな……


「……わしは、初めから混合魔法を使えた訳ではない。寧ろ、使えるようになったのはギルドマスターになってからじゃ」


 いきなりの意外な事実に俺は少し驚いたが、ヘクターはお構いなしに話し続けるので、反応せずに黙って聞き続ける。


「わしは奇跡的に、三種も魔法が使えた。そして今はどの魔法も十分に使えていると自負しておる。……そう思えるのは、何故だか分かるか?」


 唐突な質問。遠い昔の学生時代を思い出して軽く焦りつつも……自分に自信を持つ為には何をすればいいのか。それを考えれば、答えは自然と出た。


「……努力したから、ですかね」

「そうじゃ、努力して自分のものにしたからじゃ。それも、ただの努力ではないと思っておる。……わしには、三種も魔法がある。人並みの努力では足りなかったのじゃ」


 そう言われれば、たしかにそうだよな。大体の人は、魔法を一つしか持っていない。人生でそれ一つを極めるなら、苦労しないとは言わないがそれでもやりやすいはず。二種類でも、どちらかを多少疎かにすればなんとかなる範疇にあるのではないか。


 ……しかし、三種類はどうだ。一見しただけだと羨ましいなんて感想が出てくるかもしれないが、冷静に考えれば、全てを使いこなすに至るにはあまりに時間がかかり過ぎる。体にも相当な負担がかかるだろう。俺なんかには想像も出来ないくらいに。

 それをやってのけているということに気づけると、この人は本当に尊敬できる人なんだなと思える。


「わしは自分のことだけを見て、魔法の力をつけてきた。……何年も、何十年も。そうやって半ば修行のようなことを続けていると、気づけばギルドではかなりの功績を残していた。そこで実力を見込まれ、わしはギルドマスターに任命された。言ってしまえば、ギルドマスターの地位など、わしにとってはただの副産物に過ぎんのじゃよ」


 ……副産物。そんな風に言い切れる程にヘクターは、ギルドマスターというものにそれほどの価値を感じていないようだ。

 魔法を極めること。これ自体がヘクターの人生の中心にあり、その究極形が、ヘクターの混合魔法、ということなのだろう。


「……寄ってくる者達が努力していないとは言わん。じゃが、目に見える本気の努力をしていないのにも関わらず、他人の努力の結晶を欲しがるのは、些か虫が良過ぎるとは思わんか?」

「そうですね、俺にはそんなことできないです」


 何の反論もないと思ってこう返すと、セレノも隣で真剣な表情でこくこくと頷いていた。

 自分で努力して強くなって驕るのは勝手にしろと言うところだが、他人に媚び諂って手に入れたものを使って驕るのは、許せないという気持ちを通り越して呆れが来る。それによって得た地位になんの意味があるのか、俺には分からない。


「……うむ、やはりお前達はわしの言いたいことが分かっておる。だからこそ、わしはお前達を選んでいるんじゃ」

「……そうですか……でも、俺達だってヘクターさん程は努力してないですよ?ヒントだって貰えたし」


 そう言ってくれるのは嬉しいが、それでも俺達がその技術を教えてもらえる域に達しているとは微塵も思わない。ヒントがあったから先に進めただけなのだ。それを受け取るには、俺達では荷が重すぎる。


「わしから見れば、お前達は努力していた。表面だけの説明から何とか答えを探ろうとしていたところも、その間文句の一つも言わなかったところも。大体の者はすぐに弱音を上げて自分は頑張ったと言い張るところを、お前達は数年続けた上になんと諦めるという選択までした。そんな判断をする者はいなかったから、気をかけてやりたいと思った。だから、ヒントを与えようと思ったのじゃよ」

「……そんなことを……」


 ……あのヘクターが、ここまで俺達に入れ込んでくれているとは。あの時は気づくこともなかったが、俺達の行動は、ヘクターにはとても好印象に映っていたようだ。……というよりは、他があまりにも駄目過ぎたから、良いように見えただけかもしれないが。


「そのヒントも、気づけるかどうか怪しかったが……レーブは自分のものにしていた。セレノもできるんじゃろう?」

「……いえ、私はレーブくん程には出来ないです」

「程には、ということは出来るんじゃろう。それは他力本願では成し得ないことじゃよ。もっと誇ってもよい……と言ってもお前達はしないじゃろうが。……しかしそういうところに、わしは惹かれたんじゃ」


 面と向かってそういうことを言われると、なんともむず痒くなる。……謙虚に自分達には無理だと言っても、ヘクターに折れる気配はない。ここまで言ってくれているんだから、もう甘んじて受け入れるべきなのではないだろうか。

 そう思ったが……口には出さない。それを決めるのは、俺ではないからな。


「わしは、自分の為だけに魔法を研究してきた。だから、他人を助ける為に使うことが出来ないんじゃ。今からそれをしようとしても、もうお迎えが近い。……じゃがセレノ、お主なら、それができる。まだ若いし、レーブという良き味方もいる。その謙虚さ、その二種の魔法なら、大勢の者を助けてやることが出来るやもしれん。……わしは、わしの努力の結晶を、セレノ、お主に託してみたいんじゃ」


 懇願するようなヘクターのその言葉に、セレノは涙を流していた。そして、その目で俺を見てくる。……どうすればいいか迷っている、そんな目だ。

 俺は、そこの判断に口出しするつもりはない。それはセレノの意思で決定することだ。どちらを選んだって、俺はセレノの考えを尊重する。

 そう意味を含ませて、俺はセレノに深く頷きを返した。


 それを受け取ったセレノは、一旦目を伏せ……ヘクターの方へ向いた。その目には、決意が宿っている。


「……私でよければ……お願いします」

「……よし。そうと決まれば、明日から数日、セレノを借りたいのじゃが……良いか?」


 そう言うのが分かっていたかのように、ヘクターの顔には笑みが戻り、すぐに明日からの予定を組みだした。神聖王国に向かう前に教え切るつもりなのだろう。


「大丈夫ですよ」

「えっレーブくん」

「大丈夫、こっちのことは気にしなくていい。俺に任せて」


 横から割り込み、予定を確定させる。セレノにはしっかりと教えを吸収してほしいから、宿のことを考える時間すらもったいない。料理の手伝いくらいはできるから、少し頑張れば俺でもなんとかなるはずだ。


「……む、なにかあるのか?」

「ああ……宿の手伝いをしてるんですよ。睡眠魔法を活用してみないかと誘われて。……ヘクターさんはどうですか?」

「ほう……興味が湧いた。行ってみよう」

「えっ……じゃあ、行きますか」


 冗談のつもりで誘ったのだが、普通に興味を示された。そういえばヘクターには魔法をかけたことなかったな……別に隠すこともないし、宿に泊まるくらいは何も問題ないだろう。



 そうして、ヘクターとかなり深い関係を持ったところで、俺達はヘクターと共に宿に戻ることになった。

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