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073 日常に満足

 翌日、あいつのパーティから絶賛を受けた俺は、その夜から大人数の相手をすることになった。まさかの、俺の魔法を受けてみたいと言う人が増えたのだ。

 というのも、あいつのパーティは銀級で、それもかなりの勢いがあるらしく、あのギルドで知らない冒険者はいないのだという。そんな冒険者パーティが勧めた為に、人が集まってきたという訳だ。


 正直、かなりしんどい。うちの宿は美女達が丹精込めて作った食事をいただくことができるが、あくまでできるといったところで、大体の客は外で飲んで食って戻ってくる。だから当然酒に酔って気分は大きくなっているし、歩けない者もいるし、なにより酒臭い。

 酒を好んで飲まない俺にとっては、自分の酒量の制限も出来ない酔いどれの相手なんて毎日毎日何人も相手にしたくない。気持ち悪くなって吐く程に飲んで何の意味があるのか理解できなくて、俺はひどく冷めた頭で男達を宿に運ぶ。

 こうして愚痴を吐露していると、結構ストレスが溜まっているということを実感し、溜息も自然と零れる。



 しかしそんな俺には、何物にも代えることのできない癒しが存在する。全ての酔いどれの介抱から寝かしつけまでをこなして部屋に転がり込めば、最愛の女性が此方に気付いて微笑み、手を広げて待っている。

 そんな魅力的な光景に、俺は抗うこともせず、吸い込まれるように

手を伸ばすと、優しく抱き寄せられる。首には俺が贈ったネックレスが付けられていて、なんとも嬉しい気持ちが込み上げる。


「……つかれたよ」

「お疲れ様です」


 最大限の労りがこめられたその言葉に、体の力は抜けていく。


「先に寝てていいって言ったのに」

「……一人だと寝られないので」

「……」

 

 あまりに可愛らしい返答に顔を見れば、ほんのり頬を染めて此方を見つめ返してくるセレノ。口付けをすれば、目を閉じて体を委ねてくる。……疲れていなかったら、押し倒していたかもしれない。



 何とかそんな気持ちは抑えて、おやすみと一言交わし、俺は自分のベッドに寝転がる。


 どれだけ疲れていても、瞼が重くなることはない。全く寝られないことはないが、寝たという感覚は訪れない。精々考え事をして、時間が過ぎるのを待つだけだ。これはいつまでも変わらない。


 ただ、生活をしている、という点では、ここ最近はすごく充実しているように感じる。仕事内容にどれだけストレスを感じていても、日の終わりにはこうしてリセットがかかる。日のはじめには、俺が世話を焼いた冒険者達から称賛してもらえる。仕事のある生活ってこういうことだよなぁとしみじみ思いながら、自然な動きで寝返りを打つ。


 目線の先には、既に目を閉じて寝息を立てているセレノ。一人だと寝られないとか言っていたが、眠気は相当きていたんだろうな。俺を気遣って起きてくれていたのは嬉しいが、そんなに無理することもないんだけど。俺は何ら気にしないし、その安らかな寝顔だけで、俺の疲れは癒される。

 傍にいてくれるだけで、俺は十分支えられている。




 明くる朝、いつも通り俺とセレノはエミリーの朝食の用意を手伝い、冒険者どもを硬い笑顔で送りだす。これでも頑張っている方で、初めの内はもっと固く、ロベールに小突かれていた。

 親しくもない相手に笑顔なんて振りまけないと抗議すると、それも仕事だと軽く流された。こればかりはこういうことも想定できたはずなのに頭になかった俺に問題があるんだろうな。普通に納得してしまって、何も言えなかった。



 そんな感じで、俺は働いて寝て、買い出しについていくだけの生活を送っていた。俺自身冒険者として、魔物を倒したいとか、ランクを白金級に上げたいとかはもう思っていないので、冒険者ギルドにはしばらく立ち寄っていない。

 危険を冒さずとも金が入る仕組みを手に入れた以上、わざわざまた危険の中に入っていきたいとは思わない。文句は垂れつつも、こういう仕事も悪くないな、と。



 そう、思っていたのだが。


「ごめんください、レーブさん達の滞在先は此方で合っていますでしょうか?」

「え?」


 朝食の後片付けをせっせとこなしている時に、いきなり宿に入ってきてそんなことを聞く人間が現れた。服装を見るに……冒険者ギルドの職員のようだった。


「レーブは俺だけど……」

「ああ、合っていましたか。最近ギルドの冒険者さん達の間で話題になっていましたので」

「話題、か……」

「はい」


 普通に考えて、ここ数日の間に俺の魔法を体験したやつらが話を広げているんだろうな。妨害魔法の使い手自体そんなにいないし、それも魔物ではなくて人間相手に使っているとなれば、注目もされる。初めは疑って誰も手をつけなかったが、体験者が増えてきたところで、興味を持つ者も増えたのだろう。


 まあその辺りは察しがつくからどうでもいいとして。


「それで、何の御用で?もしかして、指名依頼とか?」

「ああいや、そうではなくてですね」

「あっ……」


 違うんかい。それくらいしかないだろうと思って当てにいったら、自意識過剰なやつみたいになってしまった。少し恥ずかしい。


「昨日から魔法王国のギルドマスターがいらっしゃっておりまして、あなた方のことを話しておられたのです」

「魔法王国の……ヘクターさんが?」


 何故急に他国のギルマスがやってくるのか……それも気になるが、俺達の話をしているとは……そんなに心配だったのだろうか。でも、俺がこの国で元気にしているというのは、ここのギルマスのダグラスから伝わっているはずだからな。


「はい、なのでご挨拶をされてみてはいかがかな、と思いまして。勝手な訪問で申し訳ないですが」

「いえいえ……そういうことなら、挨拶しに行こうかな」


 わざわざ伝えに来てもらった上に、気になることしかないし、行くことにデメリットがある訳ではないので、久しぶりに冒険者ギルドに寄ってみようと思う。



ーーーーー



「おお、レーブ、セレノ」

「お久しぶりです、ヘクターさん」

「久しぶりじゃのう」


 当日の内にセレノと共に冒険者ギルドを訪れた俺は、受付嬢に用件を伝えて、ヘクターさんがいる部屋に案内してもらった。

 一応、冒険者ギルドの職員や受付嬢は、俺達の功績を知っている。ギルドマスター達と関わりがあることも知っているので、笑顔で取り合ってくれた。


「どうして急にこの国に?」

「ああ、それはのう、近々ギルドマスター同士の会議が神聖王国であってな。その道中じゃ」

「あっなるほど。お疲れ様です」


 どうやら、ヘクターは明確な用事があって来ていたようだ。急にギルド職員が宿に顔を出すものだから、俺達に用事があるのかと思ってしまった。あくまで、俺達の話をしていただけか。


「わしを労ってくれるのはお前達だけじゃ。……あの小僧の為に神聖王国まで行くのは癪じゃが、仕方のないことじゃからのう」

「……はは……」


 ひやりとした空気を漂わせて呟くヘクターに、俺達は苦笑するしかなかった。あの小僧というのは、神聖王国のギルドマスター、クリストのことだろう。前にも労りがないと言って空気を凍らせていたから、未だに良く思っていないようだ。

 それでもいかなければならないのは、神聖王国の冒険者ギルドが本部だからだ。これに我儘を言うことは不可能だろうな。


「とは言え、中々距離があるのも事実。わしもいよいよ年を感じてきてのう……そろそろ真面目に引退を考えようと思っておる」

「……そうなんですね」


 魔法王国から神聖王国への道のりは、遠い。現役の冒険者でも、ここ商業王国で数日の休暇を取るのだから、いくら元気でもご老体には厳しいものがあるだろう。

 そんな移動を定期的にやれと言われたら、そりゃあしんどいよな。


「ただそうなると、わしには一つやっておきたいことができるんじゃが……ふむ、それで悩むことはなさそうじゃ」

「……ん?」


 ヘクターは急に此方に目をやって、にこりと笑った。その意味が分からなくて、俺とセレノは同時に首を傾げた。……俺達に関係があることだろうか?

 ギルドマスターを辞めるタイミングですることといえば……後任を決める、ぐらいだと思う。ギルドマスター程の大役を務められる者はそうはいないはずだから、探しておく必要はあるだろうが……

 俺達は、それにはなり得ない。まだ金級の雑魚だし、名は通っていないし、人望もない。それはヘクターも分かっているはずなので、ここで無責任にそんな大役に指名することはないと思う。だから、これは違う。

 ……この人、初めて会った時からそうだが、重要な話はもったいぶるからな……正直すごく困る。


「……分かっておらなさそうじゃな……」


 俺達が全く察せていないことに少しがっかりしたのか、眉を下げて軽く溜息をつくヘクター。……そして、すぐに真面目な顔を作り、こう言った。



「お前達……わしの技術、知りたくないか?」

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