072 再会に疲弊
「誰も受けるって言わねぇな……」
「……なんかすまんな」
ロベールに勧められるがままに手伝いを始めて、数日が過ぎた。暇を潰せるし、金も稼げるからいいかと思っていたのだが……誰も俺の睡眠魔法を受けたいと言わなかった。
まあ、そうだよな。急に現れて睡眠魔法ありますよ、と言われても困るだろうし、そもそも安さが売りみたいなこの宿で追加料金を取られると聞いたら、いらないと言うと思う。
「謝らなくていい。信用できないものは仕方ないからな」
それに、俺は別に有名ではない。金級になったからと言って目立とうともしていないので、顔は通っていない。怪しまれるのは当然のことだ。
「うーん……もったいねぇな」
「……」
不機嫌そうにそう呟いておくに入っていくロベール。別になくなるものでもないんだけど……でもそう言ってもらえるのは嬉しい。
それだけで俺は満足だったりする。
「ごめんくださーい、ってあれ、レーブ先輩?」
「え?……あ、ホントだ!」
「……ん?」
テーブルを拭いている時に不意に聞き馴染みの無い声で名前を呼ばれた。頭にはてなを浮かべた俺は、宿の入り口に目を向ける。
「やっぱりそうだ!」
「……ああ、フレンの行き帰りで……」
「覚えてくれてるんですか!?」
「……ああ、まあ」
やかましいこの感じと、先輩、というところで思い出した。フレンへの行きと帰りの馬車で一緒になった銅級冒険者達だ。……思い出せたのはいいが、なんでこいつらが来るんだよ……
「なんでこんなところに?」
「こんなところ……まあ色々あってな」
「お、なんだ後輩か?」
最悪のタイミングで戻ってきたロベール。腕を組み、銅級冒険者達を観察している。
「あ、はい!この前レーブ先輩にお世話になったので」
「ふーん、レーブ先輩ねぇ」
「……」
やることやってんじゃねぇか、みたいな薄目でこっちを見るんじゃない。こいつらが勝手に呼んでるんだよ。俺は何もしていない。
「君ら、これに興味ないか?」
「「え?」」
ロベールがここぞとばかりに営業をかける。その手に持っているのは、俺の魔法の説明と、追加料金の数字が書かれた紙だ。
一応外にも張り出しているが、それを見て入って来た客は今まで一人もいない。
「え、レーブ先輩って睡眠魔法使えるんですか!?聞いてませんよ!」
「……そりゃ、言ってないからな」
なんだか興奮した様子で擦り寄ってくる銅級冒険者達。……あー、面倒だな……
「どうだ?金級冒険者の力、体験したいだろ?」
その上でロベールがそんなことを言って煽る。その目はもう商売人のそれだ。なんか怖い。
「はい!すごく体験したいです!……体験したい、ですが」
「……ですが?」
「……その、お金が……」
「ああ……」
途端に元気を無くす。むーん……銅級冒険者には少し厳しい値段設定なのか。たしかに銅級は、討伐依頼も増えて装備に金を使いたくなる頃だから、宿代とかはケチりたいんだろうな。
「なので、今日は普通に泊まりたいです!先輩の魔法はまた今度来た時でもいいですか?」
「ああいいぞ。また固定客が増えたな」
勝手に話を進めるロベールに俺は睨んでみるが、やつは知らん顔をした。……どちらにせよ、ロベールにとっては良いことしかないのだ。
「しかし、これ目当ての客が本当に来なくてなぁ。俺はオススメなんだが」
「ああ、なら僕達がギルドで宣伝してきますよ!待っててください!」
「え!?いやいいよそんなことしなくて!おい!」
ロベールのわざとらしい呟きに反応して、冒険者達は俺の呼び止めも無視し、振り向くことなくギルドへ走り去っていった。まったく、最近の若者は……
「元気で先輩思いの良い後輩じゃねぇか」
「……俺としてはしんどいだけなんだけど……」
「お前のその力はもっと目立っていいと思うぞ」
「えー……」
正直俺はギルドマスター達に認められているからもう十分だと思っているが、周りがそれを許してくれない。……まあこの魔法で金を取ろうとした時点で、目立つことに文句は言えなくなってるんだけど。
俺は溜息を吐きながら、諦めてテーブル拭きを再開した。
ーーーーー
その日の夜。
「お前、僕を覚えているよな」
銅級冒険者の宣伝によってやって来た一組の冒険者パーティ。その中の一人の青年に、俺はそう聞かれた。
「えーっと……?」
「忘れたとは言わさんぞ!」
「……ん?」
……何処か覚えのあるこのやり取りに、俺は首を捻る。覚えてろとそのままの意味で言った少年。父親によく似たその顔で、父親とは似ても似つかない自己中心的なガキ。
「ギルドマスターの……」
「そうだ。そうだが……それを言うのはやめてほしい」
「……は?なんで」
俺に決闘を吹っ掛けてきた、いつぞやのギルドマスターの息子。当時はそれをあんなに鼻にかけていたのに、何故か今は弱気になっており、小声でそんなことを口にした。……明らかにどうかしている。
「僕は、お前のせいで自分への自信を無くした」
「俺のせい?」
「ああそうだ。でも、それがなかったら今僕はここにいない。それはお前のおかげだと思っている」
「……どういうことだ?」
言っている意味が分からない。俺のせいだと言ったり、俺のおかげだと言ったり。この辺りは特に変わっていないようだが、結局何が言いたいんだ、こいつは……?
話したげに此方を見てきたので、仕方なく俺はロベールに許可を取り、二人宿の外に出た。心地よい風を感じた後、俺は振り向いてダグラスの息子に話を促す。
「僕はあの時……自分の力量を見誤っていた。自分自身に力があると思っていた。しかし実際、力があったのは父だけだった」
そう話し始めた彼は、目を伏せて俯く。
「父の息子だからと言って僕は調子に乗っていた。やればできると思っていた。……そんな時、お前とのかかわりを持った。お前に馬鹿にされ、報復で決闘しても余裕を持って負かされた」
少し口調を強めて、伏せていた目は此方を鋭く見つめる。
「屈辱だった。……けれど、そう思うことがもう筋違いだった……」
最後に力を抜いて、俺から視線を外しながら彼はそう言った。
あの時俺は、自信過剰に見えたこいつを、正々堂々負かした。単純に負けたくないのが大きかったが、それで勘違いに気付いてくれることも密かに願っていた。
その後俺はボコボコに殴られたのだが……ちゃんと理解はしていたらしい。なんか殴られ損だな。
「……父に聞いた。僕は試合後にお前を殴ったらしいな」
「……ああ。ボコボコにされた」
「……すまなかった」
「……はあ」
俺は呆気に取られた。絶対に謝らないタイプだと思っていたのに、随分と素直に謝ったのだ。それも身に覚えがないというのに。……こんなやつでも成長できるんだな。
「……こうも聞いた。暴れた僕を、夢を見せる魔法で鎮めたと。そこで見た夢のおかげで、僕は自らを省みて、別の道を歩き始めることが出来た。……感謝している」
「お、おお……」
俺は言葉を失った。絶対に他人に感謝しないタイプだと思っていたのに、案外すんなり感謝の言葉を口にしたのだ。人ってこんなに変われるものなのか。
想定外な動きに、何故か俺が取り乱したが……今なにか気になることを言ったような。
「……別の道って?」
これまた、こいつにしては妙な発言だと思う。こいつは自分の信じた道を突き進むタイプだと勝手に解釈していたが、そうでもないのか。
「……僕は自分の意志で動くとダメなんだ。だから、他人の指示に従うことにした。運良く強い仲間に出会えたから、僕も強い魔物と戦えるんだ」
「……そっか」
どこか嬉しそうにそう語る。なるほど、ダグラスが不安そうにしていたのはそういうことか。調子に乗って大物に挑もうとして事故ったのに、まだ大物に執着しているのだ。
だが、あの時とは違う。強い仲間がいるようだからまだ安全だし、本人も自重している。息子の心配をする親心は分かるが、成長を見守るのも親の仕事のはずだ。親になったことがないからこんなことが言えるのかもしれないが、これくらいはまだ許容範囲だと思う。それに、あいつももう大人だ。好きにやらせればいいんじゃないのか。
宿に戻ってパーティの中に帰っていった様子を見ていても、仲良さげな雰囲気だった。今のあいつなら、もう大丈夫だろう。
「どうかしたんですか……って、あの人……」
俺が宿を出ていったのを聞いたのか、戻ってすぐ話しかけてきたセレノ。そしてあいつに気付いて、眉を顰める。
「そんな顔するんじゃない……あいつは変わった。もう自分勝手な行動はしないと思うよ」
「……人はすぐには変わらないですよ」
割と根に持つセレノは、まだあの時のことを怒っていたらしい。その言い分には俺も同感だが……それでもあいつは本当に変わった気がする。なんというか……覇気が無くなったというか。ん?それって駄目なんじゃ……
とりあえずセレノは奥に押し込んで、今日はあいつとその仲間に対して初めて俺の仕事をこなした。後は、起きてきた時の反応次第だな。
……ところで、あいつの名前なんて言うんだっけ。……まあ、いっか。




