071 永遠に随伴
私は、幸せ者だ。
ここまで幸せな気持ちになる日が来るなんて、あの頃は微塵も思っていなかった。本当に、この人に巡り合えてよかったと思っている。
……結婚。数年前に、一度その話をされたことがあった。結婚を考えないか、と。……その時のレーブくんの顔は、すごく新鮮なものだったのを今でも覚えている。
恥じらいを含んだ赤い顔でそんなことを言われた私は、全てを処理できなくて、倒れてしまったんだっけ。
正直、無理もないと思っている。いつも余裕そうなレーブくんが恥ずかしそうにしているのに、私が耐えられる訳がない。今までそんな感情を向けられたことのない私には、耐性というものが存在しなかったのだから。
そしてそれは、いつになっても変わらないみたいだ。大きく踏み込まれると、私は処理できなくなって倒れてしまう。そう、この前も……
…………
……うう、思い出すと顔が熱くなる。……あんなの、倒れるに決まってる。
結婚の報告に家に帰った時、お母さん達からのアドバイスをもとに、計画を立てて動いていた私。レーブくんを部屋に連れ込んで、後ろから抱き着いて、感謝の想いを伝えようと。失敗しないようにと、我ながらかなり綿密な計画を練っていた。
しかしそれは、一瞬にして崩された。前から包み込まれるように抱き寄せられて、レーブくんの匂いや温かさをこれでもかと感じさせられ、心臓は激しく脈を打った。恥じらいながらも視線を絡め合った時は……はっきり言って、興奮していた。……呼吸が、できなくなる程に。
その上に、好きだと直接的な言葉を浴びせかけられた私は、危うく倒れそうになったところを何とか耐えて、こっちも食事の前から言おうと考えていたことを内心必死で口に出す。
本当に、ここで倒れなかったことを褒めてほしいくらいだ。後少しでも刺激されれば、もう倒れることは分かっていた。それ以上は、限界だった。
……でも、レーブくんは、止まることはなかった。瞬きをした一瞬で、ただでさえ近かった距離がゼロになり、視界はレーブくんだけになった。強く求めるように合わせられる唇に、私は呼吸が出来なくなった。熱くなった頭に血がいかなくなり、レーブくんの顔はどんどん霞んでいった。
気が付いた時には、ベッドに寝かされていて、外は明るくなっていた。傍に座って此方を見ていたレーブくんは責任を感じている時のひどい顔をしていて、また自分は倒れてしまったのかと、自分自身を責めた。
……いや、待って。
レーブくんは私を気遣ってゆっくりと歩みを進めてくれるけど、たまに無意識にとんでもなく心臓を揺さぶってくることがある。特にこの時は、明らかに度を超していたように思う。今回ばかりは、倒れてしまったのは私のせいではないのではないか。
そう思って、ここで珍しく悪戯をしてみようと考えた私は、レーブくんには不意打ちで、やられたことをやり返してみた。私から攻めたので、幾分か心臓の負担は少なかった。それでも、鼓動を感じるくらいにはドキドキしていたけど。
離れてみると、顔を赤らめて余裕がなさそうにしていたレーブくん。悪戯に成功して、嬉しくて口角を上げた私だったが、さらにその仕返しとばかりに今度はレーブくんが迫ってきた。
なんでそんなに余裕があるんだろうと思いつつも、その控えめな優しいキスはとても気持ちが良くて、私はレーブくんに体を委ねて、唇だけに意識を集中した。
長時間に感じたキスから解放されて、余裕そうに笑うレーブくんに抗議の目を向けると、何故かその笑みから余裕が消え、また迫ってくる。
そんな時にお母さんの声が聞こえて、短いキスとハグで留めたレーブくんは、そろそろ降りようと言って、すたすたと部屋の外へ出ていった。
……正直、あの時は物足りなかったなぁ。
……と、ここまで正確に思い出せるくらいには、この出来事は刺激的だった。……まあ、それからは二人きりになった時にキスをしてくれるようになったので、全く持って文句はない。寧ろ、よりレーブくんに近づけて嬉しかった。今までにない幸福感を味わえるようになったから。
私は、結婚という言葉をぼんやりと考えていたけど、レーブくんはちゃんと色々考えて行動していた。家に帰った時は勿論……今日も。
急に高級な店に行くと言い出した時は何事かと、おかしくなったのではないかとレーブくんを疑ったけど、それにはちゃんと理由があった。
結婚をすることになった時は、そのお祝いや相手を大事にするといった意思表示を含んで、アクセサリーを贈るらしい。たしかにお母さんも、いつも大事そうに肌身離さずネックレスをつけていたから、それはそういうものだったのだと今更ながら気付く。
ただ、それはそれとして、何故か自分に贈られることはないと思っていた私は、激しく狼狽えた。急にそんな大層なものを贈られても大事にできるのか不安で、でもそれを口に出すことも出来ず、真剣な表情で選び出したレーブくんを、私はじっと見つめた。
購入するものは存外早く決まったようで、レーブくんの合図でお店の人が動き始めた。私の目にそっくりだというのが聞こえていて、どんなものなのか気になった私は、箱にしまわれていくところを凝視する。……そこには、青っぽい綺麗な色をした宝石がキラキラと輝いていた。
それは昔、レーブくんと出会うよりも前。色の薄くなった世界の中で、私が唯一頼りにしていた色だった。それを見る為に、私は何とか生きようとしていた。綺麗な白髪を彩るその露草色は、私の中では強く印象に残っていた。
……そんな思い出の色が、私の目にそっくりだと、レーブくんは言ってくれた。それだけで、今までの緊張は雪のように解けた。あの頃私の傍にいてくれた、ずっと支えてくれていたお母さんの心が、私にも受け継がれていると感じて、勇気が湧いてきた。
レーブくんに大事にされ、支えられてきたのは、身に染みて分かっていた。勿論私も、レーブくんを支えていこうと、決心はしていた。そう約束もした。
でも、私に何ができるのか、というのは、今までずっと考えてきたことだった。レーブくんは基本何でもできるし、頭もいい。偶に何か悩んでいることはあるけど、少し話しただけで解決できてしまう。私でない誰かでも支えられるんじゃないかと、不意に思うこともあった。レーブくんと結婚することになって、その悩みは大きくなった。
……でも、それは違う。そもそも結婚というのは、一緒になりたいと思った人とするものだ。レーブくんが、私がいいと思って私を選んだから、私はレーブくんと結婚できた。ということは、少なくとも今までにそういう不満はないということだ。
なら、別に深く考えず、隣にいるだけでいいのではないか。私が沈んでいた頃のお母さんのように、傍にいるだけでいいのではないか。
そう思えたら、怖いものなんて無くなった。ずっと繋がれているこの手を、離さなければいい。離されたって、繋ぎ直せばいい。そうやって、ずっと傍にいられれば、それでいい。
店から出て、購入した露草色の宝石のネックレスの入った紙袋を渡された私は、大事にしてねと言われる前から、大事に抱えていた。一生傍にいてくれと言わんばかりのこの贈り物を、私は無くすことはない。いつまでもどこまでも、私はこの贈り物と共に、レーブくんについていく。
最愛の人を、傍で支える為に。




