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069 計画に是認

「……お前、睡眠魔法使えるだろ?それを商売にしてみないか」


「……ほう?」

「商売、ですか?」


 その言葉に、俺は顎に手を置き、それまで黙っていたセレノもはてなを浮かべる。……商売、ときたか。睡眠魔法と宿……うん、合わない訳がない。

 最近は全く意識していなかったが、俺の魔法にはいい夢を見せるという付加効果も存在する。これを魔物じゃなくて人間相手に使って金を取るというやり方か……全然思いつかなかったな。


「あれ俺結構気に入っててなぁ」

「うん?」

「寝付きは当然良いし、良い夢見られるし、寝起きもスッキリするんだよなぁ」

「うっ……」


 今の一瞬で三回も大ダメージを受けた。くそ、この俺の前で快眠できることを嬉しそうに語りやがって……軽々しく使ってやるんじゃなかった。

 因みに、俺にとっては当たり前だから一々言っていないが、不眠症の症状はずっと続いている。……もう不規則な生活なんてしてないから、治ってもいいと思うんだけどな……状態異常は、そうもいかないらしい。


「他の人も体験すれば、絶対評判になる。そうなればもっと客が入って儲かるだろ?追加料金制にすれば十分に給料も払えるようになるから、お前も損しない」


「……なるほど」


 ……かなり真面目に考えているようだ。ただ素直に俺の能力を買ってくれている。……俺がひねくれていただけか。


「興味があるなら、一回やってみてくれ。合わないようなら辞めてくれればいい」

「そういうことなら……」


 やってみるしかないよな。ちょっと目立つことになってしまうが……正直今更だ。金級で活躍しだしたら、どの道目立つことになるからな。

 それに、あんまり動かないで金が入ってくるのは、俺としては結構嬉しい。前世から、俺は働きたいと思ったことはない。働いていたのは、あくまで生活の為だ。



「よし。……セレノちゃんはどうだ?」

「えっ私もですか?」

「ああ。セレノちゃんかわいいし、冒険者共から人気出るだろ」

「は?おいやめろ、そんなこと俺が許さん」


 セレノを誘うのはいいが、その理由はふざけるな。嫉妬じゃないが、その辺の低級のやつにセレノが狙われるとか、たまったものじゃない。


「必死だな、冗談だよ冗談。……エミリーの厨房仕事の手伝いとかでどうだ」

「……それなら、やります」


 ……なんだよ、クソみたいな冗談かましやがって。……俺が必死になって否定したからセレノが少し赤くなっていて、居たたまれなくなる。


「……よし、じゃあ決まりだ。開始は……明後日からでいいか?」

「分かった」「分かりました」



 という訳で、俺達は宿の従業員をすることになった。……あれ、俺がここにいたら、さっきの客はいなくなるんじゃないか……まあ、それはそれでいいか。



ーーーーー



 翌日、俺達は休暇ということで、商業区に足を運んだ。金ができた今、多少奮発しても痛くないので、何か良いものでもあれば買ってみようと思った。


「そういえば、こうやって二人でここに来るのも久しぶりだな」

「そうですね!懐かしいです」


 あの頃はまだセレノのことを妹だと思っていた。なのに数年経った今、妻にまでなっている。……不思議ですねぇ。

 ちょっと気が向いたので、セレノとまた手を繋いでみる。一瞬ぴくっとされたが、しっかりと握り返された。……これが、幸せというやつなんだろうな。

 ……あ、このやり取りで買うべきものを買っていないのを思い出した。丁度いい、今日探してみるか。



 当時と何も変わらない、色々なものが雑多に置かれた風景を見ながら歩く。こういうところ、大人になっても未だにワクワクするんだよな。低ランクだった時代には手が届かなかったものがぱっと買えるというのもなんとなく嬉しくて、気分が上がる。

 魔物の素材を見ても、当時はこんなのがいるんだ、という感じだったのに、今はこれくらいなら買わなくても自分で調達できる、みたいなイキった感想しか出てこない。……余裕ができた、と言い換えておこう。


 

 そうやってただひたすらに歩いていると、ふと一つの店に目が留まる。……店というよりは、店頭の商品か。


「……何か気になるものでもありましたか?」

「ん?ああ……ちょっと見てみる」


 俺が興味を持ったのは、ショーケースに飾られた、古めかしい魔導書のような本。つまり、ここは本屋だ。前々から欲しいと思っていたから、敏感になっていたのかもしれない。

 その本の表面は色が褪せ、汚れている。そのせいで所々分からなくなっているが、何か題名が書かれていることは窺えた。


「こんな本が気になるんですか?」

「うん、暇な時間とか、こういう本があればいいなと思ってたんだけど……って、安っ」


 どうせこんな本高いに決まってる、と思って値段を見ると、想定していた値段のゼロ二つ分安かった。前世で言うと、百万円のものが一万円で買える程だ。何故こんなに……


「うーん、確かに安いですが……なんて書いてあるか分からないじゃないですか」

「え?分からない?」

「はい……こんな言語知らないです」

「……なるほど」


 古い言語かなんかで読めたものじゃないから、本来の価値が分からない、ということか。それならこれだけ安いのも納得できる。

 ……これ、なんとか自分で解読できないものだろうか。できそうなら俺は安く読める本が手に入り、解読中も含めて暇を潰せる。

 幸いにも、この世界の文字は前世とそこまで変わらず、ローマ字を変形させた程度のものだったので、俺でも割と簡単に理解できた。だから案外何とかなるんじゃないかと調子に乗っている部分もある。

 ……いや、別に解読できなくても、どうせ安いんだからとりあえず買っとけばいいんじゃ……?


「その本に興味あるのかい?」

「え?」


 店の前で悩んでいる姿を見て気になったのか、奥から恰幅のいい店主がのそのそと出てきた。突然声をかけられたから少し驚いた。


「その本は、私が神聖王国に行った時に入手したものなんだ。しかし読もうとしたところ、何を書いているのかさっぱりでね。かなりの文章量なんだけど、理解できないし、ついでに言うと字が汚い。だから私はそれを子どもの練習用だと思い込むことにしたのだよ」

「練習用、か……」


 そういう解釈もあるのか。……でもそれなら、表紙の題名でさえも読めないのはおかしいと思うが……


「ただそうは言っても気になってしまうのが私の性でね。いっそのこと誰かが買っていかないかと思って店頭に出してるんだけど……チラッチラッ」

「……」


 ここぞとばかりに買ってくれと訴えてくる。……まあ、買うのは良いんだけど。


「いかがかな?」

「うーん……子どもの練習なら、これでも高いのでは?」

「……ふむ?」

「もう少し安ければ、後悔なく買えるんだけどな……チラッチラッ」


 お返しでもっと安くしろと訴えてみる。本当に子どもの練習なら、そもそも値段なんてつかないからな。

 それに、思い込むことにしたとは言っても、やっぱり心の中では何かあると確信しているんだろう。……それか、はじめから価値がないと分かってて、少しでも金を巻き上げようとしているか。


 いずれにせよ俺はまずケチなので、安くできそうなら値切りたい。奮発できるとは言ったが、無駄に金を使いたい訳ではないのだ。他に買いたいものもあるし。


「……仕方ない。その代わり、もし内容が分かったら私にも教えてもらえないだろうか?」

「……分かったよ。多分読めないだろうけど」


 ……普通に前者だった。切実なその懇願に、俺は少し申し訳なくなったが……それでも、疑うことは大事だからな。



 本を安く買えたところで、俺は目的の店を探しに、再び歩き出す。

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