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057 状況は深刻

 警戒していたものの、その情景に何処か既視感を覚えた俺は、どう見ても魔物ではないその少女をとりあえず介抱することに決めた。とは言っても手当をするのは全部セレノだが……俺はその分野営の環境作りに励んだ。


「この子、傷だけじゃなくて、毒とか麻痺ももらってますね……」

「滅茶苦茶重症じゃないか。……セレノが居なかったら確実に死んでたな」

「……助けられてよかったです」


 セレノの治療魔法によって、少女の傷、状態異常は回復したが、それでもまだ目を覚ます気配はない。

 ……それにしても、この森には全身に傷を負うような強い魔物や、毒を使う魔物、麻痺を使う魔物、そんなのがいるのか。想像するだけで危険なのに、何故この少女は一人で外に出ようとしたのだろうか。

 ……確か、街、と言っているのが聞こえたから、街に行きたかったのだろうが……ここらには街なんてないからな。


「どうします?」

「どうするって……助けた以上放っておけないから、起きるまではここに留まるしかないかな」

「……そうですね」

「……いつ起きるかも分からんから、ちょっと食い物でも狩ってくるよ。セレノはこの子を見てて」

「分かりました」


 ここで一晩明かすことになりそうな上に、エルフが起きたら腹減ったと言いかねないので、飯の用意だけは早めにしておく。……しかし、エルフ……思った通りの風貌だった。ちょっと嬉しい気持ちはあるが、状況的にそうは言えなかった。


 俺は適当に肉を調達し、夕暮れ時に野営地に戻った。


「戻ったよ、起きた?」

「お帰りなさい……まだです。でも、大分安らかにはなってますよ」

「おお、なら大丈夫そうだな」


 助けられたのに間に合わなかった、というのが一番しんどいので、それを回避できただけで十分だろう。


「腹減ったし、先に食っとくか」

「はい」


 いつも通り、その辺にいたレッドボアやホーンラビットの肉に香辛料をもみ込み、しっかり焼く。大して美味くないのが分かっていても、それらが焼ける匂いは空腹を刺激する。


「……ん……」

「お?」

「起きましたかね」


 エルフの少女がもぞもぞと動き、上体を起こした。薄目を開けて、此方を……というより、焼いている肉を見ている。


「いい匂い……はっここは」


 我に返り、辺りを見回す。そして俺とセレノを視界に入れて、少し後ずさる。


「……誰……?」

「俺達は君が倒れているのを見て、介抱したんだ」

「倒れていた……私が……?……あっここは何処!?」

「ここはエルフの森のすぐ傍の平原だ」

「……すぐ傍……平原……街は何処?」

「この辺にはないよ」

「え……この辺にはない……?」


 俺の言葉をオウム返しのように反復しながら、少女は徐々に顔に絶望を張り付けていく。


「そんな……どうしよう……長老が……皆が……」


 その目には涙が溜まっていく。蹲り、顔を抑える。


「……長老?皆?何かあったのか?」

「……」


 俺の問いかけに、エルフは答えなかった。


 ……グゥゥゥゥ……


 その場に大きな音が鳴る。発生源は……エルフ少女の腹だ。腹の音で返事をしたのか……というのは冗談で。


「……腹減っただろ、これ食っていいよ」

「……」


 今度は無言ながらも反応を見せた。涙目で、赤くした顔をこちらに向ける。


「……いいの?」

「いいよ、その辺の魔物の肉だからあまり美味しくないけど」


 エルフはゆっくりと手を伸ばし、肉の端を齧る。そして目を見開き、一心不乱に食らいつく。それを見ながら、俺達も肉にかぶりついた。美味そうに食ってるのを見ながら食うのはやっぱり美味いな。


「……ごちそうさま」

「足りた?」

「……うん」


 手に付いた香辛料を舐めながら、エルフ少女は頷いた。


「もう一回聞くけど、森で何かあったの?」

「あ……街はどの辺にある?」

「……、ここから十日程歩き続けたところにあるよ」

「……十日、か……」


 思いっきりスルーされたが、仕方なく話に合わせてやる。


「走れば五日くらいで着くかな……でもこの傷じゃ……って、あれ?」


 自分の体を確認し始めるエルフ少女。漸く傷が無くなっていることに気づいたようだ。


「傷は、セレノ……この子が全部治したよ」

「……全部?」

「全部……かは分かりませんが、ちゃんと動けるようにはなっているはずです。毒とか麻痺も治してますので……」

「……すごい……すごい!!」

「え、なに……?」


 急に立ち上がり、興奮するエルフ少女。ちょっと怖い。


「これなら、街に行かなくても……お願い、エルフの集落に来て!」

「え、集落、ですか?」

「ちょっと待った。それって、長老がーっていう話に繋がるよな?」

「あ……うん……」

「先に、聞かせてくれないか?」

「……分かった」


 やっと話を聞いてくれたエルフ少女は、森を出てきた理由を話し始めた。



 ある一人のエルフの男が狩りから帰ってくると、突然息苦しそうに倒れた。しばらく看病をしていたが、看病に着くエルフも悉く同じ症状に見舞われるようになった。

 不審に思った長老は、できる限り症状が出た者に近づかないように、と指示を出した。長老は種族の中でも薬学に精通した者であり、何とか症状を抑える薬を作ろうと試みた。

 それで、効果のある薬を作る為に、長老も倒れたエルフの容体を診ていたところ……


「……長老にも、同じ症状が出てしまって……集落にはもう治せる人がいないの……」

「……なるほどな。それでか」


 少女は倒れた時から持っていた弓に手を伸ばし、抱きかかえながら話を続ける。


「うん。……残っているみんなで相談して、森の外の街に助けを呼ぶことにしようって……人間に助けを求めるのは危険だという意見も出たけど、そんなこと言ってる状況でもないし……」

「……でも、君以外にもっと適任がいたんじゃないのか?男とか」


 俺が気になっているのは、何故こんなか弱そうな少女に、街に助けを呼ぶ役を決めたんだろうか、ということだ。集落の外に出るなら、普段狩りに出て慣れている男衆の方が適任だと思ったのだが。


「集落の男達は、殆ど同じように倒れてしまったの。辛うじて残っている男達も、狩りは続けないといけないから……一番足が速かった私が、外に出ることになったの。……でも……外に街はなくて……うぅ……」

「……それで、力尽きたという訳か」


 重圧に耐えきれなくなったか、エルフ少女は咽び泣いた。そこに、セレノはそっと寄り添う。


 ……状況を整理する。外の経験がないであろう少女が、たった一人で集落全員の命を背負ったようなものか。その上、記憶違いか勘違いか、森の外すぐに街があると思い込んだがために、準備の具合やペース配分を間違えた、と。……中々に重い話だな。


「セレノ……どう思う?」

「……そうですね……症状がどんな感じなのか分からないので、治せるかどうかは分かりませんが……」

「……だよな……」

「でも……」

「……でも?」

「助けてあげたいです」


 真剣な表情で、セレノは俺の目を見ていた。真面目で優しいセレノが、ここで少女を見捨てるわけがない。決意の宿るその目に、俺は深く頷きを返した。


「君、名前はなんていうんだ?」

「……フォリア……」

「……フォリア、治せるかは分からないけど、試してみたい。……集落に案内してもらえるか?」

「っ!……うん……ありがとう……」



 エルフの少女フォリアは、泣きながら初めて感謝の言葉を口にした。

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