042 軟弱と所願
人気のない高台まで足を運んで、俺は切り出す。
「話ってなんだ?」
「はい。……レーブ兄が疲れてそうだったのは、実は大分前から気づいてました」
「え?」
俺は今日クリストさんに言われるまで疲れていることを自覚してなかったというのに……大分前ってどういうことだ。
「私がヘンデルさんのところに行き始めた日……ナツキさんがパーティに加入した日からですね」
「ナツキ……」
「なんとなくいつもと雰囲気が違ったので、聞こうと思ってたんですが……その日から、あんまり私とお話してくれなくなりました」
「……あ」
そういえば……あの日はナツキに話があると言って宿に連れ込まれ、長々と話をしていたが……その直前セレノも話したそうな感じだった気がする。その時はセレノはいつでも話せるからと思って、緊急だったナツキを優先したわけだが……優先どころか、セレノとはその日大した会話はしなかったように思う。
そして、それからも。
「……ごめん、時間を取ってあげられなくて」
「……いや、それはいいんです」
え、いいのか。よくないだろ。俺の勝手でセレノを放置していたんだ。もっと文句を言ってくれてもいい。
「私には、レーブ兄がなんで疲れているのか分からなかったんです。疲れているのを分かっていて話しかけるのは気が引けました」
「……そんな、気にしなくていいのに」
「気にします。……でも、今日はもう聞きます。心配で気になって仕方なくて」
「セレノ……」
こんな年下の女の子にがっつり心配されていたとは……俺そんなに疲れているように見えてたのか。
「教えてください。なんでそんなに疲れているのか……それとも、私にも言えないことですか?」
なんでそんなに疲れているのか、か……正直自分でもよく分かっていないから、なんと言えばいいか。
……疲れているように見え始めたのは、ナツキが加入した頃とのこと。あの頃は仲間が増えて楽しいと思っていたし、同じ元日本人という共通点によって安心感もあったから、疲れるような、ストレスになるようなことはなかったように思うが……
……いや、ある。丁度その頃から今に至るまで、ずっと思っていたことが。なんとも情けない悩みが。
沈む気持ちをなんとか表に出さないように取り繕っていたが……残念ながら顔に出ていて、むしろセレノに気を使わせる結果となっていたようだ。
「……確かに、その頃から悩んでいることがあった」
「……悩んでいる?」
「うん。……加入した仲間が強すぎて、自分の存在価値を疑い始めた。劣等感っていうのかな」
「……そういうことでしたか」
他人のせいには絶対にしたくないのだが、問答無用で相手を眠らせ、拘束できるこの魔法……今現在使う必要がなく、俺の存在価値が見いだせないでいる。ナツキの話相手という意味では無くはないが、この世界で生きる上でのそれが不足している。
「今日も何もしなかったのに、それが自分の実績になるのは、複雑な気持ちだった」
「……そんなことないです。ナツキさんも言ってたじゃないですか」
「あれは正直どこまで本気で言ってるのか分からなかった」
「……」
「それに」
「……それに?」
この悩みには、大きな問題点があった。これは言いづらいものだったが……この際全部言ってしまおうと思った。
「はじめはミーナとナツキに対するものだった。だけど、それをセレノに対しても感じるようになってしまった」
「え……私……」
「情けないよな。傍にいると約束した相手に、劣等感を抱いてしまうんだから」
自虐的に言った俺に対して、セレノは悲し気な表情をした。……失敗したな。今の言い方は嫌味とも取れてしまう。
「……そんなこと、言わないでください。私は、どっちのほうが優れているとか、そういうことは考えたくないです」
「……そうは言ってもな。結局は実力主義なんだ」
冒険者という職業は、結局は強くないといけないのだ。ランクが上がってもちまちま眠らせて不意打ちをしているようじゃ、効率の面で強いとは言えない。ナツキやミーナのように次々に攻撃を繰り出していかないと、今日みたいな集団戦には勝てないのだ。
「……私は、戦いの実力が高いだけの人より、レーブ兄のように周りの人を尊重して、気を配れる人の方が尊敬できます。私はそんなレーブ兄が好きです」
「……え」
そんなことを言ったセレノ。俺が振り向くと、セレノはほんのり顔を赤らめ、こちらを見つめていた。
「ええと……人には得意不得意があります。ナツキさんやミーナさんは、戦闘が得意だった。レーブ兄は、あまり得意じゃなかった。でもその代わりに、周りを見たり、他人を思いやるのが得意です。力量を考えて、無理させないように指示する。私も戦闘は得意じゃないですが、その指示のおかげで、落ち着いて行動できました。……それに、今日の戦いに挑む前の撤退案も、ナツキさん達を想ってのことですよね」
セレノは、俺が出した指示に信頼を持っていたらしい。偉そうに命令しているように見えていると思っていたのだが、そんなこともなかった。そして、セレノが俺の撤退案に賛同したのは、俺の心情を見抜いた上での動きだった。
「……セレノは、なんでもお見通しだな」
「なんでもは違いますけど。……レーブ兄のことは、誰よりも知っているつもりです」
恥ずかしそうに、セレノはそう言った。
「……ありがとう。でも、ちゃんと分かってくれるのはセレノだけだ」
「そんなこともないですよ。言う機会がなかったので言ってませんでしたが、ヘンデルさんもレーブ兄がすごいことを分かっていました」
「……そうなのか?」
「はい。人のことをよく見ている、と言っていました」
そんな長く会っていたこともないのに、そんな感想が出るのか。それは嬉しいことだが……
「……ヘンデルさんに認められてもな……一緒にいる人でないと」
ナツキ達には多分分かってもらえない。分かってもらえたところで、慰めになることもないし……
「一緒にいる人……私だけじゃ足りないですか?」
「……え?」
急に何を言い出すんだ。
「私は今までずっとレーブ兄の傍にいます。そして、レーブ兄を頼りにしています。必要としています。ですが……レーブ兄は私を頼ってくれないです。一緒にいるんだから、私もレーブ兄に頼りに思われたいです。もっと頼りにしてください。必要としてください」
「……」
……そんなことを思っていたのか。
「あの言葉、忘れたわけではないですよね?」
「……あの言葉?」
「はい。……『セレノは俺に任せてください』」
「……え、聞いてたのか……」
恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じる。あの時セレノの両親しかいなかったから、てっきり知らないものだと思っていたが……まさか聞いていたとは。
「私、嬉しかったですよ。あの日私に言ってくれたことを、お父さん達にも言ってくれたみたいに思えて。……お父さんのあの聞き方はちょっと気に食わないですが」
「……」
「それで、あまり言いたくないですが……実は私も同じようなことを言われたんです。レーブの世話をしてやってくれって、レーブ兄のご両親に、レーブ兄が聞いていないところで」
「……そんなこと……」
全然知らなかった。いつそんな話を……
「恥ずかしかったですが、レーブ兄の真似をして、任せてくださいと言っておきました。頼りになるレーブ兄が何らかの理由で動けなくなった時に、私が助けになれるように」
「セレノ……」
「……だから、これからはレーブ兄だけじゃなくて、お互いを頼り合って、助け合っていきませんか?私に務まるかは分かりませんが……私はそうしたいです」
「……そうだな……」
「えっレーブ兄?」
そんな申し出に、涙が出てきた。俺が一緒にいることを約束したから、俺が強くなって、セレノを守っていかなくてはならない、ずっとそういう風に考えていた。
だが、それはセレノも同じようなものだった。俺を守りたい、助けたいという気持ちがあった。俺は一人で抱え込んでいたが……その必要はなかったのだ。
「ごめんな……情けない男で」
「……気にすることないですよ、完璧な人なんていないんです。でも……弱みを見せるのは私だけにしてください」
「はは、言うなぁ……もちろん。その代わり、セレノも俺だけにしてくれよ」
「それはずっとじゃないですか」
そう言って、セレノは俺に抱き着いてきた。今回は、俺がセレノに慰められる形だった。人には素直になれなんて言っておいて、自分は黙っているなんて……人のことを言えたものじゃなかったな。
悩みの根本的な解決ができた訳ではないが、悩みをセレノに打ち明けることができて、かなりスッキリした。俺を必要としてくれる人が一人でも傍にいてくれる。それだけで、俺は頑張れる。
信頼して寄りかかってくれるセレノの背に、俺はゆっくり腕を回した。




