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004 状況の把握

「なぜゴブリン達を殺さなかった?」


 アドニスからのこの質問を受けて、俺は即答できなかった。こんなことを聞くということは、殺しておくべきだということだ。幸せそうに眠っていたから手をかけられなかったなんて答えたら、どうなるか分からない。

 後ろではすでにでかいゴブリンが殺されて終わっている。そして、灰となって消えていく。……本当に、ゲームの世界みたいだな。


「おい、どうした?」


 返答がなかったので、詰め寄ってきた。どうしようか。ここはひとつ演技をしてみるか。実際思っていたことではあるから、嘘はない。


「……倒せるか、不安だったんです。僕が持っている武器はこの剣だけで、戦闘自体初めてだったんです。倒し損ねたらと思うと怖くて……」

「そうか。殺そうとは思ったんだな、それならいいんだ。ただ、その剣でも殺せると思うぞ」


 あ、やっぱり善意で殺さなかったとか答えたら怒られるところだったわ。で、この剣でも殺せるって?


「できるんですか?」

「ああ、できる。この辺の魔物なら、弱点、つまり心臓を一突きにするだけで終わりだ。一応これは常識だが、駆け出しなら知らなくても無理ないか」


 まだ残っていたゴブリンに剣を突き立てながら、アドニスはそう教えてくれた。刺されたゴブリンが断末魔を上げ、ふわりと消えていった。


「……なるほど、弱点ですね。分かりました」

「よし、学習する気があるのは良いことだ。で、動けなさそうなのは、魔力枯渇ってところか?俺が担いでいってやろう。とっとと帰るぞ」

「すみません、お願いします」

「おう。任せな」



 これで、俺の唐突に始まった初めての冒険は幕を閉じた。正直体力的(いや魔力か)にギリギリだったので、第二の人生とともに閉幕するかと思ったが、そうはならなくてよかった。


 ちなみに、道中に寝ていたゴブリンはすべて殺してきたとのこと。初めに寝ている所を目撃したのが、この洞窟の中間ぐらいで、その上方には、柵のない行き止まりルートがあるという。元俺は、そこから滑落死したということだろう。


 で、聞くところによると、元俺も誰かとパーティを組んでいて、残ったメンバーが捜索依頼を出した、ということでの救助らしい。ここで自分達で探しに来なかったのは、賢明な判断だったとは思う。俺の今の装備を見るに、メンバーも同等だろうからな。ただ、それでも分からないことがある。


「依頼を持ってきたのはどんな感じの人達でしたか?」

「可愛らしい女の子だけでしたよ。レーブ兄を助けてって」

「そうだな、あまり冒険者ギルドにいるようなタイプではない子だった」

「……レーブ兄、か。名前は?」

「えっと、セレノちゃんって言ったかな。って、妹さんなら分かるんじゃ?」

「……分からないんです」

「「え?」」



 この発言によって、俺は記憶喪失という扱いになった。喪失というよりは初めから無いが、まじめに説明したところで信じてもらえないだろう。むしろ変に怪しまれる可能性まである。それに、これからレーブのことを知っている人物に会うときに、記憶を失っていると言えたほうが都合がいい。



ーーーーー



 現状を把握出来たところで、俺は洞窟の外に出ることができた。助かったことに安堵し、溜息をつく。が、そこで待っていたのは……


「……あ、アドニスさん達……って、レーブ兄!?」


 今にも泣きそうな顔で駆け寄ってきたのは、白い髪を肩まで伸ばした、なんとも可愛らしい女の子だった。俺のことを知っているということは、この子が……


「レーブ兄、無事だったんですね!?」

「……ああ、なんとか」

「本当に、良かった……」


 安心したことによって涙腺が崩壊したのだろう、溢れんばかりに涙を流して、俺に抱き着いてきた。……そうなんだろうが、確認しておきたい。


「……君が、セレノちゃん、だね?」

「……え?」


 何を言っているの、と言わんばかりにこちらを一心に見つめてくる。……これは、今聞くことではなかったかもしれない。


「……セレノですよ、分からないですか?」


 すでに近いのに、さらに顔を近づけてくる。……分からない以上、そんなに近づけられても困る。


「……その、レーブさん、記憶を失っているみたいなんですよ」


 マーシィさんの一言によって、セレノは時が止まったかのように動かなくなった。そして、すべてを察したのか、また目から涙が溢れて出てくる。


「そんな……」



 それからその場には、セレノの泣く声だけが響いていた。俺は何も言葉にすることができず、見ていることしかできなかった。


 ただ、日も暮れてきたということで、ずっとこんな洞窟の入り口にいるわけにもいかず、とりあえず俺達は近くの街の、依頼を受けたという冒険者ギルドまで向かうことになった。確かに、アドニス達にも生活があるから、俺らのことをずっとは見ていられないよな。



 アドニスに背負われながら、街にたどり着く。前世テレビで見た、欧風な街並みが当たり前のように広がっており、本当にここが俺が元いた所ではない世界であることを実感させられる。


 一際大きな建物に入っていき、受付の方へ向かう。ここが冒険者ギルドというやつか。



「ご用件はなんでしょうか」

「この子の依頼の報告をしに来た」

「ああ、ということは、その方が……」

「ああ、そうだ。命を助けることはできたが……残念なことに記憶を失ってしまっているらしい」

「記憶が、それは……とても、残念です」


 受付の女性は、依頼主であるセレノのほうを見ながらそう言った。


「俺達がもっと早く駆け付けられていれば、まだ何とかなったかもしれないが……」

「……アドニスさん達は何も悪くないです」


 セレノが、申し訳なさそうに会話に入ってくる。そうだ、アドニス達が負い目を感じることはない。実際、あそこにアドニス達が来なければ、俺は助かることはなかったんだ。


「それで、報酬ですが……」

「それは、俺らには受け取れない」


 アドニスは、受付嬢の言葉にそう返した。


「なぜですか、アドニスさん達はレーブ兄を助けていただいたじゃないですか」


 セレノが真っ当な疑問をぶつける。


「でもな、その報酬は、君が持ち金全部はたいて用意したものだろ」

「それはそうですが……」

「確かに助けることはできたが、これからのことを考えると、君、とても苦労するぞ。俺達はこれ以上君に苦労を掛けたくない。だから、俺達は受け取らない」


 なんと、俺の救助依頼の報酬代金は、セレノが所持金すべてを突っ込んで用意していたのだ。なんていい子なんだ……そして、それを受け取ろうとしないアドニスもいい人だ……。俺はかなり恵まれているようだな。



 セレノは最後まで受け取ってもらおうとしていたが、アドニスが断固として譲らなかった為、結局報酬は返金されることとなった。

 そして、セレノはお金がない想定だったため宿をとっておらず困っていたが、冒険者ギルドが特別に部屋を貸してくれるということで、今晩俺とセレノは冒険者ギルドで過ごすことになった。……家は、ないのだろうか。ちょっと特殊な状況のようだ。

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