033 誤解と目的
「大丈夫ですか!?セレノ、回復魔法を!」
「分かりました!」
勝手に扉を開けた手前、人が倒れているのを見てしまった以上、助けない訳にはいかない。それに、セレノの力で助かる可能性があるから、やってみる価値は十分にあった。……こういう時、俺には何も出来ないんだけどな。
「……どうだ?」
「……手ごたえはあります」
「そうか……なら何とかなりそうだな」
手ごたえがあるというのは、魔法が効いているかどうかのことだ。効いているなら、ひとまずは大丈夫か。焦ったな。
助かりそうなことに安心していたその時……入口の方からなにか物音がした。
「お前ら……ヘンデルさんになにやってるんだっ!!」
そこには頭に猫の耳、腰に尻尾が付いた、橙色の髪をした女の子が立っていた。傍らには、何かが入った袋が転がっている。
「……この方の関係者の人ですか?」
「泥棒に教えることはないっ!!」
そう言い切って、こちらに向かってきた。……早い!油断したら普通に負けそうだ。……って、誰が泥棒だ!
「泥棒じゃない!」
「だったらなんでここにいるんだ!!」
「開けたら人が倒れてたんだ!普通助けるだろ!」
低姿勢から拳や蹴りが飛んでくるが、なんとか躱しながら会話を続ける。
「嘘だ!泥棒にそんなやつはいない!」
猫娘のスピードがさらに上がって、ついに足に蹴りを食らってしまった。足払いのような形で転倒してしまい、上に乗りかかられる。腕を抑えられ、身動きが取れなくなった。
「レーブ兄っ!」
「セレノ、俺に構わずその人の回復を続けてくれ!……今回復魔法をかけているんだ、信じてくれ」
「そんなわけない!」
そう言いながら、猫娘は今度はセレノに向けて威嚇をしている。セレノは、左手を倒れている女性に当てたまま、右手は上に向けていた。攻撃の意思がないことを表しているようだ。
「……先にお前を倒す」
分かってもらえず、猫娘は俺に拳を振りかぶる。なんか既視感があるが……睡眠魔法は、使わない方がいいか。使ったら泥棒を否定できなくなりそうだ。
目を閉じて受け入れる体勢に入る。
「……ミーナ、お止め」
その時、どこからか小さな声が聞こえてきた。目を開けると、猫娘は動きを止めている。
「ヘンデルさん!?」
俺の上から飛び降り、倒れていた女性の方へ駆け寄っていく。その方を見ると、女性が起き上がろうとしていて、セレノが補佐している状況だった。
「ヘンデルさん、大丈夫なの?こいつらになにかされてない?」
「大丈夫。むしろこのお嬢さんは回復魔法をかけてくれていた。だから起き上がることができたんだよ」
「……本当に……」
セレノと俺を交互に見ながら、猫娘は少しずつ警戒を解いていった。
「お二人さん、ありがとうね。……ほら、ミーナも」
「……ありがとう。……後、ごめんなさい」
感謝と謝罪をしてもらった。誤解が解けたようでなによりだ。ちょっと足は痛いけど。
「……で、えーと……ヘンデルさん?は何故倒れていたんですか?」
倒れていなければ誤解を招くこともなかったので、それだけが気になった。
「……私は、この街の恵まれない子ども達の相手をしてあげてるんだよ。知恵を教えたり、怪我をしていたら治してあげる。お金は取らずにね」
「……すごいですね」
「すごかないよ」
笑ってそう言ったヘンデルさんは、正に聖人だった。こんな国でもそういう子ども達はいるらしい。その子達の為に、無償で教育や治療を行っているのだ。無償で、というのはやはり大きいことだ。子どもには金を払うのは難しいからな。
「それで今日は……魔法を使いすぎてね。年のせいもあるだろうけど……体力がないから疲れやすいんだ」
「急にヘンデルさんが倒れたから、助けなきゃと思って、みんなで薬を買いに行ってたんだ。それで帰ってきたらあんたらがいて、助けてくれた」
「子ども達には大きな心配をかけてしまったみたいだね」
ヘンデルさんが猫娘……ミーナの頭を撫でながらそう零した。年を追うごとに魔力は減っていく、ということか。防ぎようのない話だが……ヘンデルさんがもしいなくなってしまったら、子ども達は困るだろうな。ミーナも薬を買いに行くほど心配していたみたいだ。
……ん?みんなで、ということはまだ戻ってきていない子がいるのか。
「「「ヘンデルさん!!」」」
三人ほどが入口にいた。人間の子が男女二人、犬耳の男の子一人。どの子もミーナより小さく、幼い印象を受けた。
「……そのひとたちは?」
人間の男の子が不安げに口を開いた。
「この人達は、ヘンデルさんを助けてくれたいい人達だよ」
ミーナはそう答えた。それを聞いて、恐る恐る近づいてくる。
「……ありがとう」
「俺より、セレノに感謝してあげてくれ。ヘンデルさんを助けたのはあっちの白い髪のお姉さんだ」
「……うん」
頷いて、セレノの方にとことこと歩いていく。
「セレノさん、ありがとう」
「……どういたしまして」
子どもの素直な感謝を受け、ちょっと照れるセレノ。気持ちは分かる。
「それで、あんたらはなんでここに入ってきたの?」
「ああ、そうだった」
ミーナの疑問で思い出した。誤解を生む生まない以前の話だよな。そもそも教会にいくんだったら、他の大きいところに行けばいいんだから。
「教会の見学をしたかったんだけど、ここが一番興味が湧いたんだよ」
「興味?」
「ああ、教会なのに派手さがなくて、威張っている感じがしなかった。だから、中の人もそういう、いい人なのかなと思って」
「……見る目、あるじゃん」
「だろ?」
軽く笑いあう。ある程度心も許してくれたみたいで嬉しい。
「見学の理由はなんだい?」
ヘンデルさんの言葉に、次はセレノが真面目に返答する。
「先程のように、私は治療魔法を使えるんですが……あまり知識がないので、勉強したいんです。治療魔法を知っている教会の人なら詳しいはずなので、教えてもらえるかと思いまして」
「なるほどねぇ」
顎に手を当てて何かを考え始め……やがて、ヘンデルさんはこう返した。
「それは、たぶん無理だね」




