031 文化と群衆
「ここは……何処だ……?」
黒髪の青年は、床に魔法陣の様な円形の模様が描かれた、広い部屋にいた。全く見覚えのない場所だった。
「俺は、家から出ようとして……」
そう呟いて、自分の身体を見る。いつもの部屋着だが、所々燃えて黒くなり、無くなっている部分もある。それは、この場所に来る前の記憶とは一致しているものだった。熱いのに、寒気のする状況だった。
……のだが。
「……ついに……成功しましたな……」
「……ああ。ついにな」
目の前にそんな会話を交わしている男達がいた。皆高価そうな法衣のような服を纏っている。……日本にはこんな服着た人、いないはずだけど……と、首を傾げる。
「あの……ここは何処ですか?貴方達は誰ですか?」
青年は自分の置かれている状況が全く分からなくて、一番近くに居た人に記憶喪失の人が言うような質問をした。怪しい人達だとは思ったが、聞くぐらいは問題ないだろうと考えて。
「……勇者様、大変申し訳ありませんが、国王様よりお聞きくださいますよう……」
「……え?勇者?国王?」
質問に答えてくれなかった上に、いまいち頭に入ってこないことばかり言われて、彼は余計に混乱した。国王、なんだそれは、と思いながら周囲の人間を見回す。すると、一人だけ法衣が一際豪華な男がいた。
「勇者様、私達の呼びかけに答えてくださり、ありがとうございます。私はここハイリール王国国王、ルネス・ハイリールと申す者です」
「……呼びかけ?」
「はい。私どもが開発した魔法により、貴方を勇者として召喚いたしました」
「……魔法?」
ーーーーー
大体半月ほど、俺達は馬車に揺られていた。センブル首都からフレンに移動した期間の倍ほど長いくらいか。今回は戦闘もせずただ座っているだけなので、実際はそれ以上に長く感じた。
ぼーっとするのにも飽きてきた頃、馬車は関所らしきところを通り、すぐに一面に畑が現れた。見た感じ、一つの作物を大量に作っているようだ。
「なに作ってんだろ」
「気になるかい?」
俺の呟きに反応して、向かいの年を召した女性魔法師が口を開いた。気になるかと言われれば、気にはなる。俺はこの世界の食文化を全然知らない。大量に作られているぐらいなら口にすることもあるだろうから、知っておくのはありだ。
「気になります」
「これはね……ダイズっていうんだ」
「……大豆ですか」
知っているやつだった。いや、まだ分からないな。もしかしたら同じ名前の全く違うものかもしれない。
「今の人々はマメって言ってるんだけど……本当はダイズっていう名前があるのさ。味はともかく、栄養価が高いと言われているんだ。……その昔、神聖王国が神聖王国でなかった頃……研究の時間を長く取る為に、一つの食べ物で活動できるようにと栽培されたんだよ」
「そうなんですね」
豆。栄養価が高い。絶対知っているやつだ。だが、味はあまり良くないらしい。品種の問題か、作られ方の問題か。
しかし当時の人は、研究を優先する為に、美味しくもない物を効率重視で食っていたようだ。それだけ必死だったんだな。大豆……豆腐とかあるんだろうか。ちょっと楽しみだな。
そんな豆な知識を教わったところで、馬車は街の中へと入っていく。立ち並んだ建物は、ロランさんが言っていた通り……
「綺麗だな」
「綺麗ですね」
センブルの街も俺には感動するものがあったが、ここは力入れ過ぎだろと言いたくなるほどに、綺麗な街並みだった。どの建物にも壁や窓に細かいデザインがあしらわれており、汚れている箇所すら見当たらない。住人は皆この街並みを大事にしているのだろう。
「神聖王国。ハイリール王国に到着です。長旅お疲れ様でした」
そんな馬車の責任者の声が聞こえてきた。聞こえるなり、他の冒険者達は一斉に散っていった。
「はやっ」
「私達も早く降りましょう。宿を取らないと」
「ああ、そういう事か」
観光地のようなところ故に、宿は争奪戦になるのだろう。こんな豪華な建物なら料金も高いだろうから、吟味する時間はいくらあっても足りない。
他の冒険者達に倣って、俺達も街に繰り出す。馬車がとまったところの周辺は、冒険者相手の店が多いみたいで、露店や宿がたくさんあった。もちろん、一番目に付くところには冒険者ギルドも建っていた。
そして、冒険者ギルドより奥、遠くに見えるのは、前世何かの物語の絵で見たような、巨大な城が鎮座していた。細かい造形がなされているのが遠目で見ても分かり、多大な金をかけて作られていることが伺える。
これは正に観光スポットだと言えるだろう。
「すごい城だな。宿を取ったら近くまで行ってみよう」
「城?……うわぁすごい、そうですね行きましょう!」
セレノが同調してくれたところで、今日の宿を探し始める。
少し歩き回って、月の恵み亭という宿に決めた。代金は多少高かったが、その分設備の質は良かったので、たまにはいいだろうと割り切った。まあ俺の感覚としては、これ以上に綺麗なのが普通なのだが……前世の環境と比べてはいけない。
観光に必要のない荷物を置いて、再び街を歩く。歩いているのは人間ばかりで、他の種族はほとんどいない。露店の数も、所狭しと並んでいるほどではない。やはりセンブル王国とは、文化や環境が違うということが分かる。
セレノが興味深そうに見ていた、マメパンというパンを購入し、パクつきながらも歩き続ける。パンの生地に大豆をそのまま入れて焼いただけ、というものだが、確かに味は微妙だった。工夫が足りないというか、なんというか。
「うーん……なんかモソモソしてますね」
「そうだな、あの婆さんが言ってた通りだ。美味しくはない」
「……ですね」
まあそんなもんかと感想を垂れつつ、俺達は城の前に着いた。すると、城門の広場のところに何やらすごい数の人混みができていた。
「なんだろ、デモか?」
人込み、と言えばフレンの町の一件を思い出して、眉を顰める。が、集まっている人達は、皆何かを見よう見ようと頭を動かしている。何があるのか。
流石に気になる為、人込みの後ろの方にいた人に話しかける。
「あのー、これ何の集まりで?」
「ん?ああ、俺もよく分からないんだが……なんかユウシャサマ?とかいうのがいるらしい」
「ユウシャサマ?……勇者様、か」
「知ってるのか?」
「いや、知らない。ありがとう」
「……ああ」
遂に神様は勇者を召喚したらしい。だが、それには神聖王国が関わっているようだ。どういうことなのか……まあ、どうでもいいか。
しかし一応俺は関係者なので、一目ぐらいはどんな奴なのか見ておきたいところだ。
「レーブ兄、ユウシャサマが何か知ってるんですか?」
「ん?……知らないよ」
この世界の一般人は、勇者、というのを知らないみたいだ。だから、俺が知っているのもおかしい。そう考えて、知らないふりをしておく。
というか、実際のところ何をさせるために召喚したのかは聞いていないから、憶測だけで説明することもできないのだ。
広場では人が多すぎて見えないので、見える位置まで移動した。顔の判別がギリギリつかないぐらいの距離にはなってしまったが、仕方ない。
目を凝らして、勇者様を見てみると……
「黒髪だな」
「珍しいですね」
「そうなの?」
「……個人的にそう思っただけです。街で見た覚えがないので」
「……確かに」
そう言われれば、真っ黒な髪の人間を見たことはない気がする。この世界の人って、結構カラフルな色してたりするんだよな。
それにしても……黒髪か。日本人ならいいんだけどな。




