030 苦悩と決意
フレンに行った時とは違って冒険者がたくさんいるので、移動はとても快適だった。なんでも他の冒険者達が競って道中の魔物を倒しているから、俺達は何もしなくてよかった。
俺には神様にもらった魔法しかないので、それを使わずに済むという意味でも都合が良かった。
だが、それでも野営中の見張り当番は全員に回ってきた。やはり皆夜は寝たいのだろう、率先してやりたいなんて言うやつはいなかった。
バランスを考えた約八人ずつで回すことに決まっていたため、通常は二パーティ、俺達は三パーティでの見張りになった。これが通常なら、フレン行の時は本当に人いなかったんだな……危なかった。
そんな風に十分な戦力を用意していたが……今のところ自分達の当番の時は何も出ず、他のタイミングでシャドウウルフが出たとかいう話一つぐらいで、大した襲撃は食らっていない。しかも遭遇したのは、この馬車に乗っていた一番強いパーティを含んだタイミングだった為、それほど苦労もしていないらしい。
なんとも頼りになる話だ。俺もそれぐらいは目指した方がいいのだろうか。
そうだ、目標という話だと、一つちゃんと考えなければいけないことがある。俺はセレノの為に生きていこうと決意してはいたのだが、それだけでは流石にもたないかもということに気づき始めた。
やはり、冒険者ランクを上げるという目標は掲げていた方がいいのかもしれない。それで白金級とかになれば、セレノを余裕を持って守れるし、もしかしたらエリクサーを譲って貰えなくもないかもしれない。……ちなみに、まだ寝ることは諦めていない。
とはいっても、この睡眠魔法一つでは中々難しいだろう。魔物を倒すことは出来るので、ランクを上げること自体は容易いのだが……それは自力の向上には繋がらない為、見かけだけとなる。もっと芸を増やしていかないと話にならないな。
そんなことを考えていると、ふと一つの疑問が浮かび上がった。普通の魔法には、系統別に複数の段階がある。例えば火属性魔法なら、〈炎球〉が下級で、その上位に<火炎弾>という魔法がある。単純に言えば、消費魔力が多い分威力が増すというものだ。
それが、俺の持つ睡眠魔法にも存在するのか、ということだ。ユニークスキルのようなものだから無い可能性も大いに考えられるが……あればそれは力になる。
でも、それを使えるようにする方法は知らない。一般の魔法師は、存在が知られている魔法を覚える形で使っているらしく、開発の仕方は知らないのだとか。そういうのは、高位の魔法師ぐらいにならないと分からないという。
考えるところまで考えて、結局何も得られないまま意識を戻す。外では魔物と戦う音が聞こえているが、セレノはそんなことは気にせず、うとうととしている。
俺も、こういう暇な時間は寝たいものだが……ただ何かを考えていることしかできない。ずっと考えているのって、結構疲れるんだよな。
「……ああ、寝てぇな……」
「……れーぶにい、なにかいいましたか?」
「……ん?いや、何も言ってない」
うっかり口に出してしまった。願望が強すぎて、思わず漏れ出してしまったようだ。咄嗟に誤魔化す。
「寝たいって、言いましたか?」
「……聞こえてたんだな」
しっかりと聞かれていた。誤魔化しは何の意味もなかった。
「すみません。じゃあ、私は起きているので、レーブ兄は寝ててください」
「……え?」
「え、って……いつも見張りはレーブ兄が主体でやってくれているので……私もちゃんとしないと」
「……ん?別に、今は寝てても問題ないぞ?みんな戦ってくれてるし」
俺の呟きを、セレノばっかり寝てずるい、という意味に取ったみたいだ。全くそんなことは思っていないし、見張りというのも野営の時の話だから、今は違うだろ。
真意に気付かれていないことに安心しながら、そう言葉を返した。
「……じゃあ、なんで寝たいって言ったんですか?」
「……」
しまった、失敗した。真面目に返答した為に、じゃあどうしてだと追及されてしまった。どう誤魔化せば、自然にやり過ごせるだろうか……
いや、待て。
そもそも、誤魔化す必要があるのか。ここで無理矢理にでも誤魔化すことで、どんなメリットがある。
この「不眠症」という状態異常、多分俺以外にかかっている人はいない。神様が驚くぐらいだから相当珍しい、というより存在していなかった、という方が正しいだろうか。
そんな不自然なものに罹っていると知られれば、どんな反応を示されるか分かったものではない。それを隠すことで怪しまれずに済むなら、その方がいいだろう。
しかし、俺には既に不自然なところを見られて、それを受け入れられていることがある。そう、睡眠魔法だ。セレノには、その不自然な魔法は知られている。その上で、一緒にいてもらっている。だったら、今更ではないかと思った。もう一つ不自然なところがあったって、なんとも思わないかもしれない。
セレノの方を見る。彼女は此方を一心に見つめている。その目には、心配の色が含まれていた。寝たい、という言葉で、勘違いした意味合いを除けば、あまりいいイメージは持てないだろう。余計な不安を持たせてしまう。心配してくれてるんだから、素直に言えばいいじゃないか。
長々と思考を巡らせた結果、結局俺は正直に打ち明けることにした。
「……俺、寝てないんだ。……記憶を失った時から」
「え?」
「魔法を使えるようになっただろ。それと一緒に、状態異常ももらったみたいでね。不眠症っていうんだけど」
「……不眠症……聞いたことがないです」
「だろうな。鑑定士に診断してもらったんだが、その人はこんなの知らないと言っていた。それを治す治療魔法なんてないんだってさ。エリクサーなら、なんて言っていたけど、それは神聖王国の宝だ、入手なんて出来ない。……治せないんだ。俺は満足に寝ることが出来ないんだ」
「……そんな……」
鑑定士というのはでたらめだが、そこはどうでもいい。俺はもう二度と満足に寝ることは出来ない。それを自嘲気味に言うことで、諦めを表した。
「結構苦しんでる。辛いと思ってる」
「……」
悲しそうな顔をするセレノに対し、でも、と俺は続ける。
「セレノがいてくれたから、今までやってこれてる。感謝してるよ」
彼女は目を見開いた後、俯きながら小さな声でこう答える。
「……感謝なんて……私は何もしていません。迷惑をかけてばかりです」
「そんなことないよ、今まで楽しかった。だから、これからも頑張れる」
「……そう言ってもらえるのは嬉しいですが……私もなにかしないと……」
「いいよ、そのままで」
「それじゃ、レーブ兄にはもらってばかりです。なにかないかな……あ、そうだ」
セレノが何かを思いついたようだ。
「私が一生をかけて、その状態異常を治す治療魔法を作ります」
「……へ?」
「レーブ兄が亡くなるまでにできたら、いや、それまでに絶対に治します。治して見せます」
……その発想は、ありそうでなかった。
……そうだ、神聖王国の成り立ちは、そもそも治療魔法の発展が原点だった。当時にそれができたのなら、今も出来るはずだ。自分が治療魔法を使えないから考えすら浮かばなかったが、その方法もあったのだ。
…だが。
「一生かけてって……そこまでしなくても」
「そこまでします。レーブ兄の為ならなんだってします」
「そんなに……いいのか」
「もちろんです」
セレノがそこまでの決意を見せるとは。……俺は、本当に恵まれているんだな。
「セレノ」
「はい……わっ!」
思わずセレノの両肩を強めにつかんでしまった。落ち着け……
「……ありがとう」
「……はい。頑張ります」
はにかみながら、そう返してくれた。




