024 幸福な少女
ついに、レーブ兄に兄妹でないことが知られてしまった。いつかはそうなってしまうと思っていたけれど、もう少しこの状況に浸っていたかった。
私はこの数十日間、とても幸せだった。レーブ兄に血が繋がっていないことを伏せて、兄妹のように振る舞うことで、レーブ兄にもっと近づけたような気がした。
この町に帰ってくる時に、私のことを妹だと言ってくれた時、思わず反応してしまった。上手く流すことはできたけれど、実際は心臓がドクドクと激しく脈打っていたのを覚えている。
そうだ、馬車での移動中は、本当に危なかった。……危ないというのは、魔物の話でもあるけれど、それ以上にレーブ兄との関係のことだ。
野営時の見張りを名乗り出たレーブ兄を一人にするのは良くないと思って、私も一緒にすると言ったらすごく心配された。けれど、妹だと思ってのことだろうと推測して、そうやって心配されることすらも嬉しく思った。
そこまでは良かったのだけど、見張り中なのにあろうことか寝落ちしてしまった。……レーブ兄に凭れかかって。だって、レーブ兄に触れるほどの距離にいるとひどく安心してしまうんだから、そうなってしまうのは仕方ない。
ただ、仕方ないとは言っても、それは見張り中だった。起きた時には辺りに魔物が横たわっていて、レーブ兄が対処したと聞かされた。その時、私はやってしまった、と思った。ついに邪魔をしてしまった、と。
でもレーブ兄は、私のそんな曇る気持ちを吹き飛ばし、気にしていないといわんばかりに笑ってくれた。……それは、妹だと思ってくれているからなのか。
さっき失敗したところだというのに私は、図々しくも兄に甘えるように添い寝をお願いしてみた。ちょっと戸惑われたけど、魔物が怖いというニュアンスをつけたら、普通に了承してくれた。恥ずかしくて、でも嬉しくて、危うくいつもの私でなくなるところだったけど、なんとかそれは阻止した。
……そんな中でも、私は兄妹とはいいものだと、しみじみ思った。
町に着いて、私の悪い予感が的中して焦りが込み上げた時も、レーブ兄は常に冷静で、私を落ち着かせてくれた。……けれど、実はその逆もあった。
町の人の追跡から逃れて、息を整えようとしていた時、急にレーブ兄に抱き寄せられ、喋ろうとして口を塞がれた。それはあまりにも大胆で、身動きも取れない状態で落ち着いてなんていられなかった。本当に、心臓に悪かった。兄妹なんだったら、あんなにドキドキしないはずなんだけど……
まあそんなこんながあって、なんとかこの家にたどり着くことができた。けれど、お父さんがレーブ兄の発言に違和感を持ってしまって、それを正したせいでレーブ兄は兄ではなくなってしまった。
そこで私が寂しい思いをするのも、レーブ兄が驚いて言葉を失うのも、お父さんが私を責めるのも、全部私のせいだった。私が軽い気持ちで人を騙したから、それが返ってきているんだ。
久々の家族そろってのご飯も、私が原因で出来た重苦しい空気の中では、楽しいとも美味しいとも感じなかった。折角のお母さんの美味しいご飯なのに。
……そんな空気の中、
「後でレーブにご飯を持っていくんだが……」
「私が行きます」
お父さんが静寂を破った。私はそれにいち早く反応する。レーブ兄に何か言わなければと考えている中で、その発言は渡りに船だった。
辛くても謝らなくてはならない。許してもらえるなんて思っていないけれど、ここでそうしておかないと、一生後悔の念に苛まれることになるだろうから。
勇気を振り絞って、食事の乗ったお盆を手に客間へ向かう。反応してもらえるか不安だったけれど、特に拒まれもせず、話まで聞いてもらえることになった。そこはやはりレーブ兄、といったところだろう。
私は全てを白状した。記憶喪失をこれ幸いと思って、自分の愚かな欲を満たしたいがために騙していたこと、それで自分は嬉しく思っていたこと。
そして、……もう私に付き合う必要はない、と。昔の、この町にいた頃の思い出がないレーブ兄には、妹という関係がなくなった以上、私と関わり続けるメリットはない。こんな愚かな私に関わり続けても、良い事なんてあるわけない。……ここで、この私に、罰を下してください。
私は、もう覚悟を決めていた。人の心を弄んだ罰を受け入れる覚悟を。レーブ兄から突き放されても、それを真摯に受け止められるぐらいには。
なのに……なのに、レーブ兄は、私を突き放すことはしなかった。私と一緒にいたい、なんて言った。私の行いのせいで、そんなことを言ってしまうのだ。レーブ兄の人の良さが、悪い意味で前面に出ていた。
自分のせいだと言っても、俺の意思だ、なんて返しをされる。私は、未だに分かっていなかった。この、レーブという人間の懐の深さを。他人に対する情の厚さを。
その上レーブ兄は、嫌なら一緒にいるのは諦める、なんて言った。私が本当は離れたくないと思っているのに気付いていたのだろう。嫌と言えないのを分かっていて。……ずるい。ずる過ぎる。
当然嫌なんて言えず、半ば強引に一緒に居続けることを決められ、なすすべもなく丸め込まれた。そしてそれにどこか安心する私。……私って、本当に愚かだな。
そもそも食事を持ってきたついでなのに、レーブ兄をこれ以上邪魔するのは悪いと思って、許可をもらって休憩がてら寝ころんだら、次に気が付いた時にはレーブ兄は目の前にいなかった。
寝てしまっていたのかと、さっきのは夢だったのかと頭を抱えていると、そこにレーブ兄が返ってきた。いつも通り私を気遣う、優しいレーブ兄。夢ではなかったと安堵して、寂しかったとちょっと甘えてみる。
すると真面目に謝られた。しまった、もう兄妹じゃなかった。自分のせいにして、必死に誤魔化す。……自分が醜くて仕方がない。
必死なところにレーブ兄が迫ってきて、誤魔化しを遮られる。ああ、終わった。折角一緒にいられるようになったのに。自らの手でそれを崩してしまった。そう思った。
自分のせいにするな、と、そう言われた。私が何故そうしていたかを理解した上で。なんで、分かってるんだろう。
「もう自分のせいにはするな。俺に対しては、素直になっていいんだ。セレノに何を言われようが、心からの拒絶を露わにされない限り、俺はずっとお前のそばにいると約束する」
レーブ兄は、どうなっても私のレーブ兄だった。こんな時でも、私を尊重してくれている。あくまで、私のその時の心情を第一にして。でも、私にレーブ兄に対する拒絶なんて、あると思ってるのだろうか。
「……心からの拒絶なんて、あり得ないです……」
「なら、ずっとだな」
……またこれだ。レーブ兄は、私をいじめるのが好きなのだろうか。そう思うほどに、今日はずるい事しか言わない。
レーブ兄は耐えきれず泣き出してしまった私を包み込んで、さらにこう言った。
「レーブさん、なんて他人行儀な呼び方は止めてくれ。レーブ兄のほうが俺も嬉しいし、昔からそう呼んでたんだろ?」
昔から、というフレーズ。私がレーブ兄のことをそう呼ぶようになったのは、家族のようにずっと仲良くしたいからだった。これからも、昔のように、今までのように接していいんだと思ったら、もう、ダメだった。抱き着きたくてしょうがなかった。
私の抱き着きに答えるように、頭を優しく撫でられる。私の素直な甘えが、受け入れられた。自分に素直になっていい。もっと甘えていい。そんな風に考えられる時が、こんな自分にもできるのか。
……ああ、どんどんレーブ兄の優しさに溺れていく。もう私は、レーブ兄なしでは生きていけない。何よりの幸せを、ここに見つけてしまったから。
何が何でも、私はレーブ兄についていく。私のすべてを、大好きなレーブ兄に捧げるつもりで。




