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023 堅固な決心

「正解は……あなたと別れたくないからよ」


 それを聞いて、抑えていた涙が、零れ落ちてしまった。

 俺は、さっきから何を考えているんだ。セレノの為なら、クズにでもなんでもなってやると決意したばかりなのに。

 セレノが見ているのは、今の(おれ)なんだ。見た目はレーブでも、中身は俺そのものだ。レーブと性格が似ていたって、俺は俺なんだ。


 セレノはことあるごとに自分のせいだと言い張ってきていた。それがどう考えても俺のせいだったとしても。俺のことを不用意に責めて嫌われるぐらいなら、自分が悪いことにして、責めてもらおうと。

 だが俺はセレノを責めたりなんかしないから、結果的に言い争いもなく終わっていた。ただ責任感が強すぎるだけだと思っていたが、そこまでの思いがあったというのか。


「たった一人しかいない友人が、それだけあの子の支えになっているのよ。……これからもセレノを、大事にしてあげてね」

「……はい」


 その言葉を聞いて、俺はもう悩む必要はないと悟った。セレノは、(おれ)と離れたくないのだ。(おれ)という存在は、セレノには必要なんだ。だったら、それに答えてあげるしかないだろう。


 俺の今世の目標が一つ決まった。セレノという一人の女の子を、幸せにしてやる、ということだ。思えばセレノは、町民から避けられ、唯一の友人は記憶喪失になり、実家はデモに遭う、という、なんとも不遇な人生を歩んでいる。これ以上の不幸は、もういらないだろう。


「部屋に戻ります」

「ああ」「ええ」


 部屋に残してきたセレノの元へ向かうため、席を立つ。淹れてもらった紅茶は飲まずじまいだったが、エレーヌさんはなんとも思わないはずだ。




 まだ寝ていることを考慮してこっそりと扉を開けると、そんな微かな音に反応して、セレノは起き上がった。


「起こしちゃったか」

「いえ、起きてました。……起きたら一人でした」

「ああ、食器を返しに行ってたんだ」

「そうなんですね。……ちょっと、寂しかったです」

「……それは、ごめん」


 あからさまにそのままの意味で言っているように聞こえて、心にくるものがあったが、


「いや、レーブさんは悪くないです。私が、あれこれこうで――」


 いつものペースで自分のせいにし始めた。さっきのは、俺の気のせいだったのだろうか。それより、またこの子はこんなことでさえ自分のせいにしようとしている。まずはその癖を直してもらわないとな。


「セレノ」


 距離を詰め、自分のせいにしようと必死のセレノの言葉を強引に遮る。


「――こうだから私が悪い……え?はい」

「もう自分のせいにしようとするな」


 俺のその言葉を聞き、一瞬の間を置いて、セレノが俯きながら口を開く。


「……そんなこと、言わないでください。こうでもしないと、レーブ兄は私から」

「離れて行ったりしない。俺にも自分の過ちぐらいは認められる。それを責められても、セレノのことを嫌ったりなんかしない」

「……」

「だから、もう自分のせいにはするな。俺に対しては、素直になっていいんだ。セレノに何を言われようが、心からの拒絶を露わにされない限り、俺はずっとお前のそばにいると約束する」


 俺のすべてを、セレノに捧げる。そんな気持ちを込めて。それがどこまで伝わったかは分からないが、セレノの目には、再び涙が集まってくる。


「……心からの拒絶なんて、あり得ないです……」

「なら、ずっとだな」

「……ずるい……」


 涙が溢れ、こちらを見られなくなったセレノを、優しく抱きしめる。ついに涙腺が崩壊し、嗚咽が漏れ聞こえてくる。そんなセレノに、さらなる止めを。


「それと、レーブさん、なんて他人行儀な呼び方は止めてくれ。レーブ兄のほうが俺も嬉しいし、昔からそう呼んでたんだろ?」


 この間一度だけ、俺のことをレーブ兄と呼んだのを、俺は聞き逃さなかった。セレノも、俺のことをレーブさんなんて呼ぶのは、心苦しいはずなんだ。


「……レーブ……にい……レーブにいぃ」


 そう繰り返して、強く抱きしめ返された。それが嬉しくて、俺も涙を流してしまう。セレノの頭を優しく撫でながら、泣いているのを悟られないように、静かに鼻をすする。



 しばらくそうやって抱きしめ合って、気持ちが段々と落ち着いてきたのか、セレノが鼻をすすりながらも至近距離から此方を見つめてきた。……可愛すぎて、直視できなかった。


「ぐすっ……レーブ兄、約束ですからね」

「ああ、約束だ」

「なんで目を逸らすんですか」

「……それは、言わない」

「言って下さい。私に素直になれって言ったのはレーブ兄です」


 ……くそ、ぐうの音も出ない返しだ。


「……セレノが可愛かったからだよ」

「っ!!」


 ボッと効果音がするくらい、一瞬で顔を赤くするセレノ。ああもう、これ、前世ではリア充爆発しろとか言われるやつじゃないか。俺みたいな大して華もない人間がそう言われるような立場になるなんて、考えもしなかった。


「……素直になった結果が、これです……」

「……まあ、おいおい慣れていけばいいから」

「はいぃ……」


 顔を手で覆いながら後悔するように呟くセレノに、俺はそう言っておく。性格を変えるようなものだから、すぐに慣れるなんてことはないだろうし。……それにしても、疲れたな。


「今日はもう寝るか。セレノは自分の部屋があるんだろ?」

「あります。ありますが……今日は、離れたくないです」

「っ!?」


 おい、顔を赤らめてそんなことを言うんじゃない。……変な意味に聞こえてしまうぞ。


「レーブ兄の横で、安心しながら眠りたいです。今日色々あったから疲れましたけど、一人は心細いので」

「……そうか。……俺は構わないよ」

「ありがとうございます!」


 そうしてセレノはすぐに、俺が一人で寝るはずだったベッドに転がり、此方を見つめてくる。……待っている?

 了承した手前動かない訳にもいかず、渋々ベッドに横になる。肩に触れられ、心臓がバクバクと脈打つ。そして……寝息が聞こえてきた。



「あ、焦った……」


 どうやら本当に横で眠りたかっただけらしい。変な意味で言っているわけではなくて本当によかった。……よかった、というのもどうかと思うが。


 俺の勝手な緊張をよそに、セレノは一段と幸せそうな顔で眠っていた。俺はそれを見て、苦笑を浮かべることしかできなかった。

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