022 素直な心情
「これからは、レーブさんの、思うままに、生きてください」
露草色の目に涙を浮かべながら、そう締めくくる。俺が今までセレノと一緒にいたのは、ただセレノを妹だと思っていたから、そして自分が俺にそう思わせていたから、全部自分が悪い。そう結論付けたらしい。
……全くもって見当違いだな。俺はセレノといることは何の苦でもなかったし、むしろ楽しかった。そして、充実していた。妹と思っていたものがそうでなかったからといって、突き放す理由にはならないし、まずそんなことはしたくない。
俺はこの気持ちをそのまま伝えたい。……伝えたいのだが、俺は、どうしてもそうすることに躊躇いを持ってしまう。
俺は、この世界の人間ではない。俺は、レーブというこの世界の人間に成り代わって生きている。そして、それを一番近くにいてくれているセレノにすら明かしていない。
……ずっとセレノを騙し続けるのは、俺には厳しいものがある。隠していることがあるのはセレノだけではなく、俺も同じなのだ。しかもそれを言ってしまえば、セレノとは間違いなく一緒にいられなくなるだろう。
だが、俺としては、こんなにも他人思いで、責任感が強くて、賢くて、頼りになって、何より一緒にいて楽しかった子と別れるのは、正直とても惜しい。むしろ別れたくないとさえ思う。こんな俺がそれを望むのは、罪なのだろうか。
……ただ、セレノのこの言葉は、俺のことを騙した自分への贖罪として言っているに過ぎない。俺がそれを望まなければ、セレノはその贖罪を抱える必要はなくなる。……俺がこの状況を利用するクズになれば、セレノは自分の欲望に素直になれるのだ。……もういい、セレノの為なら、クズにでもなんでもなってやる。
「俺は、セレノと一緒にいれたらと思っている。妹でもそうでなくても、俺はセレノといたい」
その言葉を想定すらしていなかったのか、セレノは目を見開いて此方を見つめてくる。
「そんな……そう思うのは、私のせいです。私が騙していたから……」
「違う。これは俺の意思だ。セレノがどうしていようと関係ない」
「ですが……」
「セレノが嫌なんだったら、諦める」
自分が嫌になるぐらい、卑怯な返しをする。
「嫌なんて……思うわけないじゃないですか……」
「だったら、決まりだ。これからもよろしく頼む、セレノ」
握手を求めるように、俺は手を出した。優しく、微笑みながら。
「……ありがとうございます、レーブ、さん」
俺と別れずに済んだ安堵からか、溜めていた涙が零れ落ち、そっと俺の手を握り返す。
しばらくそのままの状態でいて、気恥ずかしくなったので、軽く話題を変えてみる。
「お腹空いたよ」
「……ふふ、そうですね、せっかく持ってきたのに、冷めさせてしまったかもしれません」
「すぐに食べるよ」
「はい。……ちょっと横になってもいいですか」
「どうぞご自由に。俺の部屋じゃないけど」
話題変え作戦が上手くいき、黙々と食事を食べる。確かに少し冷めてはいたが、味は中々のものだった。おそらくエレーヌさんが作ったものだろう。セレノも上手いんだろうな、今度作ってもらうのも悪くない。
そう思って横目でベッドの方を見ると、セレノはいつの間にか寝息を立てて眠っていた。長旅で疲れが溜まっていた上、俺への話で緊張していたなら、落ち着いた今寝落ちしてもおかしくはない。
完食した後も起きる気配がなかったため、食器を下げに居間へと向かう。
「……ん?レーブか。セレノはどうした?食事を持っていったはずだが……」
「今は寝てます。また自分のせいだ、なんて言っていたので、そうじゃないと言ってやりましたが」
セレノが俺のいる客間に入ったから、両親は心配していたようだ。
「また、か。あいつはレーブに対しては昔からああだったからな」
「昔から?」
「そうだ。……記憶がないんだったな。出来れば、あの子のことを知っていてやってほしい。聞いてくれるか?」
「ぜひお願いします」
「ああ。座りなさい」
ロランさんに座るように勧められたと同時に、エレーヌさんが俺から食器を受け取っていき、台所のほうへ消えていく。
向かい合って座った後、途端に顔を曇らせたロランさんが、おもむろに口を開く。
「セレノはもともと、感情に乏しい、暗い子だったんだ。……その原因は俺にあるんだが、どうしてやることも出来なくてな」
そうだったのか。俺はそんな一面を見たことはなかったから、多少人見知りなところがあるくらいだろうと、そんな風にしか思っていなかった。……それにしても。
「……ロランさんが悪い?」
そう質問する頃に、エレーヌさんが紅茶セットをトレイに載せて戻ってくる。
「そうだ。今の町の状況と関係がある。私の事業の話で、どうしても実現不可能な意見がある、といっただろう。その意見に答えられないせいで、どうも一部の町民の私の印象は良くないみたいでね。私が良く思われないのはいいんだが、それがエレーヌやセレノにも降りかかってしまっていた。恐らくそれを理由に、セレノは小さい時から周りの人間に避けられていたから、それで心を閉ざしてしまったのだろう。……私が、何も対処できなかったから」
「……あなたは悪くないわ。税の免除なんて、今でもギリギリなのだから、出来なくても仕方ない。それを理解してもらえればよかったのだけれど」
……ひとまず、セレノの責任感が強すぎるのは、父からの遺伝だということが分かった。ロランさんはエレーヌさんにフォローを入れられて、何とか沈む気持ちを立て直している。
「……だがある時、そんなセレノに一人の友達ができたんだ。それがお前だ、レーブ」
「……俺ですか」
「ああ。心を閉ざし、無表情だったセレノが、レーブと仲良くなって、花が咲いたように笑うようになったんだ。レーブ兄、レーブ兄、と言ってな。それを見て私は、隠れて思わず泣いてしまった」
その時の様子を思い出し、涙を零しながら語るロランさん。それにつられて、エレーヌさんも泣いている。俺までつられて泣いてしまいそうだ。
「レーブ、お前がセレノの心を取り戻してくれたことは、本当に感謝している。だから私は、私達は、本当の家族でなくとも、お前のことを家族同然に思っているんだ」
「……ありがとうございます」
レーブの存在がここまでこの家族に影響していたとは、思いもしなかった。この話は俺ではなく、レーブが聞くべきことだ。こんな善人の行いを、クズの俺なんかが引き継いでいいものではない。本当に、申し訳ない気持ちになる。
「レーブ、セレノがあなたに対してすぐ自責を感じるのは、何故か分かるかしら?」
不意に、エレーヌさんがそんな質問を飛ばしてくる。
「……ロランさんに似て、責任感が強いからでは?」
「それもそうだけれど、もっと重要なことだわ」
「もっと重要?」
それしか考えられなくて、首を傾げる。
「正解は……あなたと別れたくないからよ」




