021 唐突な真実
「レーブ……レーブと私達は、家族では、ないよ」
ロランのその一言によって、俺は言葉を失った。……家族では、ない?それは、どういうことだ……?
「セレノ、レーブにそのあたりの事、話してないのか?」
「……話してないです」
「レーブ兄、と呼んでいるなら、勘違いしてしまうだろう。そう思わなかったか?」
「それは……」
目の前でそんな会話が交わされているが、俺の耳には大して残らなかった。家族ではない、か。
考えてみれば、そう取れる違和感は感じていた。ついさっきのロランやエレーヌの言葉が他人事に聞こえたのは、本当に他人だったから、という事か。それなら、向こうからすれば俺は他人なのだから、そういう風に言葉をかけるのが自然だ。
まあ、ロランやエレーヌについては、会ってからすぐだったので、そこまででもない。問題は、セレノに関してだ。
俺は、この世界でセレノに会ってから、ずっとセレノのことを妹だと思ってきた。それを疑うタイミングもなかったように思うし、本人から聞かされていないのだから、勘違いしてもおかしくない、はずだ。
俺の、妹だと思っての言動は、セレノの目にはどう映っていたのだろうか。……なんか、恥ずかしくなってきた。
一瞬で多量な思考をしたため、少し足元がふらついた。それに気づいたセレノがいち早く近づいてきたが、
「レーブ兄、大丈夫ですか……あっ」
さっきの俺の反応を思い出したのか、出そうとしていた手を止めた。俺と目が合い、どこか寂しそうな色を浮かべる。
「ちょっと、休ませてくれ……」
「そうだな、今日はもう休むといい。客間を使ってくれ」
そう言って、ロランが俺に肩を貸してくれ、セレノには背を向けて廊下のほうへ歩き出す。客間と聞いて、やはりこの家の人間ではないということを知らしめられる。
客間に入ってすぐ、ロランは申し訳そうな顔をして口を開く。
「……レーブ、勘違いをさせて悪かった」
「ロランさんは悪くないです」
誰が悪い、なんて考えても仕方ない。そもそも、誰のせいでもない。ただ、俺が勘違いをしていただけだ。
「……疲れが溜まっているだろう。後で夕食を持ってくるから、それを食べて今日は寝なさい」
「……ありがとうございます」
最大限俺を気遣って、ロランさんは客間を後にした。一人残された俺は、とりあえずベッドに腰掛ける。
セレノのあんな寂しそうな目を見たのは、この世界に来た日以来だった。大切な人が目の前から去っていく時のような感情を含んだ、そんな目。あんな目を向けられた時、俺にはなんと返すのが正解なのか分からない。だから、俺が選んだ言葉がどうだったかなんて、分かるはずもない。
思えばセレノは、一旦はそんな感情になった後、実の兄でもない男を、レーブ兄と慕い続け、記憶を失った後も生活を共にしていたのだ。それほどまでに、レーブに対する感情は大きなものなのか。そんなものを、俺は今まで気づきもせず、考えもせず生活していたというのか。
セレノがそんな感情を隠していたとしても、疑う事すらしなかった自分に対して、怒りを覚える。何故、気付けなかったのか。
いやでも、冷静に考えてみたら、実の妹でないことに気付いたとしても、今度はどう関わっていけばいいのか困るだろう。だから、妹と思い込んでいる状況のほうが良かった……?いやそれとも……
あれやこれや考え込んで、精神的に疲れてきたところに、コンコンとノックの音が響いた。
「……レーブ、さん、夕食を持ってきました。……入ってもいいですか?」
「……どうぞ」
夕食を持って部屋に入ってきたのは、セレノだった。その目は、自分に責任を感じて、責任を取ろうとしている時のものだ。一月以上の間ずっと一緒にいれば、そんなことぐらいは分かる。責任感の強すぎるセレノのことだ、また自分のせいだと思い込んでいるのだろう。
机に食事を置き、少し間を置いてから、セレノがこちらに向き直る。
「少し、お話してもいいですか?」
「ああ、もちろん」
「ありがとうございます」
そういうつもりだろうと思って、用意していた言葉をそのまま吐き出す。セレノは目の前の椅子を引いてこちらに向け、そっと座った。そして、静かに語りだす。
「……私、初めは怖かったんです。記憶を失くして、私のことも忘れてしまったレーブ兄のことが」
「……ああ」
まあ普通はそうだろうな。そうだろうと思って、遠慮はしていたつもりだが。
「でも、話してみたら、レーブ兄には変わりなくて。ただ私のことを覚えていないだけの、いつものレーブ兄だった」
「そうなのか」
それは、今初めて聞いた事実だ。レーブと俺は、そこまで似ていたというのか。記憶を失くす前後で違和感がないほどなら、怪しまれなくてもおかしくない。俺の魂がレーブの体に移されたのも、納得がいく。
「はい。他人のことを第一に考える、優しいレーブ兄です。……そんなレーブ兄が居なくならずにいてくれて、本当に良かった。嬉しかった」
「……」
表には出していなかったようだが、実際はこんなにも喜んでいてくれていたのか。本当に、あの時洞窟を脱出できていてよかったと思う。アドニス達には感謝してもしきれない。
一人で感動している中、セレノは話を続ける。
「……その嬉しさからか、私は悪いことを考えてしまったんです。……私達が兄妹だということにすれば、もっと近くにいけるんじゃないか、と。記憶を失くしたということを、むしろチャンスだと思って」
「そんなことを……」
そんなことを、考えていたのか。レーブにもっと近づきたいがために、血が繋がっていないことを敢えて言わず騙していた、というのか。わざわざそんなことしなくても、望まれれば一緒にいるのに。
「この数十日間、本当に幸せでした。レーブ兄……レーブさんの優しさを妹という立ち位置から感じることができて、本当に嬉しかった」
「……」
「でも……レーブさんは、私を妹だと思っていたから、ここまで優しくしてくれたんですよね。……もう、私に、私の我儘に付き合う必要はないです。
……これからは、レーブさんの、思うままに、生きてください」




