017 危険な帰路(前半)
翌朝、俺達はロベールやエミリーの見送りを受け、馬車の停留所へと向かった。早朝から外に出ることはなかったので、澄んだ空気がひんやりとして心地いい。
この時間は人も少ないと思っていたのだが、そこは商業王国というか、案外起きている人は多いようだ。もっとも、夜からずっと起きていて、これから寝るような人もいそうだが。
とはいっても、やはり昼よりは人通りは少ないので、スムーズに停留所まで行くことができた。出発時間より早めについてしまったが、先に乗っていていいとのことだったので、まだ誰も乗っていない馬車に乗り込んで待つことにした。
他の乗客が一人も来ないまま出発時間まで待っていると、ギリギリで男女の二人組が乗り込んできて、馬車が動き出した。
「はあ、間に合った……」
「何とかなったわね……」
肩で息をしながら、俺達の向かい側に座る。必然的に俺達と目が合う。
「あんたらもフレンに行くのか?」
「ああ、少しの間よろしくな」
「おう、よろしく。俺はカイル、こっちは彼女のエマだ」
「よろしくね。お二人もカップル?」
「俺はレーブ、こっちは妹のセレノだ」
「っ!……よろしくお願いします」
セレノが何かに反応した後、平然と挨拶をする。聞いても何でもないと言われたので、気にしないことにした。
カイルとエマは結婚を考えていて、フレンの町で家を探す予定なのだという。セレノから聞いた話だと、フレンは冒険者ではない一般の人々が、住んでみたい街と言われて挙げられることが多いのだそう。
前にセレノが言っていた、父の事業とやらがそうさせているのだろうか。だが、よくない噂の件もあるし、なんとも言えないな。
「それにしても、客は俺ら二組しかいないんだな。もっと乗ってると思ってたんだが」
「あー……なんでだろうな」
十中八九噂のせいだと思うが、どうやら知らずに今日を迎えたらしい。ここで伝えることもできたが、折角楽し気にしているのに、変に空気を悪くしたくなかったので、敢えて知らないふりをした。
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初日は特に何も起きることはなく終了した。昼食も夕食も大したものではなかったが、それは承知の上なので何も問題はない。
ちなみに、同行している料理人は魔物の調理もできるとのことで、道中で食べられる魔物を狩れた時は、無料で食事がグレードアップするらしい。それならむしろ積極的に狩ってもいいかもしれない。
そんなことを考えているのは、皆が寝静まった馬車の外でのこと。野営をするにあたって、見張り番の人数が少なくて困っていた様で、俺が名乗り出てやった。どうせ寝られないので、暇つぶしに丁度いい。それはいいのだが。
「セレノは寝ててもいいんだぞ」
「いや、私もやります」
セレノも一緒にやると言い出した。見張りを俺だけに任せるのは申し訳ないとか思ったのだろうが、俺としては全く気にしないし、むしろ休んでいてほしいとまで思っている。
でもまあやりたいっていうなら無理矢理寝かすこともない。焚火の前で二人並んで座って、時間が過ぎるのを待つ。
「家、大丈夫かな……」
隣から、不安そうな呟きが聞こえた。
「大丈夫だよ。まだそうと決まったわけじゃない。そもそも噂が本当かも分からないし」
「……そうですね。考え込むのはやめます」
俺の言葉を飲み込めたのか、セレノの顔に不安の色は無くなっていた。こういう時いつも思うようにしていたことを口に出しただけだが、うまく伝わったようだ。
「それにしても、昼から何も襲ってこないですね」
「そうだね。暇ではあるけど、何も起こらないに越したことはない」
ただ、こういう話をすると、大体何か起きてしまうんだよな。いわゆるフラグが立った、というやつだ。俺はフラグを立ててしまったのに気づいた時、ま、そんなことは起きないけどな、と付けてから思考をやめるようにしている。そのおかげかどうかは知らないが、フラグをそのまま回収したことはあまりない。
一人で持論を心の中で語っていると、セレノの頭がこく、こくと動いているのが視界の端に見えた。だから寝てていいと言ったのに、と口から出かかったが、まだ頑張っているようなので、その言葉は引っ込めた。
それに、うとうとしている時が一番気持ちいいんだよな。俺も学生時代は居眠りをしてしまいがちだったから、それを強く認識している。その上で、今なお眠れない日々を送っていることに苦痛しか感じない。
やがて、俺の肩に重いものが載せられる。結局、セレノは睡魔に負けてしまったらしい。すうすうと寝息を立てて、もはや起きる気配もない。俺もこんな風に寝たい……
今の現状にしょんぼりしていたその時、数メートル先に何かがいる気配がした。結局フラグを回収してしまった、と溜息を漏らしながら、目を凝らして見てみると……
「プレインウルフか?」
暗くてよく見えないが、恐らくそうだろう。プレインウルフなら、俺にも簡単に倒すことができる。だが、隣で俺の肩を枕に寝ている人物がいるため、その場を動くことができなかった。
『グルル……』
そろそろ襲ってきそうだから、何とかしないとな。でも、俺としては寝ている人を起こしたくはない。それが今の俺を邪魔している状態でも。
「この距離で魔法当たるかな……」
動かずに倒す方法を考えていると、結局これしか浮かばなかった。うまくいったらそれでよし、そうでなくてもどのみち眠らせることはできる。セレノを起こしてしまうが。
「〈麗夢〉」
『グル……クーン……』
普通に一体眠らせることに成功した。それを見た他の個体達が驚いて立ち尽くしている。今のうちか。
「〈麗夢〉、〈麗夢〉、〈麗夢〉」
『……ガルルッ!!』
次々と眠らされていく仲間を見てまずいと悟ったのか、残った一体が突っ込んできたが、
「〈麗夢〉」
『ガル……グル……』
一メートルかそこらの距離のところで、ついに倒れた。なんとかこの場から一歩も動かず、なんなら座ったままで動きもせず勝つことに成功した。本当に使い勝手がいいな、この魔法は。
……まあ俺に効果があれば……って、流石にしつこいか。いやそもそもの目的を果たせていないんだから、しつこいのは許してほしい。
「おうい、そろそろ交代だ……って、なんだこれは!?」
眠気眼でふらふらと出てきた護衛の騎士が、目の前にウルフの群れが転がっているのに目を剥いた。
「ついさっき襲われかけたが、行動不能にした」
「いや、行動不能にしたって……こいつら、シャドウウルフだぞ」
「シャドウウルフ?」
「え、知らないのか……シャドウウルフの群れは銀級適性の大物だぞ」




