014 一時の休息
「レーブ兄大丈夫ですか!?」
「お前、今、何を……?」
そんな声を聞きながら、覆いかぶさったナッシュの体を退かす。いやー、驚いた。まさか試合が終わった後不意打ちで殴りかかってくるとは思わなかった。
「怪我が……回復魔法で治します。……<治癒>」
セレノのその言葉を聞いて、俺は頬の痛みを思い出す。完璧な形の拳をもろに受けたため、顔を動かすだけで痛みが走る。だが、セレノが魔法を使ってすぐ、みるみる痛みが引いていき、もはや殴られたという事実さえも疑ってしまう程に、痛みは消え去った。
「は……?回復魔法……?さっきのよく分からん魔法といい、回復魔法といい、お前達は一体……」
一人この状況に全く理解できていない人間がいる。確かに、回復魔法の使い手は珍しいと聞いているし、その上聞いたこともない魔法を目の前で使われたら、こんな反応になるのは仕方ないのかもしれない。
ただ、こんな反応をされてしまえば、いかにそれがおかしいことなのかが分かる。回復魔法は認知されているからまだいいとしても、この睡眠魔法については謎だらけだ。怪しいことこの上ない。
「……そうだ、ナッシュ、ナッシュはどうなったんだ」
俺達のことを考えるのを放棄したのか、今度は自分の息子のことを心配し始めた父親。
「眠らせただけなので、特に問題はないですよ」
「眠らせた、だと?だが、催眠とは言ってなかったよな」
「……まあ、はい」
やっぱり聞かれてたか。身を守るためとはいえ、少し迂闊だった。
「その、見なかったことにしてもらえませんか。この前、力になるって言ってくれましたよね」
「うーん、確かに言ったが……ギルドマスターという役職である以上、そういう話は見過ごせないんだ。そんなまずいものなのか?」
「そういう訳では……じゃあ、ダグラスさんには伝えますが、それを他の人に言わないでもらえますか」
「他の人、か。場合によってはギルドの上層部とかには伝える必要があるから、そこは勘弁してくれ。他の関係ないやつには言わないと約束しよう」
「……分かりました」
仕方なく、俺はこの魔法について話した。とは言っても、自分でもそこまで熟知しているわけではないので、まあこんな感じ、と濁して伝えた。あわよくばと思って自分にかけようとして、無理だったとも伝えると、それは知らんと言われた。ちょっとショックだった。
神様にもらった、というのは言っていない。これはセレノにも言っていないし、話が神様とは何ぞや、に発展してしまうだろう。それは俺にも分からないことだ。
神様と言えば、あれから俺はコンタクトを取っていない。俺の魔法の他にも、勇者がどうのこうの言っていたが、その件はどうなんだろうか。たしか……俺を召喚してしばらくしたら召喚する、とか言っていたが、しばらくってどれくらいなんだろうか。
まあ話があるならまたコンタクトを取ってくるだろうから、そんなに気にしなくてもいいか。
「なるほど、幸せな夢、か。こいつも今幸せな夢を見ているのか」
ダグラスのその発言により、俺は今の状況で不要だった思考を止めた。
「多分そうです」
「どんな夢なんだろうな……まあ、概要は分かった。聞く限り、少なくとも俺はそんな魔法は知らない。だから、報告するのは決定事項だ」
「まあそうなりますよね」
組織である以上、そうなるのは必然だったから、俺はそれを受け入れるしかなかった。まあ、この魔法は別に生命を直接的に脅かすようなものではないため、そこまで注目されることはないだろう。俺はそう思うことにした。
セレノの回復魔法については、珍しいは珍しいが、使える人数を数えているわけでもないので、黙っていてくれることになった。
ーーーーー
ダグラスへの一応の口止めも終わり、ランク昇級の処理を終えたところで、俺達は解放された。まだ昼前だというのに、一日中魔物の討伐をしていたかのような疲れがどっと押し寄せてくる。今日を休日にしておいてよかったと心から思う。
「レーブ兄、今日はどうするんですか」
「ああ、そうだな……今日は自由行動にするか」
「自由行動?」
「うん、どこか行きたいところがあればいっておいで。俺は……ちょっと寝る」
厳密に言えば寝転がるだけ。休憩するだけだ。何しろ、俺は寝られないから。
「行きたいところ、と言っても……私はレーブ兄と行動したいです」
「……そう?ならそうするか」
「はい!」
俺と行動したいというなら、別にそれを咎めることはない。というか、妙に嬉しそうなのは気のせいなのだろうか。
一緒に行動することになったので、二人で黄昏亭へ戻る。
「お、もう帰ってきたのか?」
「え?お昼はまだだよー」
宿の扉を開けた途端聞こえてきたのは、黄昏亭の店主のロベールと、看板娘のエミリーの声だ。
「ちょっと休憩しに帰ってきた。冒険者ギルドで一悶着あってね」
「一悶着?大丈夫か」
「大した事じゃない。ああ、今日昼ご飯食べていくよ」
「あいよー」
一か月この宿で過ごしただけあって、もう家のような感覚になってしまっている。実際、夜中じゃなければいつでも部屋に出入りしていいとまで言われているから、家と言ってもいいのかもしれない。ロベールやエミリーも、俺達を家族のように扱ってくれているので、とても感謝している。それも後数日の話にはなってしまうが。その報告もしないとな。
とりあえず昼時までは休憩して、頼んでおいた昼食を食べに下へ降りる。セレノも俺の決闘の様子が気が気でなくて精神的に疲れていたらしく、仮眠をとっていた。心配してくれるのは嬉しいが、ちょっと大げさすぎる気もする。
「おそよー、お二人さん。ご飯できてるよー」
「おお、ありがとう」
「ありがとう、エミリー」
俺達が下に降りるなりすぐに昼食を持ってくるエミリー。明るくて気さくで、それでいて気遣いもできる。看板娘には最適だといっていい性格だ。
ちなみにセレノが敬語を使っていないが、エミリーが半ば強制的に辞めさせたので、こうなっている。なんでも、仲良くなるのに敬語はいらないのだそう。まあ、一理ある。
出てきたスープを啜り終え、思い出したようにこれからのことをロベールとエミリーに話す。
「三日後の朝にこの街を出ることになったんだ。今まで世話になったよ」
「そうなのか。お前達ならずっといてくれてもよかったんだが」
「結構楽しかったんだけどなー」
「そう言ってもらえて嬉しいよ」
そんな風に言ってもらえたことなんて今までにないから、あまりにも自然な温かさに感動すら覚える。特別何かしたわけでもないのにな。
少し早めの挨拶を済ませた後、俺がこの世界に来てすぐの時と同じように、セレノとともにセンブルの観光をして回った。これといって欲しいものは見つからなかったが、再びセレノと二人で街を歩き回る、ということに、俺は価値を感じていた。
第一章終了です。
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