126 今世を謳歌
数年後。
改築後営業を再開した黄昏亭は、なんと商業王国を代表する宿として五本の指に入る程のビッグネームになっていた。
それもそのはず、改築によって存在感が増したのと、冒険者達の間で広まっていた俺の睡眠魔法が一般にも知られ、増えた部屋数も相まって体験者がどんどん増え……
その体験者の中に他国からやってきた人間もいた為に、情報を持ち帰っていったのだろう。
それで部屋数が増えたにも関わらず、連日超満員。未だかつてない程に忙しいが、それもありがたいことだと思っている。
黄昏亭が有名になったことで、内部的にも変化があった。
かねてより課題だった、人員の確保に苦労することがなくなり、なんなら優秀そうな人材を選べる程になったのだ。
まあ噂に聞く賑わいのある宿が人を募集していれば、興味を持ってくれる人も出てくるだろう。
とりあえずは、全員の総意で手が足りなくなっていた料理係を一人採用。その後俺が希望して、午前中の清掃業務係を追加で一人採用してもらった。
俺がそんな希望を通したのには大きな訳がある。
それによって、俺は――
「……おとうさん、起きてっ」
「……ん、マノンか。どうした」
「おかあさんが、ご飯できたから呼んできてって」
「あー、もう昼か……分かった、一緒に下りよう」
「うんっ」
藍白の髪の女の子に揺り起こされ、手を引かれ……ゆっくりと階段を下りていく。
やがて見えてくるキッチンに、白髪の女性がこちらに背を向けて立っているのが見えた。そして階段を下りてくる音で振り返る。
「呼んできたよっ」
「ありがとうマノン」
頭を撫でられたマノンは嬉しそうに笑う。
それに微笑みを返した女性は、次にこちらに目を向けた。
「おはよう、レーブくん」
「おはようセレノ。お、今日は蒸し鶏か」
「うん、マノンがこれが食べたいって言うから。……これできたから持っていって」
「あいよ。よし、マノンはこっちを頼む」
「うんっ」
子どももできて本格的に料理をするようになったセレノは、その腕をメキメキと上達させている。
シンプルな料理でも、隠し味や彩りなどを考えて飽きさせない工夫を凝らしていた。
やはり研究という分野になってくると、セレノの右に出る者はいないと思う。
いや、それは一旦置いておこう。
そう、子どもができたのだ。できてしまったのだ。
セレノに随分とよく似た子が。というか遺伝子が強すぎるんだが……まあ髪色を見るに、俺も少しは入っているんだろう。
これがもうかわいくて仕方ない。あれだけ悩んでいたのに、いざ産まれてしまったらもうどうでもよくなってしまった。
実際何か起きた訳でもなさそうだし、本当にただの考えすぎだった。結局は俺の悪い癖ということだな。
ともかく俺が言いたいのは、この三人での生活を何よりも優先したかったということだ。
それで宿の仕事を減らしたいとロベールに申し出ると、それなら仕方ねぇと二つ返事で了承してくれたのだ。
本当に、ロベールには頭が上がらないな。
ちなみにマノンは本当に素直な、そして妙に物分かりのいい子で、全くもって手がかからない。
ただ少し、いやかなりの人見知りで、毎日会うような人以外は一言も会話ができない。
単純にまだ幼いから、時期的なものでそうなっている可能性はあるが……
……まあそうでなかったとしても、実はそこはあまり心配していなかったりする。
夕暮れ前になって、黄昏亭に出勤する俺達。
その間には、両手を繋がれた小さな影も歩いている。
流石にマノンを夜一人で留守番させるのも可哀想だということで、許可を得て面倒を見ながらの勤務になっていた。
……というのは建前で、本当は別の、何ならエミリー達も同じ思惑があり――
「あっマノンだ!あっちで一緒に遊ぼうぜ!」
「うん……わぁ!?」
「こらエリック!女の子を引っ張っちゃダメでしょー!」
「分かってるよー!」
黄昏亭に入った途端、萌黄色の髪のはっきりとした顔立ちの男の子が駆け寄ってきて、マノンを奥の部屋へと連れ去っていく。
それに気づいたエミリーが叱るが、気にする様子はない。
「分かってないからやってんでしょーが……ごめんねーガサツで」
「あれくらいの男の子は皆あんなもんだろ」
エミリーとベイルの息子、エリック。絶賛遊び盛りなのだが、実家が宿屋で忙しいというのもあって、一人暇を持て余し気味だった。
そこに同じ年頃のマノンが来るようになったから、標的、いや遊び相手となった訳だ。
あの超人見知りのマノンも、行く度に積極的に関わってくるエリックには慣れてきたのだろう。
それに、本当に嫌なら拒絶してるだろうしな。
「いや、これはマナーの話で……ん?じゃあレーブ君も昔はあんな感じだったのー?」
「え、それは……どうだ?」
「……うん、そうとも言えるかな」
「へぇー、そうなんだー」
セレノの反応を見て、父親譲りの気持ち悪いニヤニヤ顔を貼り付けたエミリー。急に居心地が悪くなるが……って今そんな話はしていない。
これは自分達の子ども同士、幼馴染みとしての関係を持ってもらえればいいかなという思惑、言わば親側の理想だ。
特にマノンは率先して友達を作るのが苦手そうだから……まずは一人でも同年代の友達を持ってもらいたかったのだ。
……これが余計なお世話でなければ良いのだが。
「俺の話はいい……まあマノンも嫌ではないみたいだし、エリックもそれなりに考えてはいるんじゃないか」
「そうかなぁー……でもあのマノンちゃんが嫌がってないのは確かに意外かも」
「……実は裏ではすごく紳士的だったりして」
「……うぇー、それはなんか嫌だなー」
セレノの冗談で、エミリーが自分の両肩を掴んで身震いする。最近セレノも遠慮がなくなったよな……
「ま、明確に空気が悪いとかじゃなければ、変に介入しないほうがいいな」
「うん、あの子達のやり方を尊重しよう」
「……二人はなんでそんなに落ち着いてるのかなー」
エミリーの呟きに俺はぎくりとしたが、とりあえず聞こえなかったふりをしておいた。
ーーーーー
そんな風に順風満帆な生活を送っていると、ある日嵐のような訪問者一行が現れる。
「ここにレーブはいるか!」
バンッと開け放たれた宿の扉から入ってきたのは、頭に猫耳を持つ青年。
「……レーブは俺だが、誰だ?」
「あっ本当にいた!」
俺を視界に入れた途端、目がキラキラと輝く。なんだよそのレアキャラ扱いは。
「やっと追いついた……一人で走っていかないでよ」
「お前らが遅いのが悪いんだ!」
「そんな理不尽な……あっレーブさん、お久しぶりです!」
「私もいるわよ」
猫耳の青年の背後から声がしたと思ったら、隙間から顔を覗かせる二人の人物。片方は茶髪の青年で、もう一人は狼耳の美少女……ん?なんかこの特徴の三人組、知ってる気が……
「……お前らまさか、ジタとユナリとアミルか?」
「当たり前だ!分からなかったのか!?」
やはりそうだったか……とか納得する前に、ジタがすごい形相になる。折角イケメンになったのにそんな顔をするな……
「いや、成長しすぎて分からなかったというか……まあすまん」
「そうだよ、あれから何年も経ってるし、僕らも今よりずっと小さかったから……」
「そうよ。でもちゃんと気づいてくれたからいいんじゃない?」
「……それもそうだな!」
今度は腕を組んで満足げに頷くジタ。
……この二人、ジタの舵取りがめちゃくちゃ上手くなっている。アミルに至っては面倒見の良いお姉さんみたいになって……
教会の中から偶々集まった三人だが、案外バランスよく纏まって、一つのパーティが完成しているようだ。
「よし、じゃあ早速始めるぞ!」
「ん?」
「今日はもう疲れたから休みたいわ、明日にしたい」
「確かに。ジタにペースを合わせたら酷いことになったからね……」
「ユナリは後方戦力だから尚更仕方ないものね。それを考えてっていつも言ってるのに」
二人でジタを責める構図。明らかに連携してるよなこれ。
……えー、ところで……何の話をしているんだ?
「う、悪かったよ……じゃあ明日な!」
「……すまん、明日何をするんだ?」
「あっやっぱり忘れてるじゃん!戦うって話だっただろ!?」
「は?そんな話したっけ……」
……ああ、なんかそんなこと言ったような気もしてきたが……
今の俺、あの頃より格段に弱くなってるぞ多分……これ、なんとかやらない方向にもっていけないものか……
「模擬戦は明日で決まり、今日はここで泊まらせてもらうわ。積もる話もあるし……ね?」
「うん!」
そう逃げ道を塞ぐように締め括った後、外に目を向けるアミル。
頭を抱えそうになった俺だが……そこで動きを止め、聞こえてきた四人目の声の主を脳内で検索し始める。
「……もしかして」
「久しぶり、レーブ!」
顔を覗かせ、パッと花が咲くように笑った、橙色の猫耳の女性。
ミーナが、満を持して中に入ってきた。
「……お前、もう」
「うん、もう気にしなくていいよ!」
「……そっか。久しぶり、ミーナ」
「え、ミーナちゃん来てるのー?ってあれ、沢山いる!」
「なんだなんだ、お前の弟子か?」
「模擬戦って聞こえた気がするが」
ああもう、なんてタイミングで出てくんだよあんたらは……ミーナの心境の変化について軽く考察しようとしてたのに……
そうして宿屋親子とベイル、そしてその後ろからセレノがマノンとエリックを連れてきて、ミーナが驚嘆の声を上げたところで。
記憶にない模擬戦の約束、ミーナの心境、数年前の弟子?の話、そして子どもができたという事後報告……
そんなあらゆる話題が突然一気に積み重なり、結局俺は頭を抱えることとなるのだった。
以上で、この話は完全完結とさせていただきます。
最後までお読みいただきありがとうございました。
最後に。
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