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010 商国の観光

 とりあえず俺は、ギルドを出てすぐに感じた匂いの発生源らしき屋台へ直行した。匂いを嗅いでしまった以上、食べないわけにはいかなくなった。朝は野菜しか食べていない為、正直物足りなかったのだ。自分でサンドイッチでいいと言ったので、文句は言えないが。


 屋台の目の前、香ばしい香りとともに、何かの肉がたれをつけられて焼かれている、そんなよだれのあふれ出てきそうな状況で、ふと肝心なことを思い出す。今、俺は一人ではなく、セレノと一緒にいるのだ。何も言わずに来てしまったが、良かったんだろうか。あんまりイメージが合わないが。


「ここにします?やっぱりいい匂いですよね~」


 考えすぎだったようだ。別に華奢な女の子だからと言って、肉食えないには繋がらないよな。


「そうしようか。すみません、二本ください」

「あいよ、銅貨四枚だ」


 銀貨一枚を手渡してみると、銅貨六枚と、肉の串焼きが返ってきた。こっちの物価がどうなのかは知らないが、前世の価値観で言えば串焼き一本は大体二百円ぐらい。つまり、銅貨一枚は百円、銀貨は千円ってところか。……それより、目の前の肉にかぶりつきたい衝動が抑えられない。


 てかてかと光る肉にがぶりと食らいつく。……いやー、美味い。なによりこのたれが美味い。あれだけいい匂いしてたぐらいだから当然だな。だが、ちょっと気になったことがある。


「これ、何の肉ですか?」

「これはな、レッドボアの肉だ。ちょっと癖があるから、あまり人気はないんだが」

「そこでこのめちゃくちゃ美味いたれですか」

「そういうこと」


 得意げに笑う屋台の男。レッドボア、か。豚肉や牛肉とは違うと思っていたが、まさか魔物だったとは。猪は食ったことなかったが、こういうものなのかな?イメージより癖がないのはやはりこのたれのおかげか。セレノも、満足気な顔をしながら食べている。立ち食いになってしまったのがちょっと申し訳ないが。


 美味しかったと感想を告げてから、次の屋台に向かう。そこでも串焼きを食ったが、こちらは豚肉だったので、シンプルに美味かった。

 肉ばっかりでセレノに嫌に思われてないかどうしても気になって聞いたが、特に問題なさそうだった。むしろ、好きなんだとか。この子なら、変に気を使わなくても大丈夫そうだな。



「じゃあご飯はこれで終わりにしよう。あとは街を見て回りたいんだけどいいかな」

「いいですよ、行きましょう」



 俺達は昼飯のついでにと考えていた街の観光に乗り出した。商業区と呼ばれているその区間は、本当に広く、屋台も数えきれないほどにあった。出来のよさそうな武器、魔道具の類であろう物体、さらには鉱石や魔物の部位といった素材を扱う店もあった。いろいろと充実しているから、ここで必要なものをそろえてもいいかもしれない。そのためにはまず金を稼がないといけないな。ほとんどの商品は、今俺が持っている金では買えない金額だったのだ。



 のんびり物色していると、気づけば既に日が傾いていて、これ以上観光を続けている場合ではなくなっていた。なぜなら、今日泊まる宿をまだ決めていないのだ。


「そろそろ宿を探さないとまずいな、というか、金がないな」

 さらに金がないというとんでもないことに気付いて、焦りだす。


「それなら、以前泊まっていた宿にしますか」

「それはいいけど、お金は……」

「あの宿で二泊分はあるので大丈夫ですよ。というか、それだけしかないですが……」


 そういって、俺に硬貨が数枚入った袋を渡してくる。そうか、そういえばアドニスによって、依頼料が返金されていたのだ。それがなければ、やらかしていたところだった。


「これは、俺が持っていていいの?」

「私には身を守る術がないので」

「なるほど。じゃあ、その宿に案内してもらっていいかな」

「はい」


 渡された金の入った袋をしっかりと握りしめ、宿に向かう。黄昏亭というその宿は、値段は平均的だが、質は平均以上だという。セレノがそう思うなら、それ以上に信用できることはない。



 宿につき、簡単に食事を終えたところで、すでに外は暗くなっていた。

 出来れば風呂に入りたいところだが、こちらの世界ではそのような習慣は一般的ではなく、お湯で体を拭くぐらいしかしないらしい。諦めてさっと済ませて、セレノが終わらせるまで部屋の外で明日からのことを考える。


「お待たせしました」


 そんなに時間もかけずに部屋からひょこっと顔を出すセレノ。うん、かわいい。自分でも気持ち悪いと思うが、こんなかわいい妹を持ててすごく運がいいと思っている。


「レーブ兄、明日はどうしますか?」


 そして流石というか、俺の言ったことをしっかり覚えていたようだ。


「とりあえずしばらくはお金を貯めるために、依頼をこなそう。まずはお金を作らないと話にならない」

「そうですね、それに賛成です。ですが、それだと私は役に立てそうにないですね……」


 落ち込んだように俯き、だんだん声量が小さくなる。どうした急に。


「どうして?」

「今日稼いだお金、全部レーブ兄の力じゃないですか。結局回復魔法は使っていないし」


 そういえば、睡眠魔法があまりにも強力だったから、俺は魔物から一撃も受けていなかった。そのため、回復する必要もなかったのだ。だから何もできていないと思っているのだろう。だが、それは違う。


「確かに回復魔法は使ってもらわなかったけど、回復してもらえるっていうだけで安心感があるんだよ。だから、俺も落ち着いて行動することができたんだ。それに、セレノには戦闘以外のところでかなり助けられているから、気にすることはないよ」

「そうですか……」


 俺の役に立てていると分かって嬉しかったのか、俯いて少しだけ顔を赤くしていた。セレノが将来誰かと結婚とかするなら、その相手は尽くされてさぞ幸せだろうな。実際、俺は今なんだか幸せだし。


 そんなことはさておき、明日からの予定は決めたので、今日やることはもう一つだけ。そう、就寝だ。

 効果がないことは分かっているが、やっぱり諦めきれないので、今日も魔法を自分にかけてみた。……まあ、寝られませんでした。わかってたよ……

 セレノにも声をかけてみたが、今日はいらないと言われた。ちょっと悲しかったが、記憶を無くした本人が目の前にいるのに、その人の夢を見てしまうとなると辛いだろうから、無理強いすることもない。


 それにしても、寝れない間の時間をどうにかしたい。前世では軽くゲームをしたり本を読んでいたりしたが、今ここにはそれらがない。ゲームは不可能にしても、何か本でもあれば時間をつぶせるんだけど。


 無いものをねだっても仕方ないので、俺は諦めて横になった。



 それから少し時間が立って、セレノの寝息が聞こえてきた頃、窓の外で物音がした。暇つぶしがてら確認のため窓の外に顔を出すと、そこには黒猫がいた。


『儂じゃ』

「は!?……あぶね」


 急に猫が喋ったことに驚いて声を上げてしまったが……幸いにもセレノを起こしてはいないようだった。それにしても、聞き覚えのある声だ。儂……ああ。


「神様?ですか」

『そうじゃ。察しがいいのう』

「それしかないので。……で、何の用ですか?寝れない俺を笑いにでも来たんですか」


 騙されたと思って内心キレていた俺は、ちょっと強気に出た。


『笑いに来たわけではない、謝りにきたのだ。……想定外だったのだ。まさかお主にそんな状態異常があるとは思わなんだのでな』

「状態異常?」


『そうじゃ。〈不眠症〉とやらじゃな』

「不眠症……」


 それを聞いて俺は、誰が見ても分かるほどに落胆した。自由に眠ることができると思って、この異世界に転移してきたのに……この仕打ちはないだろ。


 状態異常なんだから治るだろと縋ってみても、この世界のものではないから分からんと言われてしまった。神なんだったら、それぐらい調べてくれたっていいんじゃ……

 最悪の事実を知って、今後どう生きようかと苦悩したが……とりあえずは、今の目的を達成することにしよう。今俺は、一人ではないからな。

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