001 奇跡の体験
今日も俺は、夜の街に繰り出す。
……と、聞こえの良いように言ってはいるが、ただ仕事に行くだけだ。かれこれ三年以上、このネットカフェの社員を続けているが、正直限界が来ている。
今日は夜からの出勤だが、人員が少ないのに二十四時間営業のため、朝から出勤することもある。人間は生活のリズムを作れないと、心や体に障害が出てしまう事がある。そして、俺はまさに不眠症を患ってしまっている。
仕事場に着き、俺と同じく負のオーラを漂わせているシフトメンバーに挨拶する。
「おはようございますー」
「……ああ、おはようございます……」
この人、意識飛んでたな。まあ、仕方ない。俺にも痛いほどわかる。何しろシフトを作るのに人数が確保できていないので、勤務日数は通常より多くなっているのだ。むしろそうならないはずがない、と言ってもいい。
「今日も眠れませんでしたよ」
「えーそろそろやばいんじゃないですか」
「どうなんですかね」
俺の寝れない発言から始まったたわいもない話を終えたところで、さっさと引継ぎを済ませて帰ってもらおう。帰宅途中に倒れられても困るからな。って、全然たわいなくない気がする。
「じゃ、お先です」
「お疲れ様でした」
お先もクソもないけどな、と心の中で呟いて、インターネットを見始める。幸いにもインターネットは見ていい環境だったので、そこまで退屈はしなかった。調べものし放題、漫画小説読み放題だ。その代わり、起きていなければならない。
気づいたら、次のシフトのメンバーが来る時間になったので、同じようにさっさと引継ぎを済ませて帰る。
建物の外に出ると、目を開けなくなるほど明るかった。昼から仕事がないのは良いが、夜よりも寝にくいんだよな。まあ、夜も寝られないから大して変わりはないが。
ボーっとした頭で、夜来た道を帰っていく。しばらくまともに寝付けていないので、そろそろ本当にやばいのかもしれない。ぶっ倒れる前に、さっさと帰ろう。
「おい、どいてくれ!!」
急いで帰る事に集中して角をさっと曲がると、すごい勢いの自転車がこっちに向かってきていた。
え、どいてくれって言われたってどけない……
ガシャン……
そんな音とともに、俺は自転車に突き飛ばされた。
勢いよく倒れたせいで、頭を強く打ったようだ。なんだか意識が朦朧とする。
ん?これって、寝られるんじゃないか?
なぜこんな場面でそう思えたのか自分にも分からないが、最後にそんなことを思って、俺は意識を手放した。そして、意識が戻ることはなかった。
この世界、では。
ーーーーー
俺は死んだんだろう。ちょっと死に方が残念とは思うが、それはおそらく事実だろう。それ以上、俺は自分の死に思うところはなかった。
そんなことより、なぜ今俺はそんなことを考えることが出来ているのか。死人に物事を考える事なんてできるんだろうか。そこが疑問だった。が、その理由となるであろう事象が発生した。
『お主、まだ生きたいか?』
そんなことを俺に対して話しかけてきた者がいた。これはなんなんだ。そして、生きたい、と言ってなんとかなるものなんだろうか。
「……えーっと、これはどういう状況ですか?」
『お主は、一度死んだ。しかし、お主の魂が還る前に、儂がこちらに呼び寄せたのだ』
「……なるほど、で、生きたいと言ったら、生きられるんですか?」
正直理解できない。このままでもいいような気がする。もう寝れずに起き続けるのは苦痛なんだよ。
『今なら試すことができる。お主はそれを望むか?』
……試すことができる?曖昧だな。怪しすぎる。
「……なにか裏がありそうですね」
『裏、という言い方は間違っている。ただテストをする必要があるのだ。これから、こちらの世界に勇者なるものを召喚しようとしているのだが、失敗するのはまずいのでな。いろいろ試すことがあるので、テスト要員が必要なのだ』
「……なるほど」
なんか、ゲームみたいな話だな。全く現実味がない。それと、俺に求められているのは勇者、ではなく、そのテスト要員らしい。失敗したくないのはわかるが、テスト要員に選ばれたのはなんだか癪だ。
『テストの内容兼詫びとして、お主の要望をスキルにして応えさせてもらうが。なにか好きなこと、やりたいことはないか?』
お詫びがあるらしい。しかもやりたいことを実現できるのか。
「じゃあ、寝たいです」
『……寝たい……睡眠、か。なら、お主にはその類の魔法を付与してみるか。で、そう答えたということは、承諾した、ということでよいのだな?』
「……はい、お願いします」
すでに死んでいる身だし、こういう提案をしてもらえるなら、それに乗るのも悪くないと思った。そもそもこんな提案あること自体奇跡だし、内容も好待遇なんだよな。寝られるというのがでかい。あれ、なんか急にワクワクしてきた。寝られるだけなのにな。
『分かった。では、こちらの世界で生きてもらおう。さて、これから召喚を始めるわけだが、お主を召喚した後は、しばらく様子を見て、特に問題がなければ、勇者の召喚を始めようと思う。なので、お主は基本的には自由に生活してもらって構わない』
「自由なんですね?それはありがたいです、ありがとうございます」
『よい、こちらの都合だけで決めている部分が多いからな、それは当たり前のことだ。ただ、亡くなった者の身体に魂を移植するという方法をとるため、最初は少々苦労するだろう。それについては申し訳ない』
「そ、そうなんですね。まあ頑張ります」
『よろしく頼む。……とにかく、お主が受け入れてくれて助かった、礼を言う。それでは召喚を始めるぞ』
「お願いします。あ、ちなみにあなたは誰なんですか?」
『言っておらんかったな。儂は、この世界の神だ』




