クラスメイトの巫女さんが所構わずかしこみするんだけど止めて差し上げろ!
「もしもし、お子さんに落ち武者の亡霊が取り憑いてますよ?」
「な、何ですかこの人!?」
小さな商店から逃げ出す親子。少女は「あ、お祓いがまだ……」と寂しそうに手を伸ばし空を掴む。
「ウチで何をやってるのかな……神城さん?」
「何って……いけないものが子どもに憑いてたから……」
少女は当たり前の事をしたまでと言った顔で買い物を続け、レジにカゴを置いた。
「お客さんに変な事を言わないでね? 唯でさえ不景気でお客さん減ってるのに…………って前にもこんなやり取りしなかったっけ?」
「……そうだったかしら?」
ぶつくさと不満を垂れながら手慣れた手付きでバーコードをスキャンしてゆく少年。ピポパとレジスターのボタンを押し「741円です」と呟いた。
「はい」
お金入れがあるにも拘わらず、少女は少年の手を取り、掌に小銭を一枚一枚ゆっくり乗せていく。
「…………」
少年は黙ってそれを見つめ、小銭を確認しレジスターへと仕舞い込んだ。そして業務スマイルで「ありがとうございました」と発すると、少女は「小林くん、これから空いてる?」とぎこちない笑顔で問い掛けるのだった…………
「これから配達と隣街のスーパーに視察の予定があるんだけど……」
たった今、意を決した誘いを虚しくも断られた少女、神城あかりは地元の歴史ある神社の娘として、巫女の仕事を手伝いながら父と二人暮らしで生活をしており、時折こうやってクラスメイトの小林祐希の実家でもある小林商店へと買い物ついでに遊びに来ているのだ。
あかりは小林少年に軽い好意を抱いているのだが、小林少年には心に決めたクラス一のぽっちゃり女子である大原柚乃がいた。
「……奇遇ね。私もこれから配達と隣街のスーパーの視察なの」
「そ、そうなんだ……」
その言葉に嫌な予感しかしない小林少年はそそくさと配達の準備に取りかかり荷物を纏めだす。
「はい」
あかりは素早く商品棚からマヨネーズと七味唐辛子を取り出し小林少年に手渡した。
「……どうして神城さんが配達の品を知ってるのかな?」
「ひ み つ ♡」
小林少年は突如として背筋がゾッと寒くなり、後ろをゆっくりと振り返るがそこには誰も居らず、仕方なく荷物を纏める手を少し早めた。
「それじゃ、僕は配達に行くから……」
小林少年が自転車のカゴに荷物を載せ、自転車に跨がる。そしてペダルを踏み込む…………が、自転車はビクともしない。
「ほら、早くしないと日が暮れるわよ?」
それもその筈、自転車の荷台にあかりがちょこんと横座りで座っていたのだ。
「いつの間に!?」
「まさか小林君、乙女を乗せて『重い』とか言わないわよね?」
「……鉛の様に軽いよ」
「フフ」
「ははは……」
小林少年は乾いた笑いと共にペダルを渾身の力で漕ぎ出す。明日は筋肉痛かもしれない。ヘロヘロと動き出した自転車はやがて速度を増し、普通に走れるようになると小林少年の引き攣った顔も落ち着きを取り戻した。
(そう言えば女の子を載せて走るのって、初めてだ……)
落ち着きと共に何やら邪な考えが巡る小林少年。必死で煩悩を退散させようとするも頭にこべり着いて離れない。
「何やらスケベな霊が見えるわね。お祓いする?」
神社の御札を取り出し、あかりは和やかに笑った。
「居ない居ない!! そ、それにどうせいつもの『かしこみ』でしょ? 大丈夫だよ!」
小林少年は心を読まれ取り乱しハンドル操作がやや雑になる。内心心臓が飛び出してしまうほどバクバクと脈打って決して穏やかではない。
「ふっ……小林君も段々と分かってきたじゃないの」
神城あかりは霊的存在を認知すると、実家の御札と塩でお祓いをする。その時の掛け声が『かしこみ~かしこみ~』である。本来は神事で使う言葉なのだが、本人曰く「そんなものは適当でよろしい」とのことである。
「あ、配達先の斎藤さん家に着いたよ」
自転車を停め、小林少年は荷物を片手にブザーを鳴らした。ゆっくりとした声と足取りで玄関が開くと、杖をついた老婆が現れ笑顔で小林少年を出迎えた。
「いつもありがとう」
笑顔の老婆に応えるべく、小林少年は荷物を一つずつ確認し袋へと入れていく。袋を老婆に手渡し、小林少年は「いつもありがとうございます」と営業スマイルで別れを告げた。
「もう終わったの?」
家の軒先であかりはペタペタと御札を壁に貼り付けていた。
「ちょ、ちょっと人の家で何やってるの!?」
「ココには悪い瘴気が溜まってるわ。だから祓ってるの」
バッグから塩の袋を取り出し、一つまみ撒く。そして「かしこみ~かしこみ~」の言葉の後、指先に着いた塩をペロペロと舐めた。
「やっぱり小林商店の塩は美味しいわね」
「毎度お買い上げありがとう……って違う、そこじゃ無くて……ああもう!」
段々とツッコむのが面倒になってきた小林少年は、もやもやとしたまま自転車に跨がった。
「…………乗らないの?」
小林少年のその言葉に、あかりは思わずニヤリと微笑んだ。
「乗って良いのかしら?」
「どうせ隣街のスーパーまで着いてくるんでしょ?」
「あら、小林君に誘われるなんて、どう言った風の吹き回しかしら?」
白々しくも荷台にちょこんと座るあかり。小林少年は気合と根性でペダルを漕ぎ出し、隣街へとハンドルを向けた。明日の筋肉痛は確定である。
「ところで小林君。隣街のスーパーって……」
「勿論、スーパー『ヤケクソ』だよ?」
「やっぱり……」
スーパー『ヤケクソ』とはその名の通りヤケクソ染みた驚異の値引率で、閉店間際に尋常じゃ無い混み合いを見せるこの界隈では有名な個人経営のスーパーである。
賞味期限間際の品に貼られた『ヤケクソシール』を目当てに遠方から足を運ぶ客もおり、小林少年はその繁盛振りを是非一度自分の目で見てみたかったのだ。
「お寿司一人前が100円になったり、ステーキ肉が50円になったりで逆に「大丈夫!?」って言いたくなる値段設定が売りの超ホットなスーパーだからね! 行くしか無いよ!!」
「でも、まだ夕方前よ? 値引きには早くないかしら?」
「大丈夫。今日は月に一度の『ヤケクソday』だから不定期でヤケクソシールが貼られるんだ!」
ヤケクソdayに現れる、ヤケクソシールが貼られた商品がたんまりと入ったその名も『ヤケクソカート』。店長がヤケクソカートと共にふらりと現れマダム達がヤケクソカートを取り囲む。揉みくちゃにされた店長が命辛々に抜け出すのが見ていて面白いと評判だ。
小林少年は期待の鼻息を荒々しく必死でペダルを漕ぎ続け、ようやくスーパー『ヤケクソ』へと到着した。
ヤケクソは小さなスーパーであったが、駐車場は満車で道路にまで順番待ちの車が大挙しており、とてもスーパーとは思えぬ賑わいであった。
「これが……ヤケクソ……」
「本当にスーパーなの? 凄い人ね」
二人が店内へと入ると、そこには地に伏しヨレヨレになった店長と思しき人物と、後ろで争うように品を奪い合う勇敢なマダム達が群れをなしていた。
「アレに勝てる気がしない……」
「小林君には無理そうね」
小林少年はメモを片手に店内を巡り、フムフムと頷きながら時折何かを書き留めていた。
「よし、最後はレジだ」
「え? 普通のレビみたいよ?」
「いや、今日は『ヤケクソスタンプ』の日でもあるからね。あ、丁度始まるよ」
小林少年が指差した先に、店員がスタンプを手に凄まじい早さと勢いと雑さでお客のスタンプカードにスタンプを捺しまくっていた。
──ダダダダダダダダダダ!!
もはやヤケクソと言える勢いで捺しまくり、たった1200円程度の買い物にも拘わらずスタンプカードは朱く染まり何も見えなくなってしまった……。
「訳が分からないわ!」
「普通のお店なら1個か2個しか貰えないスタンプがココなら捺され放題! 気分良いよね!」
「でもスタンプ捺しすぎて店員さんとても疲れてるわよ!?」
「…………ホントだ」
小林少年は軽く店員に同情しつつ、一通り視察を終え店を後にした。
「小林君、何も買わなくて良かったの?」
「ハハ、あの筋骨隆々なマダム達に勝てる気がしないよ……」
小林少年は自転車に跨がるも、暫く考え自転車を降りた。
「ゴメン、ちょっと歩いて帰ろう。脚がガタガタ震えてしんどい……」
小林少年の脚は普段の運動不足がたたり、既に限界を超えていた。
「ふふ、やった♪」
「え?」
あかりは嬉しそうに鞄から塩を取り出し、後ろへと優しく撒いた。
「かしこみ~かしこみ~♪」
「なになに? どうしたの……?」
「ヤケクソ出た辺りで和服でおかっぱ頭の小さな女の子が着いてきちゃったから……あの子はヤケクソに居ないとダメなのよ」
「……それって……座敷わらしじゃ……?」
「ふふ、かもね?」
「良いの? 祓っちゃって……?」
「いいの。だって二人きりで歩きたいから……♡」
落ち始めた日の光があかりと小林少年を優しく包み、小林少年は不覚にも照らされたあかりの笑顔にドキッとしてしまった―――
読んで頂きましてありがとうございました!
スーパー『ヤケクソ』が出てくる短編が幾つかありますので、そちらも宜しくお願い致します!(タイトルは忘れました……)
(*´д`*)