39 ドラマチック或いは兆候
自宅までの短い帰路を歩く。見慣れた道と、隣に馴染んだアメリ。この二つの組み合わせに、果恋は息をついていた。ちさととの激動の数時間が厭だったわけではないが、連なるイレギュラーに心身はどうしても音をあげてしまっていたのだ。
まさかアメリに心安らぐ日が来るとは……慣れというものは恐ろしい。
「ちさちゃん全然変わってなかったな~。やっぱ可愛いわあの子。」
果恋とは対照的に、アメリは「楽しかった」一色の感想を伸び伸びと述べる。何しろ幼馴染とあんなにも奇跡的な再会を果たしたのだ。先方の都合で早々お開きになってしまった件も含め、余韻にくらい浸っていたいのだろう。
「昔からあんな感じだったの? フリフリの。」
話を合わせたつもりはない。単純に果恋も「全然変わっていない」幼き頃のちさとに興味が湧き、アメリの発言を広げた。
「もちもち。てか、まさかあの容姿のまま大きくなるとは思わなかったよ~。ま! 可愛いから結果オーライだけど。」
アメリは面白可笑しく話を弾ませた。
「結果オーライって?」
「あんね、今だから笑い話だけど、アメリ、ちさちゃんで着せ替え人形してたんだよね。」
はい? ただの思い出話に耳を傾けていたつもりでいたが、如何わしくも聞こえなくない不意を突いたエピソードに、つい真顔になる。
アメリはなおも、笑い話を含んだ思い出話に嬉々として声を弾ませた。
「ほら、前話したじゃん? うちのママってば、アメリにりぼんだのレースだの少女趣味な服ばっか宛がいたがっちゃう人でさー。アメリ、全然シュミじゃないから、ちさちゃんが遊びに来た時に、お人形ごっこ的なノリで着させたんだよね。」
「…………。」
「んで、めっちゃ「カワイイ!」「アイドル!」ってその気にさせて、乙女チックアイテムを消費していた次第でごぜーます。」
「…………。
……じゃあ、ちさとは、それを真に受けて?」
「みたいだねん。」
「…………、」
うわぁ……
思う所、推し量る事、なんなら弱冠の同情感も多々頭を駆け巡ったが、肝心の感想はそれに尽きた。どこから突っ込めばいいのだろう。いや、何も触れない方が正解なのか。
一つ確信を持って言えるのは、ちさとが美少女として育成成功していなければ、アメリの所業は重罪であったということだ。
「だから結果オーライって言ったじゃん。」
悪びれる素振りも見せずに、アメリはけらけらと腹をかかえた。
「それに、ちさちゃんがアメリにとって妹みたいに可愛かったのは事実だし。」
稀に人格的なこともさらりと言ってのけるのだから質が悪い。もとより軽蔑する気までは無いのだけれど。
それに、よくよく考えてみれば『結果オーライ』だけで留まらないのではないかと、果恋はふと気づく。
「じゃあ、今の『甲斐ちさと』があるのって、あんたの功績なんじゃないの。」
「いやいや~。そりゃあ買いかぶりすぎってやつっすよ~ダンナ。」
「何キャラだよ。」
アメリは小悪党のようなリアクションでおどけると、すぐに「にしし」といつもの笑顔に切り替えた。
「あはー。でもマジ話、きっかけはアメリだったかもしれないけど、今のちさちゃんはちさちゃんが頑張ったタマモノだからね~。ほんとすごいよ、あの子。」
その点については概ね同意する。いや、激しく賛同だ。アメリが言ったままを果恋も一語一句違わずに賞讃する。
本当に、ちさとは凄い。
改めて思うほどに、彼女から受けた衝撃を思い出す。
並んでいた歩みが果恋だけ、ぴたりと止まった。
「? カレンちゃん?」
合わせて、アメリも歩みを止める。
立ち尽くしたまま、果恋は静かに唇を開いた。
「あの子……ちさと、言ってたよ。芹澤るるなを超える、って。」
彼女との時間の一部分を、告げる。自分にのめり込んだ衝撃を、曝け出す。
理由も目的もない。しかし開放せずにいられなかったのは、相手がアメリであったからかもしれない。
「なんか、うまくいえないんだけど、私、結構きちゃって。」
きちゃって、と言いながら胸を押さえる。
奥の方が熱くなるような、そわそわ落ち着かないような、かゆいのに、きもちいい、みたいな。得も言われぬ感覚が心臓に絡みついて、伝えずにはいられない。
「そっか。そう、言ってたんだ、ちさちゃん。」
やっぱりすごいなあ。
あどけない顔で、改めて幼馴染を讃えるアメリが果恋の引き金となった。
「ねえ、アメリ、」
衝動的に言ってしまう。
生まれ変わった今の自分だからこそ言える、たぶん、本音。
「私も、母親を超えたい。」
生まれ変えてくれた彼女へ捧げる、心からの本音を。
「およよ? ついにアイドル界進出ですかい?」
アメリが普段通りの返しをするものなので、果恋は途端に動揺しだした。
「ちっ違っ……! そういうんじゃなくて……、その、漠然と、特に目標とかは無いんだけど、」
「無いんかい。」
衝動のせいにしてしまえば済む話ではあるが、これは決して魔が差したわけではない。無論深夜のテンションなどでもない。単純に、今の自分にはまだ足りないのだ。
だから彼女の力が必要だと思えた。
アメリに力を貸してほしいのだと、告げたかった。
「とりあえず、まずは……もうあの人に、怯えたくないな。しょぼい目標……だけど。」
すべてを正確に伝えるには、まだまだ不器用すぎるけれど。
例によって、アメリはふざけてるのか真剣なのか「ほほーん」なんて効果音で腕を組む。そして突然ぱちんと両手を鳴らし、大きく頷いた。
「おっし! またミチオちゃんとこでお仕事しよ!」
「は?」
「例のバイトでボロクソ言われたんでしょ? 反抗期一発目に芹澤ママの嫌がることしてやろうぜぃ。」
別に反抗期のつもりは無いんだけどな。……でも、悪くもないな。
腑に落ちないような、乗れない話でもないような、果恋は静かに悩む。
「今度はアメリがメイクしたげるから。
芹澤るるななんかより100億万倍美人にしちゃうから。」
そして思い知らされる。
なんて贅沢な悩みなのだろうと。
「いいね、それ。大賛成。」
にしし、と歯を見せるアメリに同調して笑う。でも、ヘアカットは朝丘さんだよね? 冷静に指摘すればアメリはお約束の「あはー」を挟み、「堅いことゆーないゆーない」なんておどける。
いつもどおりの果恋に、いつもどおりのアメリ。いつもどおりの、ふたり。
「……アメリ、」
「んにゃ?」
いつもどおり、ではあるけれど、一応に進歩も、している。
「もっと、贅沢言っていい?」
「およ? めっずらしー。」
果恋も、アメリも、ふたりとしても、
「どうせなら、あんたより美人に仕上げてよ。私のこと。」
一緒に前に進んでいる。
「言うようになったじゃん。」
悪い顔でアメリはにやける。
「無理なんだ?」
果恋も悪い顔でにやけて返す。
「無理だと思う?」
「全然。」
いつもどおりの顔を見合わせて、同時に吹き出し、笑った。
都心の明るい夜をシルバーのセダンが走る。ライトが、煌びやかな街並みに混ざりこんで、この無駄に明るい真夜中の一部として、光を放つ。
遊作はミラー越しに、ちさとの様子を窺った。眠ってもいなければウトウトしてもいない。姿勢正しく、ただ窓の外を眺めている。
「そういえば、ちさちゃん。さっき、果恋さんと一緒にいた方……すごく仲良さそうだったけど、お友だち?」
あんなにも年相応な彼女はどのくらいぶりだろうか。ほのかな期待もこめて、遊作は談笑がてらに尋ねた。
「…………ええ。」
しかし談笑には至らなかった。
無表情かつ、淡々。裏も表も喜怒哀楽だけは一貫して明確に示すちさとの、最も「らしくない」反応に、遊作は違和感を懐く。
「……? ちさちゃん?」
とはいえ機嫌が悪いようでもない。ならばしかし、違和感は余計に濃くなる。運転の合間に、何度も何度もミラー越しの彼女を窺った。
「遊作。」
だしぬけに呼ばれ、「ふにゅ!?」と身じろいだ。いつもならそれに対する「ウザいですね」も無く、ちさとは落ち着き払った様子でひたすら外を眺め続けている。
「わたし、俄然やる気が出たのです。」
「ふ、ふえ?」
無表情に僅かながらの高揚が垣間見える。満足しているような、誇らしいような、やはり彼女らしくない表情。
「あの方は、『あめりちゃん』です。」
「あめり……ちゃん?」
「皆口雨理。」
安定していた走行に急ブレーキがかかる。
停止した静寂のなか、遊作はゆっくりと後部座席へ振り向いた。
「みなぐち……って、ちさちゃんの、お友だちの……?」
「ええ。」
乱暴な急停止にも動じず、ちさとはにこやかに口角を上げた。
「あめりちゃんは、声優のわたしを認めてくださいました。……長年の杞憂が晴れたのです。」
とめどない幸福感と、溢れんばかりの高揚が隠し切れない。
「これで心置きなく頂点に立てます。」
踏ん反り返って足を組む。横柄に腕を組む。
そして高慢ちきに、
「ここからはテメーも踏ん張り時ですよ、遊作。」
いつもの甲斐ちさとが、毒っ気満々に命じる。
「ふゆぅ……わ、わかってるよぉ。
……一緒にてっぺん、取ろうね。私の最高傑作。」
シルバーのセダンが走り出す。
無駄に明るい真夜中の東京へ、溶けこんでゆく。




