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アメカレ  作者: 悦司ぎぐ
39/45

39  ドラマチック或いは兆候




 自宅までの短い帰路を歩く。見慣れた道と、隣に馴染んだアメリ。この二つの組み合わせに、果恋は息をついていた。ちさととの激動の数時間が厭だったわけではないが、連なるイレギュラーに心身はどうしても音をあげてしまっていたのだ。

 まさかアメリに心安らぐ日が来るとは……慣れというものは恐ろしい。


「ちさちゃん全然変わってなかったな~。やっぱ可愛いわあの子。」


 果恋とは対照的に、アメリは「楽しかった」一色の感想を伸び伸びと述べる。何しろ幼馴染とあんなにも奇跡的な再会を果たしたのだ。先方の都合で早々お開きになってしまった件も含め、余韻にくらい浸っていたいのだろう。


「昔からあんな感じだったの? フリフリの。」

 話を合わせたつもりはない。単純に果恋も「全然変わっていない」幼き頃のちさとに興味が湧き、アメリの発言を広げた。


「もちもち。てか、まさかあの容姿(ビジュ)のまま大きくなるとは思わなかったよ~。ま! 可愛いから結果オーライだけど。」

 アメリは面白可笑しく話を弾ませた。


「結果オーライって?」


「あんね、今だから笑い話だけど、アメリ、ちさちゃんで着せ替え人形してたんだよね。」


 はい? ただの思い出話に耳を傾けていたつもりでいたが、如何(いかが)わしくも聞こえなくない不意を突いたエピソードに、つい真顔になる。

 アメリはなおも、笑い話を含んだ思い出話に嬉々として声を弾ませた。


「ほら、前話したじゃん? うちのママってば、アメリにりぼんだのレースだの少女趣味な服ばっか宛がいたがっちゃう人でさー。アメリ、全然シュミじゃないから、ちさちゃんが遊びに来た時に、お人形ごっこ的なノリで着させたんだよね。」


「…………。」


「んで、めっちゃ「カワイイ!」「アイドル!」ってその気にさせて、乙女チックアイテムを消費していた次第でごぜーます。」


「…………。

 ……じゃあ、ちさとは、それを真に受けて?」


「みたいだねん。」


「…………、」



 うわぁ……

 思う所、推し量る事、なんなら弱冠の同情感も多々頭を駆け巡ったが、肝心の感想はそれに尽きた。どこから突っ込めばいいのだろう。いや、何も触れない方が正解なのか。

 一つ確信を持って言えるのは、ちさとが美少女として育成成功していなければ、アメリの所業は重罪であったということだ。

「だから結果オーライって言ったじゃん。」

 悪びれる素振りも見せずに、アメリはけらけらと腹をかかえた。


「それに、ちさちゃんがアメリにとって妹みたいに可愛かったのは事実だし。」


 稀に人格的なこともさらりと言ってのけるのだから(たち)が悪い。もとより軽蔑する気までは無いのだけれど。

 それに、よくよく考えてみれば『結果オーライ』だけで留まらないのではないかと、果恋はふと気づく。


「じゃあ、今の『甲斐ちさと』があるのって、あんたの功績なんじゃないの。」


「いやいや~。そりゃあ買いかぶりすぎってやつっすよ~ダンナ。」

「何キャラだよ。」


 アメリは小悪党のようなリアクションでおどけると、すぐに「にしし」といつもの笑顔に切り替えた。


「あはー。でもマジ話、きっかけはアメリだったかもしれないけど、今のちさちゃんはちさちゃんが頑張ったタマモノだからね~。ほんとすごいよ、あの子。」

 その点については概ね同意する。いや、激しく賛同だ。アメリが言ったままを果恋も一語一句(たが)わずに賞讃する。


 本当に、ちさと(あの子)は凄い。


 改めて思うほどに、彼女から受けた衝撃を思い出す。

 並んでいた歩みが果恋だけ、ぴたりと止まった。


「? カレンちゃん?」

 合わせて、アメリも歩みを止める。


 立ち尽くしたまま、果恋は静かに唇を開いた。



「あの子……ちさと、言ってたよ。芹澤るるなを超える、って。」



 彼女との時間の一部分を、告げる。自分にのめり込んだ衝撃を、曝け出す。

 理由も目的もない。しかし開放せずにいられなかったのは、相手がアメリであったからかもしれない。



「なんか、うまくいえないんだけど、私、結構きちゃって。」


 きちゃって、と言いながら胸を押さえる。


 奥の方が熱くなるような、そわそわ落ち着かないような、かゆいのに、きもちいい、みたいな。得も言われぬ感覚が心臓に絡みついて、伝えずにはいられない。



「そっか。そう、言ってたんだ、ちさちゃん。」


 やっぱりすごいなあ。

 あどけない顔で、改めて幼馴染を讃えるアメリが果恋の引き金となった。


「ねえ、アメリ、」


 衝動的に言ってしまう。

 生まれ変わった今の自分だからこそ言える、たぶん、本音。



「私も、母親(あの人)を超えたい。」



 生まれ変えてくれた彼女へ捧げる、心からの本音を。




「およよ? ついにアイドル界進出ですかい?」

 アメリが普段通りの返しをするものなので、果恋は途端に動揺しだした。


「ちっ違っ……! そういうんじゃなくて……、その、漠然と、特に目標とかは無いんだけど、」

「無いんかい。」


 衝動のせいにしてしまえば済む話ではあるが、これは決して魔が差したわけではない。無論深夜のテンションなどでもない。単純に、今の自分にはまだ足りないのだ。

 だから彼女の力が必要だと思えた。

 アメリに力を貸してほしいのだと、告げたかった。


「とりあえず、まずは……もうあの人に、怯えたくないな。しょぼい目標……だけど。」


 すべてを正確に伝えるには、まだまだ不器用すぎるけれど。



 例によって、アメリはふざけてるのか真剣なのか「ほほーん」なんて効果音で腕を組む。そして突然ぱちんと両手を鳴らし、大きく頷いた。


「おっし! またミチオちゃんとこでお仕事(サロモ)しよ!」

「は?」


「例のバイトでボロクソ言われたんでしょ? 反抗期一発目に芹澤ママの嫌がることしてやろうぜぃ。」


 別に反抗期のつもりは無いんだけどな。……でも、悪くもないな。

 腑に落ちないような、乗れない話でもないような、果恋は静かに悩む。


「今度はアメリがメイクしたげるから。

 芹澤るるななんかより100億万倍美人にしちゃうから。」


 そして思い知らされる。

 なんて贅沢な悩みなのだろうと。



「いいね、それ。大賛成。」



 にしし、と歯を見せるアメリに同調して笑う。でも、ヘアカットは朝丘さんだよね? 冷静に指摘すればアメリはお約束の「あはー」を挟み、「堅いことゆーないゆーない」なんておどける。

 いつもどおりの果恋に、いつもどおりのアメリ。いつもどおりの、ふたり。


「……アメリ、」

「んにゃ?」


 いつもどおり、ではあるけれど、一応に進歩も、している。


「もっと、贅沢言っていい?」

「およ? めっずらしー。」



 果恋も、アメリも、ふたりとしても、




「どうせなら、あんたより美人に仕上げてよ。私のこと。」




 一緒に前に進んでいる。




「言うようになったじゃん。」

 悪い顔でアメリはにやける。


「無理なんだ?」

 果恋も悪い顔でにやけて返す。



「無理だと思う?」




「全然。」




 いつもどおりの顔を見合わせて、同時に吹き出し、笑った。











 都心の明るい夜をシルバーのセダンが走る。ライトが、煌びやかな街並みに混ざりこんで、この無駄に明るい真夜中の一部として、光を放つ。


 遊作はミラー越しに、ちさとの様子を窺った。眠ってもいなければウトウトしてもいない。姿勢正しく、ただ窓の外を眺めている。


「そういえば、ちさちゃん。さっき、果恋さんと一緒にいた方……すごく仲良さそうだったけど、お友だち?」


 あんなにも年相応な彼女はどのくらいぶりだろうか。ほのかな期待もこめて、遊作は談笑がてらに尋ねた。


「…………ええ。」


 しかし談笑には至らなかった。

 無表情かつ、淡々。裏も表も喜怒哀楽だけは一貫して明確に示すちさとの、最も「らしくない」反応に、遊作は違和感を懐く。


「……? ちさちゃん?」

 とはいえ機嫌が悪いようでもない。ならばしかし、違和感は余計に濃くなる。運転の合間に、何度も何度もミラー越しの彼女を窺った。


「遊作。」


 だしぬけに呼ばれ、「ふにゅ!?」と身じろいだ。いつもならそれに対する「ウザいですね」も無く、ちさとは落ち着き払った様子でひたすら外を眺め続けている。


「わたし、俄然やる気が出たのです。」

「ふ、ふえ?」


 無表情に僅かながらの高揚が垣間見える。満足しているような、誇らしいような、やはり彼女らしくない表情。



「あの方は、『あめりちゃん』です。」


「あめり……ちゃん?」






皆口(みなぐち)雨理(あめり)。」







 安定していた走行に急ブレーキがかかる。

 停止した静寂のなか、遊作はゆっくりと後部座席へ振り向いた。



「みなぐち……って、ちさちゃんの、()()()()の……?」



「ええ。」



 乱暴な急停止にも動じず、ちさとはにこやかに口角を上げた。


「あめりちゃんは、声優(いま)のわたしを認めてくださいました。……長年の杞憂が晴れたのです。」

 とめどない幸福感と、溢れんばかりの高揚が隠し切れない。



「これで心置きなく頂点に立てます。」



 踏ん反り返って足を組む。横柄に腕を組む。

 そして高慢ちきに、


「ここからはテメーも踏ん張り時ですよ、遊作。」


 いつもの甲斐ちさとが、毒っ気満々に命じる。



「ふゆぅ……わ、わかってるよぉ。

 ……一緒にてっぺん、取ろうね。私の最高傑作(ちさちー)。」




 シルバーのセダンが走り出す。

 無駄に明るい真夜中の東京へ、溶けこんでゆく。

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