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アメカレ  作者: 悦司ぎぐ
14/45

14  ガールズトークin回転寿司




 桜が咲き零れる四月九日。彼女は出逢ってしまった。



「えーと、日生(ひなせ)……え? ひなせ……かれん?」


 教壇から疑問符を添えて放つ教師の声に、クラス中が誘導され、好奇の眼差しを向ける。対象は一人の女子生徒。彼女に突き刺さる好奇心は、その場にいるクラスメイトの数だけ、種類があった。


 無遠慮な驚愕、抜け目無い嘲笑、悪意なき無神経、身勝手な困惑、弱冠の憐れみ、純粋な差別、単なる物珍しさ……みな其々の眼を持って、彼女に視線を送る。


 なかでも、宇喜多此花の瞳に宿った好奇心は、他の生徒たちとは逸脱した、あまりに色づいた感情だった。


 ときめき、だ。


 頭のてっぺんから足の先まで、彩のない野暮な()()ち。華の無い、男のような風貌。長い前髪で閉ざされた、無機質な表情。

 なぜこの()は、このような殻に篭っている?

 ときめきの直後で宇喜多此花は疑問を懐く。そして周囲の、彼女に対する馬鹿げた好奇心に、軽蔑する。節穴か、おまえたちの眼は。


 ときめきから疑問へ、疑問から軽蔑へ。そして軽蔑から最終的に行き着いたのは、



(……私だけ、か。)



 咲き零れる優越感と、恍惚。

 誰もが、貝殻に眠る真珠に気づいていない。


 この日この瞬間この教室で、日生果恋の見目形(みめかたち)を知るのは、彼女だけだった。

 それはもう目が離せないほどに。にやけ顔が治まらない、ほどに。








「アメリ、こはだ取って。」

「あいあいさー。あっ、白子あるじゃん。わーい。」


「…………。」


 平日午後五時半過ぎ。大手チェーン回転寿司店内は、適度に賑わい始めていた。

 レーン上には充実した品が流れ、家族連れや老夫婦、学生グループの団欒が目立ちながらも、まだ待機客は居ないという程よい混み具合。

 のんびり外食には打ってつけの環境下で、三人の少女はボックス席についていた。


「カレンちゃん、ほい、注文のしめ鯖。」

「ありがと。あんたのそれ、何?」

「えへへー。 あん肝ー。」


「…………。」


宇喜多(うきた)、食べないの?」

「そーだよー。せっかくカレンちゃんがご馳走してくれてるのにー。ねーねーカレンちゃん、イワシ半分こしない?」

「あ、ほしい。」




「なんかすっげえおっさん!!!!!」




 あまりにも自然体過ぎる不自然な状況下に、宇喜多此花は痺れを切らした。

 唐突に声を荒げる此花の前で、果恋とアメリは寿司をもくもくしている。


「さっきからオッサンくせーしおまえらのセレクト!!! さもJKっぽくキャッキャウフフしてるけど逆に腹立つわその和み!! スイパラじゃねーからここ!」


 わかっている。本当はわかっている。指摘すべきは其処ではない。

 此花自身、二人の前に姿を現したあの状況が、異常な手法であると理解していた。片や然程親しくないクラスメイト、片や初対面の相手。そんな面々の間に割って入り、意味不明な主張を吼える。

 あの瞬間は衝動的に飛び出してしまったが、やはり明らかに不審者だった。


 が、

 あろう事か被害者ともいえる二人は、その不審者も交えて、さも自然にお食事会(in回転寿司)を開催している。


 そんな異常事態に上塗りした異常事態が、此花の突っ込み軌道(ポイント)を大きく逸らしていた。



「百歩譲ってデザート回ってんのに総スルーだし! なんだその光物と軍艦率!!!!」


「えーだっておすし屋さんだしー。」

「私も回転寿司のケーキは邪道派。」

「サーーーモンとか食え若者らしく! 海老アボカドとか! でも日生には賛成! かわいい! やっぱ好き!」

「えっ、あ、うん。ありがと?」

「ドサクサ紛れはよくないと思いまーす。」


 っるせーよこのパッパラパー女。此花の(がん)を飛ばす柄の悪い舌打ちを受け、アメリは「きゃーこわーい」と、わざとらしく果恋の肩にしがみ付く。


「(私の)日生に触んな近づくな馴れ馴れしくすんな。つかマジ何おまえ? (私の)日生とどゆ関係?」

「コノカスちゃんのじゃないと思いまーす。」

「心読むんじゃねーよ。ふざけたあだ名つけてんじゃねーよ。」

「きゃっこわーい。いけ! カレンちゃん!」

「私ポケモン?」


 苦情も怒りもほとほとに此花は落胆した。正面には、およその半年間想いを寄せ続けた相手が、すっかり変わり果てた姿で座っている。

 中性的な髪型、ヌーディーなメイク、細身を活かしたパンツスタイル……落胆するしかない。


「はあ……マジ萎える……サガる……こんな日生、ない、ナシだわ……」


 入学初日、自分だけがみつけた、ぶ厚い殻の中に眠る大粒の真珠。いずれ、その輝きを最大限に惹き出し、美しく露見させるのは他でもない自分だと信じていた……

 の! に!

 なんだこの容姿からしてパッパラパーなご機嫌女は。喋ってみればこれまた腹立つ奴だときたものだ。此花との共通点は外見の派手具合のみという、対極の位置に立つ人種。

 全部こいつの仕業か。この女が日生果恋をこんなにしたのか。


「日生はセミロングが似合うんだって……ゆるふわのさ、トーンももっと落ち着いてるやつ……その貌だからこそメイクもふわふわっとしたさ、リップはピンク系で、マツエクをふさっと……」


 現段階の憤りと昼間の絶望が化学反応を起こしたのか、此花は唱えるように叶わなかった願望を垂れ流した。果恋を直視できぬとばかりに顔を覆い嘆く。

「ちょっ……だいじょぶ? 宇喜多、」

「服もさ、こう、女子アナ系のさ……女子大生的なさ……」

「う、宇喜多……?」

 明らかに普段とは違う様子のクラスメイトに、まさか原因の一端が自分にもあるなど夢にも思わない果恋は、躊躇いがちに宥め続けた。



「カレンちゃん。アメリね、カレンちゃんの交友関係に口出しはしたくないんだけど、この子とのお付き合いだけは、考え直したほうがいいと思うな。」


 ここで空気を読まないからこその少女アメリである。



「おっしゃ表ン出ろ、ちんちくりんぱみゅぱみゅ。」

「なーーーっ!?」

 喧嘩腰の此花に対し、アメリは猫のような反感をあげる。なんとも緊迫感の無い一触即発だ。低レベルな口論をBGMに、果恋は生しらす軍艦に箸をつけた。


「つか何? 年上? ハッ、中坊かと思ったっつーの。」

「アメリは身体のライン出さない服をあえて選んでるんです~! コノカスちゃんみたいなアバズレファッションはしないんです~!」

「誰がアバズレだオラ。くじ引きで選んだような服着やがって。」

「はーやだやだ。ギャルってばこれ見よがしに露出してればオシャレになると思ってんだもん。はいはいえっろえっろ。」


(……アメリ(こいつ)、初対面時めっちゃミニ穿いてたけど……)

 昨日もショートパンツだったような……果恋は傍観しながら、生しらすには醤油よりポン酢だったなと後悔する。


「この子あきらかなストーカーじゃん! 要は狙ってた相手を先に盗られておこ! ってだけでしょ? こわ! くわばらくわばら~。」

「ストーカーじゃねーし! 私は日生を見守ってただけだ!」

「ストーカーはみんなそう言うんです~。」

「みんなそう言うかもしれないけど私だけは違うんだよ!」

「きゃー! ガチだ! ガチのやつだ! おまわりさーん!」


 ……。

(……アメリ(こいつ)、うちから鍵盗んでいつの間にか合鍵作ってたけど……)



 くだらないながらもヒートアップしてゆく二人へ、果恋はいい加減頃合いかと箸を置く。

「もう二人とも、他のお客さんの迷惑になるから、」

 双方に手を向け仲裁に入る。


「きゃ! おきゃくさん、だって!」

「かわ! げきかわ!」


「……二人だけで食事続ける?」


「「ごめんなさい。」」


 争いはあっけなく収束し、果恋はおとなしくなった二人を交互に見たのち、まずはアメリへ視線を定めた。

「アメリ、あんた言い過ぎ。」

 ぴしりと言いつけると、アメリが不満そうに眉根を寄せる。


「私のクラスメイトだよ?」

「むぅ……。」

 とたんに、不満な表情に少しばかりの反省が点った。唇を尖らせる彼女の頭を、宥めるように軽くたたく。

「宇喜多、」

 そのまま続けて此花へ視線を替えた。露わとなった果恋の貌と真摯な目に直面し、此花は身構える。


「その、正直、びっくりはしたけどさ、あんたと、こうやって話せて良かったよ。」

 硬直気味の此花とは対照的に、果恋は穏やかに切り出した。


「私、あんたのこと、もっと冷たい人だと思ってた。」

「……へ?」


 口調も表情も朗らかに、やわらかく言う。



「迷惑じゃなかったら、学校でも、もっと喋ろうよ。私、他に友達いないし。」



「!!!!!!!」

 その言葉を耳にした瞬間、宇喜多此花の脳内では感嘆に値する方程式が駆け巡った。


 『他に友達いないし』=『宇喜多(わたし)以外友達がいない』=『宇喜多(わたし)は友達』

 その御都合と願望の塊でしかない方程式及び解答は、今日(こんにち)彼女を煩わせた絶望と憤りと落胆を、根こそぎ浄化させた。


「もももももち! もうずっと一緒いよ! 弁当んときも! トイレも!」

「それはちょっと……」


 学内での話題という蚊帳の外にならざるを得ない状況下にて、アメリは「ぶー」とふて腐れながら、回転寿司名物である皿ルーレットで遊び始めた。手元の画面で、店のマスコットキャラクターがコミカルに動き出す。結果は……ハズレだった。

「むう……。」

 続けさまにふて腐れる事態のなか、アメリはとある件を思い出す。

 明日は例の、朝丘の独立店へ向けての、撮影日だ。

 思い出すやいなや、唐突に得意気な顔になり、ふふんと此花へ目を細めた。


「でもでもざんねーん。明日、カレンちゃん学校お休みします~。ざーんねーんコノカスちゃんっ。」

 憎たらしいほどのドヤ顔を、嫌味溢れんばかりに披露する。


「は? なんで?」

「あっいや、ちょっと、野暮用……」

 当然訊ねてくる此花に、面倒事を察した果恋が割り込むように返答する。


「カレンちゃんモデルデビューするんだよ~。アメリのプロデュースで~。」

 余計な口を叩き、きちんと面倒事に持っていくあたりが、さすが少女アメリとしかいえない。


「は!?」

「…………。」

 お察しの通り、話題に見事食いついた此花と、得意気に詳細を説明するアメリの、面倒事不可避な流れをBGMに、果恋は悟りを開くように皿ルーレットで遊び始めた。

 無欲の勝利という物なのか、画面の中のマスコットキャラクターが盛大に大当たりを告げる。

 出てきた景品は、四足歩行のマグロ寿司という、この上なく反応に困る代物だった。

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