「短編版」家の猫がポーションとってきた。
連載版開始しました。よろしくです。
両親が死んだ。
連休中に家族で出かけてその帰り道の事だった。
高速を走っていたうちの車目掛けて対向車線をはみ出したバンが突っ込んできたんだ。
両親は即死だった。
俺は後部座席に乗っていたので命は助かった……とは言っても大怪我をして意識もなかったし、気が付いた時は病院のベッドの上だったけど……。
両親の葬式は親戚の叔父さんが対応してくれたそうだ、両親の墓の前でそんな話を聞いた気がする。
遺産の話とか、今後について色々話したけど……頭の中ぐるぐるしてて、もう何を話したのかよく覚えていない。
両親のいない家は静かだった。
外はもう真っ暗で、いつもであれば家族で食卓を囲んでいる時間……物音一つしない部屋がどうしようもなく両親が死んだと言う事実を突き付けてくる。
気が付けば涙が溢れていた……いや最初から溢れていたのかも知れない。
もうずっと泣いている気がする。
「…………」
ここしばらくまともに食事をした記憶がない。
お腹は空いていると思う、でも何もする気が起きないんだ。
ずっと膝を抱えて動かないでいた。
このままじゃダメだと思うけど、何をする気にもならない……そうやってずっと伏せていた時、ふと俺のそばに何かが居る気配を感じて振り返った。
「……クロ?」
振り返った先に居たのは我が家の飼い猫であるクロだった。
……俺が何とかギリギリで踏みとどまっているのはクロの存在が大きいと思う。
小さいころからずっと一緒に居る俺に残された唯一の家族。
クロを残していく訳にはいかない……。
……そんな唯一の家族であるクロだけど何かをくわえているらしく、俺の目の前にそれをポトリと落とす。
何か黒っぽい、羽の生えた生き物……。
そいつは床に落ちた瞬間、ビビッビビビッと激しく羽ばたき始めた。
「へあっ!? ちょ、ちょまって動いてる! 生きてるしっ!?」
俺、虫苦手なんですよ……セミは特に嫌いな部類に入る。
なぜ奴らは死んだと見せかけて急に動きだすのか。
しかもクロが持ってきたセミはまだまだ元気だったらしく、地面を動き回るどころか宙を飛んで俺目掛けて飛んできたのだ。
「うぉぉぉおあああっ!?」
必死だった。
全力で振るった俺の平手は見事に宙を飛ぶセミを捉え、そして床に叩き落とした。
クロはそれを見て満足そうに『にゃあ』と鳴くとソファーに飛び乗りそのまま寝てしまう。
俺を元気付けるためなんだろうか。
それとも両親が居なくなって、ご飯をまともに食べていない俺に施してくれたのか……。
どちらにしても俺を思ってしてくれたことなんだろう。
少しだけ、元気がでた。
それからというものクロはちょくちょく何かをとっては俺の元へと持ってきてくれるようになった。
「うぉぉぉぉおお!? Gはあかん! Gはまじでダメ!」
……でもGはちょっぴりやめて欲しいかなって思う。
クロがそばに居るから殺虫剤使うわけにもいかないし、もう泣きそうになりながら新聞紙で叩くしかない。
「……よしよし、ありがとうな」
最近はとってきた後に頭をなでろと要求するようになってきた。
頭をなでてお礼を言うと満足そうに鳴いてどこかに行ってしまう。
事故から数か月経った頃には普通に学校に行けるぐらいには立ち直っていた。
クロには本当感謝してもしきれない。
年が明けて、そろそろ春になるかなといった時期。
クロがいつもと違うものをとってきた。
「クロ? どうしたのそれ……瓶?」
ポトリと口から落としたそれはコロコロと転がり俺の足元へとやってくる。
ガラスとも陶器とも言えない不思議な材質で出来た小さな瓶。
手に持ってみると少し重みがあった。
振れば中からちゃぽちゃぽと液体が揺れる音がする。どうやら中身入りの様だ。
「中に何か入ってるな……よしよし。いつもありがとうなクロ」
また頭をなでろとアピールしてきたのでよしよしと撫でておく。
……この瓶どこからとってきたんだろう。
ひと様のところから盗んでなければ良いのだけど。
それから少し経って、クロがまたあの瓶をとってきた。
ただ……。
「またその瓶……クロ!?」
ガシャンとガラスが割れる音が響く。
俺がクロの姿を見て驚き、思わずコップをテーブルから落としてしまったのだ。
クロは足から血を流していた。
「その血どうしたの!? ほ、包帯!! ……びょ、病院!」
床にはクロの赤く染まった足跡が続いており、出血の量は少なくはない。
俺は止血を急いですませるとすぐに病院へと駆け込んだ。
「おそらくですけど、何か他の生き物にやられたんでしょうね……安静にしてください。かなり高齢のようですし、あまり無理はさせないようにしてくださいね」
「ありがとうございました!」
病院は混んでいたが、血を流しているクロを見て優先的に診て貰える事となった。
幸いなことに怪我は大したことは無かった。出血が酷かったが傷はそこまで深くはないとのことだ……。
「あー……よかったあ、大したことなくて」
襟巻つけたクロを連れ、俺は家へと戻る。
あの出血をみたときは本当真っ青になったけど大した傷ではなくてよかった。
てかどこのどいつだクロにこんなことしたのは……。
クロは基本自由に家を出入り出来るようにしてあるけど、こうなると暫くは家で安静にしてもらわないとだなあ……。
とりあえず帰ってご飯にしないと。
クロにも栄養ありそうなの食べさせてあげないとだ。いつもはカリカリだけど今日は缶詰開けちゃおうかな?
「遅くなっちゃったけどご飯にしっいってええぇえ!?」
玄関を開けて茶の間に入った直後、足に鋭い痛みが走る。
痛みで転がるが、クロの入ったキャリーバッグだけは死守した。 自分のことながらよくやったと思う。
「あ゛っ!? な、なんでっ……そっか、さっきのコップ!」
一体何がと思い床へと視線を向ければそこには砕けたコップが散らばっていた。
さっき自分で落としたコップだ……焦っていたから片付けてなかったのである。
しかも……。
「うわ、瓶も割れて液体が……これ大丈夫か?」
クロがとってきた瓶も割れていて、その中身がぶち撒けられていた。
俺の血と青み掛かった液体が床にマーブル模様を作っている……あの、これ俺の傷にも掛かっているんだけど。
「…………えっ?」
これ毒だったら俺死ぬんじゃないか……そんな不安を抱えてそっと傷口からガラス片を引き抜いた。
するとそこにあるはずの傷が綺麗さっぱり消えていたのだ。痛みもまったくない。
「傷が消えた!? え、だってさっきガラス……えっ!?」
水を付けたティッシュで拭ってよくよく観察してみても傷はない。というか傷跡すらない。
傷が完全に治っていたのだ。
「この液体がこぼれて傷口について、傷口が消えた……ポーション? まさかね」
液体をかけたら傷が治るとか、そんなのポーションぐらいしか思いつかない。
まさかね……と否定するが、現に俺の足にもう傷はない。
床にできたマーブル模様。あれは間違いなく俺の血である。
「でも実際治ってるんだよなあ……あ、ちょうどさかむけがあるぞ」
傷ならなんでもいいだろう。
引っ張ってしまおうか悩んで放置していたさかむけがあったので、ちょちょいと青い液体を付けてみる。
「…………治った」
するとさかむけが一瞬にして治っていた。
これ、やっぱ本物のポーションだ……。
「クロ、ちょっとおいで」
クロをキャリーバッグからだして、抱きかかえる。
足に巻かれた包帯が痛々しい。
「ほんの少しだけ……治った」
包帯をはずしてほんのちょっとだけポーションを付けてみる。
するとやはりクロにも効果があったようで傷は一瞬で消えてしまう。
痛みが消えたので不思議に思ったのだろう、クロがじーっと傷があった足を見つめていた。
「クロ、お前これをどこでとってきたの?」
クロは一体これをどこで手にしたのだろうか。
返事を期待していた訳じゃなかったけど、なんとなしに尋ねてみた。
「…………」
するとクロは一声鳴いて俺から離れると、玄関へと向かい歩いていく。
俺はそのあとをつけて行った。クロは時々振り返り俺がついてきているのを確認しながら庭へと進んでいく。
……クロ、俺の言葉が分かってる?
「せ、せまい……」
クロがたどり着いたのは庭の隅にある掘立小屋の裏……そこに人が腹ばいになって通れそうなぐらいの穴がぽっかり開いていたのだ。
クロはそこに入り込んでしまったので俺も後を追う……が、狭い。一応膝を立てても大丈夫なぐらいの高さがあったが、油断すると頭を打ちそうである。
そのまま少し進むと前方に光が見え……近づくと穴の先に空間があることが分かった。
クロは既に穴の先に居るようで早く来いというように鳴く声が聞こえる。
俺は慌てて穴の先の空間へと向かう。
「なんで庭からこんな空間に……ダ、ダンジョン? まじか、えっやばくね?」
出た先は幅5m、高さは3mぐらいの通路だった。
奥の方に向かうと曲がり角や十字路があるようで……ポーションに続いてダンジョンとはびっくりだ。
そしてダンジョンと言えばお約束のモンスター! テンション上がってきたけど、これこのままじゃ不味い……。
「クロ、ちょっと道具持ってくるから待ってて!」
クロに一言かけて一旦家に戻る。
何か武器や防具になりそうなものを持ってこないと……あと水と食料に救急箱もだ。
「よ、よし……行くか」
30分後、完全武装した俺は再びダンジョンへと降り立っていた。
……完全武装といっても実習で使う安全靴にヘルメット、それに作業着。あとは修学旅行で買った木刀と金属バット……それと出刃包丁を持っているだけだけど。
俺の準備が整ったのを見て、クロがとっとっと……と軽やかに通路を進んでいく。
「ク、クロ進むの早すぎ」
一方の俺はおっかなびっくり進んでいくので徐々に離されていってしまう。
思わず呼び止めるが、振り返ったクロに半目で見られてしまう。
「そんな目で見られても……っ」
怖いものは怖いんだ~! そう言おうとしたところで通路の奥から何かが向かってきていることに気が付いた。
「ネズミ!? でっか!」
来たのはネズミが一匹だけ……ただしかなりでかい、クロより一回り小さいぐらいはあるんじゃないだろうか。
正直ハムスターぐらいしか見たことのない俺にとってはビビるぐらいの大きさだ。
「うぉぉぉ……え、それ首噛んでるの?」
ただ、クロにはそんなの関係なかったらしい。
ものすごい勢いで飛びかかったかと思うとその喉元へと噛みついていた。
「うへぁ……」
暫くの間ネズミは足を痙攣させるようにもがいていたけど、やがて動かなくなる。
……窒息させたのか。クロさん半端ない。
「ま、また来た!」
動かなくなって安心していたけど、そこにもう1匹ネズミがやってきた。
「ちょっ……う、うわああああっ!」
そいつは今度は俺へと一直線に向かってきて……クロが今度もしとめてくれるかと思ったら、クロは黙って俺とネズミを交互に見ていた。
あ、これ俺がやれってことか。
俺は一瞬で理解し、そして半ば反射的にネズミを蹴り上げていた。
「……」
良い感じで顔に靴先がヒットした。
ネズミは吹っ飛んで壁に叩き付けられるとビクッビクと痙攣する。
……瞬間的に首が180度曲がるの見えちゃったから、たぶん死んでると思うけど……。
「し、死んでる」
動かなくなったところで木刀でツンツンと突いてみるが反応は無し。
どうやら無事に倒せたらしい。
どうもここのモンスター?は死んだら何か落とすとか、そんなことは無いらしい。
ただ、しばらく歩いて再び同じところに来た時には死体が消えていたので死体を回収するナニカはあるようだ。
そうそうポーションだけど通路の行き止まりやちょっとした小部屋に箱があったりして、その中にいくつか入っていたよ。
……クロはどうやって開けたんだろうね?
まあ、とりあえずポーション手に入ることも分かったので、俺とクロはしばらくダンジョン内を徘徊していたのだけど……。
「……明らかに体が軽くなってきてる」
荷物の重さとか明らかに軽く感じるし、俺自身の動きも早くなって力も強くなっているのがはっきりと分かった。
「これってレベルアップってやつ? やべえ、俺オリンピック選手になるんじゃないの」
いわゆるレベルアップってやつなんだろう。クロがおばあちゃん猫なのにあんなさくっとネズミを仕留めたのもレベルアップの恩恵なんだろうと思う。
これだけ身体能力が上がるのならオリンピック選手だって夢じゃないだろう。
俺はるんるん気分でダンジョンを出る。そろそろご飯時だしね、休憩もいれたほうが良いだろうし。
……で、ダンジョンを出た瞬間体に異変が起こった。
「うあ……え、なにこれだっる」
ものすっごい脱力感があったのだ。
急に体がずしっと重くなる、軽かった荷物もひどく重く感じる……。
「……ダンジョン入ると治るか」
そのだるさは再びダンジョンに入ると解消された。
どうもレベルアップの効果はダンジョン内限定のようだ。もしかすると多少ダンジョン外でも少しの効果はあるのかも知れないけど、そんな大きな効果は無さそうだ。
「あー……やっぱそう上手くはいかないよなあ」
家に戻って椅子でダラダラとする俺とクロ。
オリンピック選手になるのは無理そう。でもこのポーションだけでもすごい事だと思う、怪我が一瞬で治ってしまうのだし……凄すぎてこれを世の中に出したらどうなるのか、かなり不安ではあるけど。
「ま、いっか」
当面出す気はない、このポーションは俺やクロが怪我したときのために取っておこうと思う。
何個かあれば十分だろうけど、いつ何が起こるか分からないしまだまだダンジョンへは潜り続けようかなと思う。
そろそろ学校も卒業だし、俺は今のところ働くつもりは無い……クロと出来るだけ一緒に居たいのと……喜ぶところじゃないけど、保険金とか慰謝料があるから贅沢しなければ一生暮らしていけるからさ。
そんな感じで暫くの間クロと一緒にダンジョンに潜っていたんだけど。
「クロ? 元気ない……鼻水垂れてるし風邪かなあ」
……クロが風邪をこじらせてしまったんだ。
俺はすぐに病院に連れて行った。
お医者さんの診断は風邪だろうとのこと、注射してもらいしばらく安静にしているとクロの風邪は治ったようだ。
ただ……。
「……」
風邪をひいたのが切っ掛けだったのか、クロはまともに動くのが辛くなっていた。
トイレに行くのも餌を食べにいくのも辛そうだ、ヨロヨロと身を起こす様子は見てて死にそうになる。
ずっと小さいころから一緒にいたクロ。
年齢は今年で16歳になる……寿命なんだろう。
そっと抱きしめたクロの体は酷く軽くて、骨がゴツゴツしていた。
「……決めた」
俺はある決意をした。
クロの餌やトイレなど一式を持ってダンジョンに向かう。
しばらくダンジョンに潜ってて分かったんだけど、ダンジョン内にはモンスターが絶対に入ってこない安全な部屋があるのだ。
そこに一式を置いて、クロを連れ込む。
「クロ、ここで待っててね。お前に効く薬を探してくるから」
俺の言葉ににゃあと返事をするクロ。
ダンジョン内では身体能力が上がる、クロも今は以前と同じように元気そうに見える……でもいつまで持つかは分からない。
「疲れたらちゃんと帰ってくるから……ね?」
そうクロに告げて俺はダンジョンの奥を目指す。
……ポーションなんてお伽噺に出てくるような物が存在しているんだ、俺が求める物だってきっとあるはず。
もう、家族と別れたくは無いんだ。
to be continued?
別作品も書いてますので良ければ下記リンクからどうぞです(´・ω・`)