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「きちんとしていた」母

 こういう老障介護状態になったのは、2017年1月12日に私の母が昇天したからである。進行性すい臓がんであったが、発症から肉体の死までが非常に速かった。何しろ、2016年10月初めの孫の運動会には元気に参加し、その2週間後に発症するまで、家のことは万事、母がきっちりやっていたのである。




 母は、家事がうまく、家が完全にきれいでないと気が済まない性格であったので、家のことは母に任せっきりのような感じになっていた。うかつに手伝おうものなら、「なんだ、その布団の干し方は!」などとかえってその技量の低さを怒られる始末なのだ。




 ところが、ここがくせ者で、私と父がグズでだらしないのが気に入らない。実は父も、うつ病の期間が長かったことがあり、私も間歇的に数か月のうつ病を患う身だったのだが、この現実を母は受け入れられなかったのである。だから、私が、うつ病になって、家でゆっくりしている期間が続くと、よく私に罵声を浴びせた。「なにグズグズしてるんだ、もっとしっかりしろ!」「うつ病の馬鹿二人がいて、お母さんいやになっちゃうよ」などなど。




母は、教育を受けておらず、それで馬鹿にされることが多かったので、私が、京大に行ったのが気に入らず、医者の言うことなどお構いなしで「お前がそんな風になったのは京大なんかに行ったからだ。思い上がってたんだ」などと頻繁に言っていた。私の体が動かないことを知っていて「お前、家から出て自立しろ」とか、とかくご近所さんの目ばかり気にしている典型的なオバサン気質を発揮して「近所のおばさんにお前のことを聞かれて恥ずかしかった」「この近所でお前みたいに働いていない人いないよ、お前は生きる価値無い」などと、私に言った所でどうしようもない事をよく言っていたのである。




 要するに、母は、健常者として家事はできたが、論理が転倒し、障害者に対しても、健常的でなければならず、そうでない人間の存在を受容できなかったのである。さらに「有能な」人間にしばしばみられる性質であるが、その「有能さ」を盾にとって、自分の権威主義的性質を露骨に顕わし、自らの勝手に打ち立てた理屈に沿って他者を裁き、罰を加え、打擲するのだった。




 2010年以降、明らかには母は私を人間とは見ていない時期が続いた。母にとって私はある種の欠損だった。だから母は「きちんと」していたが、その「きちんと」に、「『きちんと』していない人間は生きるに値しない」という典型的な、かつ健常者に極めてよく見られる残虐な論理を付随させていたのである。



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