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マーマン危機一髪  作者: ベスタ
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8 帰還

 ライトはサイガンドの前線陣地、オームが住む大きなテントの中でオームと会っていた。


「体のお加減はいかがですか?」

「問題はない」


 オームは目の前の騎士に告げる。実際、オームの体には傷1つついていない。だが、オームの前の騎士は目に侮蔑の色を見せながら、言葉だけは恭しく喋る。


「それは良かったです」

「……言いたいことがあれば言えばよかろう」


 イライラとオームはライトに告げる。それに流石の支配者至上主義のライトとしても、今回の動きについては苦言を呈した。


「オーム様。あなたはご自身の価値を理解しておられない。下手をすればあなたは殺され、サイガンドは支配され、今度の作戦全てが水の泡となるところだったのです。

 それを理解しておられますか」

「ああ、わかっている」

「ではなぜ…」

「お前は今回の戦い方には口を出さないと言ったな」


 そう言ったオームは駄々をこねる子供のようであった。ライトは口をつぐみこうべを垂れる。


「……出過ぎたことを申しました」

「いい。それで、それだけを言いにここにきたのではあるまい」

「はい」


 オームはきちんとライトがここにきた目的を見抜いていた。元々、オームは優秀な統治者なのだ。ことが戦闘になると急に不安定となるが。


「私がここにきたのは、一時的にマカレトロへと戻らなければならなくなったためです」

「ふむ」

「私の愛剣は残念ながらサイガンドでは治せそうもないのです。そのため、鉄の剣を直せる技術のあるマカレトロまで戻らねばなりません」

「わかった。許可しよう」


 実にあっさりとライトの帰還を許可したオームであった。ライトは続けて言う。


「わたしから戦争を提案しておいて、当事者の私が抜けることを申し訳なく思います」

「気にするな。その案を受け入れ、実行したのは私だ」

「できれば最前線は優秀な軍人であるボニート殿に任せて、オーム様はサイガンドの首都、クエンに戻られることをお勧めいたします」

「考えておこう」


 大将というものは基本的に最前線に立つものではない。最前線は命の保証ができないものだ。そのため、万が一でも大将が死んだ場合、その軍は移動も攻撃も退却もできなくなり、致命的な打撃を受ける。

 そのため、任命された将軍などが軍の指揮を行うのだ。将軍が万が一亡くなっても大将が他の将軍を任命すれば軍は動くのだから。


 遠回しに先ほどの戦いで一騎打ちを非難しているライトであった。

 しかし、嫌味のみではない。オームの部下のボニートは優秀な将軍で、これといった能力は高くはないが、攻めるべき時と守るべき時をしっかり判断できた。


 これから先、サイガンド軍は無理に攻める必要はない。

 放っておいてもタロスがカララトに攻め込めば、タコスは軍を割くしかない。

 サイガンド軍はフラボン砦の兵士の数があまりにも少なければ侵攻し、兵士が多ければ睨み合いをしていれば良い。そのうちにタロス軍が攻め込み、タコスは壊滅的な被害を受けることになるだろう。少なくともカララトに住むことはできなくなる。


「では、失礼いたします」


 そう言ってライトは退室した。

 ライトの姿が確実にオームのテントから見えなくなった時、テントの壁付近からマコが現れる。そしてオームの近くまで歩いてきた。


「彼はなかなか良いことを言いましたね」

「お前も文句があるのか、マコ?」


 オームは頭を抱えながらマコに文句を言うが、実際に頭を抱えたいのはマコの方であった。


「当たり前です。いつあなたが殺されるのかとヒヤヒヤしながら見ていたのですよ。助けられて本当に良かった」

「悪かったな」


 マコは自分の戦闘能力が高くないことは自覚していた。1番魚人の地位ですらも、どちらかというと戦闘能力や特殊能力ではなく、オームの信頼を得たことの方が重きを置いているのだから。

 だからマコとしてはあの戦場においてオームを無事に連れ帰れたことは僥倖であった。

 そんなマコの決死の思いが伝わっていないのか、オームはどうにもまじめに応えない。


「その言葉は悪く思っていない人の言い方ですね」

「マコも私が前に出ることに反対しなかったではないか」

「それはあなたがタコス軍へなんらかの交渉に行くと思っていたからです。どこの誰が『私がまず話に行こう』という言葉を聞いて一騎打ちを申し込むと思いますか」

「私は生きて帰ってきたぞ」


 子供のような屁理屈を重ねるオームにマコはこめかみを押さえた。頭が痛くなったような気がしたからだった。


「それはたまたまです。言いかえれば運が良かった。更に言いかえれば奇跡ですね」

「大丈夫、私は支配者の一族だ。この支配者の一族の証である青い血を呪うことは今まで数多くあったが、青い血が流れているからこそ殺されることはないのだ」

「………カララトにおられたコノワタ様は殺されたようですが?」

「コノワタはほかの一族のものよりも異常に青い血を神聖視していたからな。大方、タコスの部下の魚人に反抗して殺されたのだろう。従っている間は殺されるようなことはないはずだ」

「かもしれませんね」


 マコの言葉に聞く耳を持たないオームに軽くため息をつくマコだった。

 その時、テントの外からボニートがくる。


「失礼します。今後の展開はどのようにしましょう」

「ああ、ちょうど良いところへ。今後はボニート将軍にサイガンド軍の指揮を任せる。こちらからは積極的には攻めず、慎重に様子を見るように。大軍がタロス方面に向かうようなら攻撃を仕掛けよ」

「はっ」

「私とマコはクエンに戻る。後は頼んだぞ」


 オームはボニートに全権を委ねた。意外にもオームはあれほど嫌そうにしていたライトの案をほとんど変えずにボニートに伝えていた。それは、ライトの案が正しく勝利に貢献するものであったからであろう。

 ボニートが退室するとマコが意外な顔をしている。


「どうした?」

「てっきりここに残ると言い出すのかと。あなたが大好きな戦闘をしないのに驚いていただけです」

「ああ」


 マコの答えに合点がいった様子でオームが答える。


「これ以上ここにいても一騎打ちはできそうにないからな」

「……そうですか」

「ああ。やはり騎士の戦いの花といえば一騎打ちだからな!」


 キラキラとした目で熱を持って強く語るオームを、マコはため息とともに聞くばかりであった。



 その1日後、オームはマコと数名の部下を引き連れて最前線を後にした。それを少し離れた場所にいた影が、こっそりと見つめていた。

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