6 騎士ライト
サイガンド軍の1番魚人、マコがオームを助けて逃げ出した。
その手際の良さにあっけにとられていたテル達とサイガンド軍は我に返って同時に動き出した。
「オーム様を守れ!!」
「くそっ!!」
敵の武将の号令とともにこちらに押し寄せるサイガンド軍。そのまま、マコを追撃して走り出すテル。
ここで逃すのはタコス軍にとって手痛すぎるミスとなる。
うまくオームさえ捕まえればタコス軍の勝利となり、無駄な争いをしなくて済む。そうなれば食料の少ないタコス軍としては最も効率的に敵を倒すこともできるのだ。
決して逃すわけにはいかなかった。
「テル、まてっ!!」
ティガの制止が聞こえたが、ティガではおそらく間に合わないだろう。そもそもの魚人としての早さが違う。待っていたらオームを取り逃がしてしまうだろう。
一二三が出撃の準備をしておりフラボン砦からも兵士が出てきているが、こちらはもっと間に合わない。
まだサイガンドの軍も動いたばかりで、どちらかというとオームもマコもテル達の方が近い。
ここはテルが行くしかないのだ。
オームから奪ったサーベルを片手にマコに追いすがるテル。
すぐに距離を縮めマコに向かって切りつける。1番魚人を名乗っているがオームをかばっているため本来の力は発揮できないだろう。
ぶんっ
カッ
金属音がしてテルのサーベルが止められる。
弾かれるのでもなく、叩き落されるのではなく止められたのだ。しかも、金属音。
テルが見るとそこにはマコに突き入れられたサーベルが、横から伸びたブロードソードに止められている姿が見えた。
そのまま視線をあげるとオームとは違った騎士がいた。こちらは明らかに戦う前から強いオーラを放っていた。
テルがなんとかして剣を動かそうとするが、まるでテルの体が凍っているかのように剣が重なったままピクリとも動かない。
「くっ!」
「さあ、マコ殿。今のうちに」
「ライト殿、恩に着る」
悔しさの呻きがテルの口から漏れる。騎士がマコに先を促すとマコはオームを連れたまま走ってサイガンド軍と合流するために泳いで行った。
ライトと呼ばれたその騎士は剣をテルのサーベルから外す。その途端固まっていた体が動くようにテルの体に自由が戻った。
軽くつんのめるテルは素早く態勢を立て直す。
「お前の相手は私がしよう」
そう行って構えるライトは動作の端々に自信がうかがえた。テルも同じく構える。
テルは緊張していた。だから、この睨み合っている状況で自分を分析し直した。
自分は焦っているのか?
落ち着いている。敵はこちらよりも強いだろう。体は硬くなっている。それがわかるくらいには冷静だと思われる。
体はどの程度動くのか?
右手は、動く。剣先をゆらゆらさせてその感覚を確かめる。確かに動いていると思われる。
左手も動いている。足も軽く右ににじり寄って確かめる。動いているはずだった。
体が動くことを確信したテルはライトの動作を見逃さないように見る。おそらく一瞬の見逃しがテルの命を消してしまうだろうくらいの力の差を、テルは感じていたのだ。
必死になっているテルに対して、ライトは声をかける。
「一応名乗っておこうか。私は栄誉あるツナ家の当主、ライト=ツナだ」
「お、俺は「必要ない」」
ライトの名乗りに答えて名乗ろうとしたテルに、ライトはとちゅうで遮った。戸惑っているテルにライトは冷ややかな目で答えた。
「死んでいくものの名を聞いても意味が無い」
テルは一気に頭に血が上った。視界が怒りで真っ赤に染まる。しかし、それでも頭は考えるのをやめなかった。
テルはこれまで自分より上と思われる実力者を倒してきている。彼らは総合的な戦闘力では確実にテルを上回っていた魚人ばかりであった。アーラウト海域の1番魚人であった怪力のダイア。カララト海域の1番魚人であった、スピードと隠密と連携で襲いかかってくるボンジモ。しかし、彼らはみな、テルに倒されているのだ。
最大の弱点は油断、慢心。
自分が負けるはずのない自信と相手を下に見る慢心が、今までの強敵達の弱点であった。
テルはライトを分析する。
先ほどの発言からはっきりとテルを下に見ていた。そこに付け入る隙があった。テルはライトのどんな隙も見逃さないように油断なく観察する。
とっさに対応できるように。
ライトが大きく振りかぶる。そしてテルを切ろうと振り下ろした。
早い動きだった。
だが、テルもその動きに対応した。
その剣筋を避けてサーベルをライトに突き入れたのだ。
剣は水中では勢いが落ちる。だから魚人達は突き得意なヤリをメインとして使っているものが多いのだ。ただでさえ水の抵抗が強いブロードソードを振るえば、その勢いはどんな凄腕でもかなり遅くなることがテルにはわかっている。
サーベルとはいえテルの突きの方が早いだろう。
おそらく、それもライトの慢心と言えた。テルは慢心せずサーベルを突き込んでいた。
カッ
変な音がしてテルの剣を持つ手に軽い衝撃が走る。
しかし、いつまでたっても確実な手応えのないサーベルに、テルはサーベルをよく見る。
テルのサーベルはライトの鎧の手前で止まっており、届いていなかった。
「くそっ」
ライトから離れるテル。口からは悔しさが再び漏れていた。ライトはすでに剣を振り切った姿勢のまま固まっていた。
テルはライトが油断している隙をつけなかったことに、ここにきてようやく焦っていた。
テルの踏み込みが足りなかったのかサーベルはライトまで届かなかったのだから。
そこまで考えて、テルはようやくサーベルの違和感に気づいた。剣の重さ、重心の違い。そしてサーベルを見てテルは戦慄した。
サーベルの先端が切り落とされていたからだ。
そして、剣を振った後の態勢をしたまま固まっているライトに驚愕の視線を向ける。
ライトはその視線を受けてようやく動いた。
「今気づいたか。お前の動きが遅かったので先に剣を切って落としたのだ。それでも余裕があったから、攻撃も避けさせてもらったがな」
テルは気づけなかった。突き込む前もついた後も相手から目を話していないのにもかかわらず、その動きがわからなかったのだ。
さらにお互いに鉄の剣同士である。なのにテルのサーベルを切っている。腕前の差は歴然であった。
続けてライトが動き出す。
「ふっ!!」
かっかっこっこっかっ
奇妙な音がしてテルの剣は先端から手元まで徐々に切り落とされていった。最後の一撃でテルはついにサーベルの柄しか持っていなかった。
テルは剣筋を見ることすらできなかった。ライトは剣を振っているにもかかわらず。水の抵抗はあるのだろう。しかし、水の抵抗とかそういうのは問題にすらなっていなかった。それをくわえてもテルには見ることすら敵わない。
ここに至ってテルはようやく理解した。
油断していたのは自分だったと、慢心していたのは自分だったのだと。
1番魚人をたまたま倒した程度で天狗になっていたのだ。訓練していることで強くなったと錯覚していたのだと。
ライトと戦いになると思ったこと自体が間違いであった。
そもそもテルはライトと戦ってはいけなかったのだ。
テルがようやくそのことに考えが至り戦意が喪失する。過去にブリに襲われたときのように体が震えて止まらない。立っているのが不思議なくらいだ。
いま思えばティガの言うことを聞いて深追いをしなければよかったのだ。自分がいなければ、自分ならどうにかできるとさえ思わなければ。
過去のテルであれば決してオームを追いかけたりしなかっただろう。どうして自分は追いかけてしまったのだろう。絶望しかない今となっては全てが滑稽に思える。
「終わりだ」
あえてゆっくりとライトは剣を振るった。普段のテルであれば避けれるスピードだったと思われる。しかし、今のテルは降ってくる剣をただ、見ることしかできなかった。
ドシュ
切られた音。舞い上がる赤い血液。そして
「くぅっ!!!!」
上がるテルのものではない悲鳴。
それはテルを後ろから突き飛ばし、かばったフーカの苦悶の声であった。
抱きつくようにしがみついたフーカが痛みで両目をぎゅっと閉じている。
その顔を見て、動いていなかったテルの頭が現実を徐々に理解する。
「あ、あ、あ、あ」
テルの口からは言葉にならない言葉が出るばかりであった。テルがフーカを抱き返すとフーカの背中から血の煙がもくもくと上がり出す。出血しているのだ。そう、テルの頭が遅まきに理解していく。
「フーカッ!!!」
テルは急いで押し倒されていた体を起こす。フーカは体を強張らせて、テルの言葉に反応してはくれなかった。
「……見上げたものだ」
ライトは自分の剣を見る。
ライトの剣が少しだけ刃こぼれをしていた。フーカの能力である鮫肌の効果である。フーカには自分の身を守ると同時に相手にもダメージを与える能力があるのだ。
それを超えて斬撃を与えたライトの腕前もすごければ、鉄の剣を刃こぼれさせるフーカの能力も凄まじいものがあった。
そして、ライトはフーカを見やる。テルは気づいてはいなかったが、フーカは初めてとも思える強い痛みに体を縮めて耐えながらも、体はテルとライトの間に入れたまま譲らなかった。
その姿を見て、ライトは引き上げる。
「その覚悟は見事。その見事さに免じて、今は去ろう」
オームもマコに連れられてサイガンド軍に保護されていた。
ライトは撤退するサイガンド軍に合流するために泳いでいった。
その後ろではテル達を守ろうとタコス軍がテル達の元へ泳いでくるところであった。




