5 一騎打ち
サイガンドの軍がフラボン砦に到着したのは、テルたちが到着した次の日であった。
サイガンド軍は砦の正面に陣形を整えて、タコス軍と睨み合う形となる。
サイガンドの魚人たちはアーラウトやカララトの者たちに比べ、全員が少し筋肉質な印象を与えた。
その中から鎧を着た1人の女性が進み出る。
紅白の色使いをした見事な鎧で朱色の髪をたなびかせて歩いてきた。その手には立派な剣を携えている。
「鉄の鎧は海の中では使えないんじゃないのか」
「あれは……ああ、オームか。あれは鉄の鎧じゃないぞ。貝殻に似た成分だ」
テルの質問に同じ窓から覗いていたタコスが答える。貝殻の鎧というあまり聞かない言葉にそういうものもあるのかとテルは感心していた。
進み出た女性がフラボン砦とサイガンド軍のちょうど中間で止まる。
「聞こえているか、タコス軍のものたちよ! 私はサイガンドの支配者、オームである! 」
その言葉にテルは耳を疑った。
その言葉が本当であれば敵の総大将自ら、敵の真っ只中に乗り込んで来たのと同じである。そんなばかな、と普通なら思うところであるが、残念ながら『タコスが覚えている』ことと、オームの金色の瞳を見て確信してしまう。
本物の支配者であると。
オームは同じように大きな声で問いかける。
「私は一騎打ちを望んでいる! 我こそはと思うものは私と一騎打ちをせよ!!」
その言葉は支配者がおよそ言うべき言葉とは思えなかった。
その言葉が使えるものは自分に実力に大きな自信のあるものか、はたまたバカのどちらかだった。
カララトの支配者であるコノワタも強かったため、テルは警戒する。
一二三はタコスに進言した。
「どうしますか?」
「ティガかフーカ、やりたい方が相手をしてやれ」
タコスの言葉にティガとフーカが砦を同時に飛び出す。
飛び出してからお互いの顔を見合わせる2人。
「お? お前も戦うのか?」
「わ、私は前に譲ってもらったから、いいよ」
2人ともお互いが飛び出すとはおもっていなかったようだ。ティガの言葉に譲るフーカ。フーカの言っている前というのはカララトでの戦いのことである。カララトの戦いでフーカは1番魚人であるボンジモを相手に暴れていたからだった。
譲られたティガはオームが待っている砂地へ泳いでいく。
オームはティガと並ぶとティガよりひとまわり小さかった。この体でティガと戦うというのだから、すごい自信の現れだと思われる。
オームは何の気負いもなく堂々と告げた。
「私はサイガンドの支配者、オームだ。お前は?」
「俺はタコス軍の切り込み隊長、ティガだ」
お互いが名前を告げる。
オームは剣を鞘から抜きはなち、切っ先をティガに向けた。鉄の剣でありサビ防止の魔法がかかっているのだろう。刀身に曇りはなかった。少し反った片刃の剣であり、厚い刀身は日本の刀というよりは海賊などが使うサーベルといった方がいいだろう。
オームの騎士然とした態度からは似合っていないのだが、それだけ鉄の武器というものが強力ということである。また支配者ですらも好きな形の武器を用意することができない希少さも物語っていた。
その剣を構えてオームは告げる。
「いくぞ」
その言葉とともにティガに斬りかかるオーム。
ティガにとってはその剣の勢いは弱く、完全に見切ることもできた。もともと水の抵抗があり剣では切るよりも突く方が有利である。だから、テルにはその攻撃は油断を誘う攻撃に見えた。
ティガもそう思ったのか、反撃に移らず様子を見る。
そこに続けてオームは大きく振りかぶり上から振り下ろした。
今度はティガは反撃に移る。
とはいえオームがティガの攻撃を誘っているのであれば、致命的な隙になりかねない。なのでティガは威力よりも早さ重視で拳を振るった。いわば、牽制のジャブである。
剣をしっかりと避けきってから、横からオームのアゴをめがけて拳を振るう。
ボッ
「きゅう」
オームが急に顔を上げたのでティガの拳は当たらなかったのだが、その拳の巻き起こす水流でオームは簡単に吹き飛ばされていった。
ティガは注意しながら近づく。途中、吹き飛ばされた時に手を離したサーベルをオームから離し、そこらに捨てる。
そうやって用心深く近づいたティガの目に、目を渦巻き状態に回しているオームがいた。
完全にノビていた。
「勝った、みたいだな」
その言葉にタコス、サイガンド両方の軍がざわつき始める。
特にサイガンドはオームを助けたいのだが近くにティガがいるため、オームを殺されはしないかと下手な動きをできないでいた。
テルもフラボン砦で見ていたがあっけにとられてしまった。
なぜなら、あれだけの強そうな発言をしていたのだ。
よほど強いかバカかのどちらかだとは思っていたが、まさかバカの方だったとは思ってもいなかった。
だが、このチャンスを捨てるわけにはいかない。
タコス軍はタコスという支配者が倒されれば負けてしまう。それと同じようにサイガンド軍もオームが倒されれば負けるのだ。いろいろな魚人で構成されている軍は、支配者を失えば誰が指揮をすればいいのかという問題でまとまることはできないからだ。
その隙を突かれてあっという間にやられてしまうだろう。
だから、タコス軍としては今のオームがこちらの目の前で気絶している状況を見逃すわけにはいかない。このままいけば食料的に不安が残るタコス軍の方が不利なのだから。
テルはすかさずフラボン砦から飛び出す。
途中、所在なさげに外で待機したままだったフーカを連れてティガの元に泳いだ。オームの剣を拾い上げオームに持っていかれるのも防いでおく。
テルが到着するとオームがようやく目を覚ました。現状がわかっていないのかキョロキョロと辺りを見回して、目の前にいるテルに話しかけてくる。
「私は、どうしたのだ?」
「お前は我が軍のティガに倒された。降伏しろ」
テルの言葉にオームはなぜかふふんと笑う。そしておかしいことを話し始めた。
「騎士は諦めない限り負けではない。誇り高き騎士は降伏など絶対にしないのだ」
「はぁ?」
胸をそらし自信満々に言い放つオームの言葉をテルは全く理解できない。
事実、敵陣の真っ只中で気絶していたのだ。そのまま殺されても文句を言えない状況である。それを負けを認めないと言われても意味がわからないテルであった。
さらにオームは続ける。
「それに降伏するのはお前達だな。我らとこうして戦っている間にもイソボン砦は今頃タロスの軍に攻撃を受けているだろう」
「なに!?」
聞き捨てならないことをオームが言っていた。テルが問いただそうとしたその時、地面から砂煙が立ち上がる。
ボシュッ
ボシュボシュッ
連続して巻き上がる砂はやがてテル達の周辺を砂煙で覆い隠してしまう。
テルは緊張すると同時にオームの身柄を確保するためオームに手を伸ばすが、その手の少し先をオームの体が離れているのを確信していた。
テル自身は理解していないが、電気マーマン、略されていて電マーの力で目の見えない場所での探知が教えてくれていたのだ。オームは逃げ出したと。
砂煙が落ち着きテル達が前を見ると、そこには引きずられた跡、引きずられたであろうオーム、そして引きずったであろう女性がこちらを見ていた。
茶色い服をまとっており、茶色い頭巾をかぶった女性はこちらを見て言った。
「私はサイガンドの1番魚人、マコと申します。以後お見知り置きを」
深々とお辞儀をするマコ。そしてゆっくりと顔を上げるとオームを脇に抱えて、続けて言った。
「そして、さようなら」
素早く後方に飛び退ると全力でサイガンド軍に向けて走るマコであった。




