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マーマン危機一髪  作者: ベスタ
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3 宣戦布告

 サイガンドの首都クエン、その調整所と呼ばれる建物の小さな個室。

 その支配者たるオームが会談室で椅子に座り1人の男を出迎えていた。

 その男は軽装の鎧を着込み、眼差しの鋭い美男子であった。それに相対するオームも立派な紅白の鎧を着込んでおりこちらも美男子のようであったのだが。


「私はツナ家の当主、ライトと申します。この度はお会いさせていただいたこと、感謝いたします」

「うむ、遠路はるばるご苦労であった。それで、この僻地までいかな要件で?」


 オームは目の前の騎士らしい騎士を一目見ただけで気に入ってしまった。それはライトの融通がきかないくらいの頑固な騎士らしさが理由であった。オームはもともと生まれながらの支配者の一族である。騎士になれるはずもなく、そのため物語などの騎士に憧れていたのだった。


「はい。この度は7つの海の平和のためにオーム様に協力を仰ぎたいと思いまして」

「7つの海全ての平和のため? それはまた、大きなことを言ったものだな」


 オームの言葉にライトは真剣な目で首を横に振る。


「いえ、決して大げさなことではございません。現にこのサイガンドに隣接するカララト海域はアーラウト海域のタコス様に攻め落とされ、支配者の一族であるコノワタ様は殺されております」

「その話は聞いている。だが、それがそのままこのサイガンドが攻められる理由にはならない」


 タコス軍は何度かの戦闘で疲弊している。その為、他海域にすぐに攻めることはできないだろう。たとえ兵の頭数を揃えたとしても、食料がなくては攻めることはできない。そして、タコス軍が軍備を整えている間に、同じくらいの軍をサイガンドも整えることができるのだから。

 しかし、その考えをライトは切って捨てた。


「いえ、タコス軍はきっと進行します。それがサイガンドかタロスかまではわかりませんが」

「しかし、この海の支配権を獲得しても意味がないだろう?」


 結局のところ、全ての海の支配権は最終的にダゴンに集約される。各海域間での小競り合いはあるものの、それは結局のところ他の海域との武力による交渉に過ぎない。その理由は様々で、もっと贅沢がしたいとか名産品が欲しいとか、名前を売りたいとかその程度である。

 誰がどの海を支配すると言った話は支配者の一族の長であるダゴンに任されているのだ。

 いかにタコスがコノワタを殺したと言っても、それで怒るのはきっとコノワタの親族だけであろう。ダゴンが直接支配するマカレトロでは、支配者の一族が多くなり過ぎていて彼らの世話が一種の社会問題となっている。就職先ができたとして大喜びのものもいるのではないのだろうか。

 しかし、ライトの意見は違うものだった。


「ですが、タコス様はどうも違う考えのようなのです」

「どう違うというのだ?」

「はい、おそらくですが。タコス様はダゴン様に成り代わろうとしているのではないかと」

「はっ。あり得んな」


 今度はオームがライトの言葉を切って捨てた。間髪すら入れる余裕がないほど早く。

 オームは笑いながらいう。


「支配者の一族であれば誰でもがわかることだ。あの大叔父殿には敵わないと。一目見たことがある一族のものであればわかる。それは言葉とかそういったものではない。もはや本能のレベルで理解できる」


 オームは笑っていたが、目は笑っていなかった。それは畏れを抱いている目だった。ライトは自分の主人の影響力の強さを知って、場違いではあったが誇らしい気持ちとなった。


「ですがタコス様はその常識の外にあるようで。実際、カララトの実効支配を開始しました」

「ほう?」


 カララトの一部を支配、はわかる話であるがその全てを支配するということはまた話が変わってくる。ダゴンの決めた規則を破ることになるのだ。それは支配者殺しよりもダゴンの怒りを買う決め手となりうることであった。


「それで、この私にどうして欲しいのだ?」

「はい。オーム様には侵攻したばかりで弱っているカララトに攻め入って欲しいのです」

「それはまた。難しいことを言う」


 カララトに今どれほどの兵力がいるのかのおおよその数はオームだって把握している。その全ての軍をもってすればサイガンドの軍であれば十分に防衛できる戦力があることもわかっているのだ。


「我々のみではとてもではないがカララトの首都、ポリフェルまでいくのですら困難であろうな。その手前のフラボン砦を落とせるかどうかも怪しい」


 オームの言葉は決して言い過ぎではない。基本的に攻めるよりも守るほうが有利なのだから。


 よく言われるのは攻める側は守る側の3倍の兵力が必要というやつである。例えれば守る側が1000人いれば、攻める側は3000人必要だということである。

 それぐらいきちんと守っているものを攻めるのは困難なのである。

 ライトがその程度のことも知らないとは思えない。


 ライトはしかし、なんの気負いもなく言った。


「落とせない場合は落とさなくとも良いのですよ」

「なんだと?」

「実はこの話、タロスにおられるビゼン様にも伝えております」

「ああ、あいつにもか」


 カララトはサイガンドのほかにタロスという海域とも繋がっている。サイガンドが岩ばかりの地形であるとするならばタロスは砂ばかりの地形であると言えるだろう。

 そのため、そこに住む魚の生態系が大きく違う。


 タロスを治めるビゼンを思い出してオームは顔をしかめた。ビゼンにはあまりいい噂がない。そのキラキラした姿の裏にどす黒い恐怖を仕込んでいるのだから。


「お二人で同時に攻めれば、カララトの残存兵力では守りきることはできますまい」

「挟み撃ちは私の矜持に合わん」


 ライトの言葉にオームは拒否の反応を示す。ライトは心の中で苦笑し伝える。


「それで構いません。結果として挟み撃ちとなった事実があれば良いのです。戦闘方法はオーム様のやりたい戦い方で構いません」

「ふむ、なるほどな」


 オームはある意味で有名である。

 その姿勢は戦いたがりの戦闘狂で常に戦闘訓練をしていると、この平和な時代に好戦的であると捉えられている。しかし、実際のところオームは憧れているだけである。現実に戦いがないので物語の中にしかない戦争に憧れているだけなのである。

 その戦争の中において素晴らしい精神の高潔さを保つ騎士に特に憧れているのだ。


 非常に現実的なビゼンとは対照的である。オームとビゼンの反りが合わないのも納得ではある。

 オームは立ち上がるとライトに伝える。


「わかった。こちらはこちらのやり方で戦わせてもらおう。マコ、いるか」

「こちらに」


 一切の音を立てずにオームの信頼する1番魚人であるマコが姿をあらわす。それはライトをもってすら存在が感知できなかった。その力にライトは驚きで眼を見張る。

 そのライトの動作に満足したオームは少し上機嫌でマコに伝える。


「カララトにいるタコスに宣戦布告をせよ。また、戦闘準備を整えるようにボニート将軍にも伝えておけ」

「わかりました」


 そういうと音もなく退室するマコ。やはり消えるように退室していった。


「ライトよ。お前も疲れただろう。しばらく休むといい」

「ではお言葉に甘えまして」


 そう言ってライトも退室したのであった。




 タコスとテルが書類と格闘しているところに慌ただしく一二三が入ってきた。

 息を切らしながらなのでよほどの大事があったのだろう。


「大変です! サイガンド軍がこちらに宣戦布告をしました」

「何?」


 宣戦布告。それはお互いの民間人が犠牲にならないようにあらかじめいつ頃から戦争を開始しますよと伝える文章である。時には口頭で伝えることもある。


 馬鹿正直といっても差し支えはない。

 現にタコスはカララトに侵攻する時に宣戦布告を通達することはなかった。

 しかし、カララトは斥候部隊を配置しており、タコス軍の動きをキャッチしてすぐに迎撃部隊を編成した。その結果、一度はタコス達の軍勢を破ってさえいる。


 近年の魚人達の間では宣戦布告など行われることはなかった。昔はそうした気を使っての戦争がほとんどであったのだが、今は違う。

 昔の戦争はいわゆる人死にの少ない小競り合いであったのだ。だが、タコス達がしているのは本当の殺し合いであった。殺してでも手に入れたいものがあるのだから。


 タコスは常々味方には言っている。世界征服が目標だと。その目的の最終地点はダゴンの治めるマカレトロももちろん含まれる。それはつまり最大の為政者に歯向かうことと同意義である。

 他の魚人の生き死にに意識をさけない程の難しい戦いなのだ。

 タコスも書類と格闘するにつれ、だんだんとその難しさがわかってきたようである。


 だが、タコスからは諦めるという言葉は聞いたことがない。それがタコスのすごいところでもあるのだが。


 今は戦争するにはあまりにも時期が悪かった。

 一応、サイガンドへの守りのための砦、フラボン砦には食料が常に備蓄してある。そのため、援軍を送るのは何の問題もない。

 しかし、そこで睨み合いが続けば食料面から不利なのはタコス軍であった。


「援軍を編成せよ。救援に向かう」

「はっ」


 一二三はすぐさまフラボン砦に援軍を送るため、軍隊を編成しに走る。

 今まで戦いに明け暮れていたタコス軍。初めて防衛のために戦わなければならないのだった。

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