17 裏切り
フラボン砦に戻ったタコスはひとまず、オームによってフラボン砦に迫っていたサイガンド軍を降伏させることとした。すでに反撃を行う気持ちはオームには存在していなかった。
降伏したサイガンド軍を支配下に置いた一二三はすぐさま軍会議を開く。
「ひとまずタコス様、兄さん。お疲れ様でした。これで残ったタロス軍へと集中できます」
「ああ、降伏したオームはカララトのポリフェルへと連行することとする」
タコスは連れてきたオームに告げる。タコスはこの会議にもオームを連れてきていた。それはきっと、もうオームはタコスに反抗しないであろうという自信の表れでもあっただろう。サイガンドのボニート将軍ですらも会議に参加していた
オームはタコスの言葉に静かに頷く。
「では我らタコス軍はポリフェルまで戻り、軍を整え次第、イソボン砦で戦っているゲールラ将軍の援軍に向かいたいと思います」
「そうだな。サイガンドの軍はカララトの暑さに耐えられないだろう。慣れている時間があれば我らだけでも向かってやった方がいい」
一二三の提案に従うタコス。未だにイソボン砦では戦いは続いているのだ。しかも、数が少ない状態である。幸い防衛戦であり数で劣るタコス軍も一方的に負けるという状態ではないはずであった。
また、ゲールラ将軍は優秀な武将である。戦闘では頭も切れる五十六のサポートも付いており援軍が来るまでイソボン砦が落ちるということはあり得なかった。
サイガンド軍と同じようにタロスもまた、カララトに来るには暑さに慣れる必要がある。それも戦闘を長引かせる要因となり、タコス軍にとっては有利に働くはずであった。
「そうですね。十分持ちこたえられるとは思いますが早く援軍に行ってあげた方が良いかと思われます」
一二三が答え、会議がまとまりそうな時に、にわかに会議室の外が騒がしくなった。
「………!!!!」
「……………!!!!!!」
誰かが言い争っているようだ。不思議に思っているとそのざわめきは大きくなり、会議室の外までその騒ぎはきた。
そして扉は乱暴に開け放たれた。
バンッ!!
「失礼いたします!!!」
入ってきたのはテルたちも顔を覚えていないような一般の兵士であった。しかし、みんながその兵士に注目する。
その兵士は鎧のそこかしこが壊れており、全身が傷だらけとなっていたのだ。また、一生懸命泳いできたのだろう。息は上がり、全身には疲労がありありと浮かんでいた。
一二三は慌てずにその兵士に報告を促す。
「説明せよ」
「はい。イソボン砦はタロス軍と戦闘になり、陥落しました!!」
「なにっ!!」
タコスは椅子から立ち上がり驚きの声を上げるが、それはその場にいた全員の驚きでもあった。それくらい、今の兵士の報告は耳を疑うことであったのだ。
一二三は努めて平静を装い兵士に尋ねた。
「ゲールラ将軍たちは間に合わなかったのですか?」
「いえ、我らは必死になり援軍が来るまで持たせました。その後、援軍が来てからも戦いを続けていたくらいです」
「ではなぜ」
一二三の計算でなくても、イソボン砦はタコスたちが来るまで持つ計算であった。それが蓋を開ければ砦は落ちたという。日付を逆算すれば、ゲールラ将軍が到着して数日でイソボン砦は陥落した計算になる。
一体どういうことなのか全くわからなかった。
しかし、その疑問は次の兵士の報告で氷解することとなる。
「その援軍でこられたゲールラ将軍が、タロス軍のビゼンに降伏をし、砦を明け渡したのです」
「なんだと!?」
まさに寝耳に水である。部下が裏切るという行為を流石に予想しておらず、タコスや一二三ですらも言葉が出なかった。
ゲールラ将軍はタコスがアーラウト海域に来る前からの魚人である。古臭い考えをしているものの、戦闘では堅実な戦いを好み、今回のような防衛戦において最も力を発揮する将軍であるのだ。
その堅実を好む将軍が敵に寝返るなどということ自体、するとは思えなかったのだった。
「五十六はどうなりましたか」
一二三が尋ねると、兵士は答える。
「五十六様は私とともに軟禁されておりました。しかし、今のイソボン砦の現状をタコス様に教えなければいけないということで私を逃してくださったのです」
「そうですか……。ご苦労でした。休暇を特別に与えます。体を休めておきなさい」
一二三は報告の兵士を部屋から出した後、並んでいる者達に伝える。
「予定は変わりました。これからタコス軍はポリフェルに戻り、急いで防衛戦の準備をしなければなりません」
「防衛?」
「はい。タロス軍がイソボン砦のものを皆殺しにしてイソボン砦が陥落したのであれば、そこまで急ぐことでもありません。タロス軍の体が暑さに慣れるまでに時間がかかるからです」
テルの疑問に一二三はテルの顔を見て答える。
「しかし、タロス軍は我らの兵士を降伏させて取り込んだ。降伏した兵士をそのまま使えばポリフェルまで一気に襲いかかってこれる。また、我らの戦い方を知っているゲールラ将軍がタロス軍にいるのであればその危険は一気に増すでしょう」
「なぜだ?」
「お忘れですか? 我らがどうやってカララト軍に勝ったのかを。大悪魔の口はアーラウトからポリフェルまでつながっているだけではありません。タロス近くまで伸びているのですよ」
タコスの疑問に一二三は答える。それは恐ろしい現実であった。カララトの攻略法をタロス軍は知っていることとなる。暑さに慣れている降伏した兵を使っても戦えるし、そうでなくとも暑さに慣れていない兵士でも涼しい大悪魔の口を通ればポリフェル近郊まで近寄ることができるのである。
そこで暑さに慣れるもよし、一気にポリフェルに侵攻するもよし。タコス軍本隊がいなければポリフェルは裸同然なのだから。
テルは焦る。フーカはポリフェルに戻されているのである。ポリフェルを襲われれば同時にフーカが危険にさらされることとなる。
「さらに言えば、確かライトはサイガンドからタロスの方へ向かったと言っていましたね」
一二三が言うと部屋の端に苦内が影とともに現れる。頭を下げた状態で黒ずくめの苦内は一二三の言葉を肯定する。
「はい」
テルは思い出していた。
テルの剣が全く通じず、鉄の剣を切り裂き、フーカをも切り裂いた騎士を。あの強さの者がいるのではとてもではないがまともには戦えない。
みんなが考え込みそうになった時、オームが口を挟む。
「ライトは武器が壊れたと言って直しにマカレトロまで行っているはずだ。本人が言っていたから間違いないはずだ。マカレトロに行くにはタロスを経由するからな」
それは朗報と言えるだろう。現状はタロス軍だけでも手一杯なのだからライトに向けて作戦を考える時間はない。
安心している会議のみんなと違い、テルはそれでも油断はしない。今はいなくともいつかは出会う相手だからだ。つまり対策は考えていなければならない。
「ひとまずポリフェルに戻ってから考えましょうか」
「待った」
一二三の言葉に待ったをかける悩んだ顔のテル。その顔を見て一二三はテルに尋ねた。
「兄さん。何かありましたか」
「いや。戻ること自体には疑問はない。ただ、このままポリフェルに帰って勝てるか?」
テルの言葉はある意味不敬であった。そういったことは作戦を考える一二三が考えることであり、総大将であるタコスが気にかけることである。しかし、テルにとって今回の戦いは、ポリフェルで傷ついて動けないフーカを背負って戦うこととなるのだ。
負けるわけにはいかなかった。
「しかし、我が軍にはこれが精一杯です。おそらく戦力を裂けばポリフェルを守りきることすら満足にできないでしょう」
「ああ、それはわかってる。わかってはいるんだが」
テル自体、特に名案があるわけではないのだ。しかし、何か小骨が喉に引っかかって取れないような、そんなもどかしさと焦燥感がテルをこのままではいけないという思いにさせていた。
テルはまとまらない頭をまとめようと必死に言葉を紡ごうとする。
「サイガンドの軍が勿体無いというか」
「彼らは暑さに慣れていません。おそらくポリフェルに連れていってもまともに戦えないでしょう。サイガンドの食料はカララトを助けてくれるとは思いますが」
「それはそうなんだが……そうではなくてだな」
もどかしい気持ちがテルの中で膨らむ。しかし、周りはそんなテルを急がせるわけでもなくその意図を汲もうとする。そんな様子を不思議そうに見るオーム、マコ、ボニート将軍であった。
うんうん唸りながらテルは必死に腕を組んで言葉を紡ぐ。
「カララト、サイガンド、タロスはつながっているんだ。なにか、あるはずなんだ」
「そうですが、おそらくビゼンはポリフェルに出張ってきています。それを防ぐにはタコス様にはポリフェルにいていただかないと」
「そうなんだが、それでは賭けになってしまうんだ」
「? よくわかりませんが」
守りきれる兵数。襲ってくる戦力。それの数を同じにしたところで絶対に勝つことはできない。優秀な前線指揮官がいて、全体を見る参謀がいて、まとめる総大将がいて。お互いそんな条件が揃っているのならば、勝つのは運となる。
それがテルの見解である。必ず勝つのであればそこにもう一工夫欲しいのであった。
「サイガンドの軍隊をうまく動かせないか。それでタロスに勝つための手札を増やしたいんだ」
「そうですね……たしかに兵の数は十分と言えます。………まてよ」
そこでようやく一二三の頭に何かしら案が浮かんだらしい。あーでもないこーでもないとブツブツ言い始める。しばらくそうして考えているとばっと顔を上げてタコスを見る。
「タコス様。申し訳ありませんが無茶を言ってもいいでしょうか」
「勝てるなら、任せろ」
タコスは口の端を持ち上げニヤリと笑顔をうかべる。それはたいそう悪そうな笑みであった。しかし、タコスには一二三がなにかを思いついたのであろう確信があった。
一二三もまた穏やかな笑顔で答える。
「タコス様にはボニート将軍とともにサイガンド軍を率いて侵攻してもらいます」
「どこにだ」
今さっきまで敵であった者達を引き連れろ、という普通に考えれば頭を疑われる言葉であったがタコスは深く考えずに頷いた。普通であればオームがサイガンドの支配者に再びなるためにタコスが殺されるかもしれないと、考えそうなものなのである。しかし、タコスは支配者の一族である。そう簡単に殺されないという自信もあったのだろう。
しかし、それは幻想である。事実、カララトの支配者であったコノワタはティガに殺されているのだ。問題は殺す意思があるかないかだけであろう。
一二三はそんな余計なことは一切言わずに粘土板の地図の一点を指差して答えた。
「ここです」
それを見たみんなが驚く。そんなところに一人で軍を連れて侵攻しろというのだ。だが、タコスはますます笑みを強くした。もはや邪悪な笑みであった。
「気に入った。いいだろう。攻め落としてやる」
それはタロスの首都であるアミノであった。サイガンド軍でサイガンドの道を使ってタロスに侵攻するのである。奇襲を任されたタコスは嬉々として出発の準備を進めるのであった。




