14 マコ
その決闘場は調整所の裏手にある円形の舞台であった。
調整所の裏手ということからも分かる通り、調整所で揉めあいを解決する際に、お互い一歩も引かず、また、仲裁案も出ない場合に限り決闘で決着をつけることがあるのだ。そのための場所である。しかし、クエンは商業都市であり腕っ節に自信があるものはそれほどまで多くはない。
調整所を利用する殆どのものが商人であることもあり、命のやり取りを行うことをお互いに避け、いつしか決闘とは名ばかりの模擬武器の置いてある場所となっていた。
円形舞台は外野からは少しだけ離れておりそう、簡単に手出しはできない作りとなっている。
テルは支給された棒を持ってマコに対峙する。マコも小さい短剣のようなものを持っていた。
テルは予想外に1番魚人と戦うこととなり、決闘場が名ばかりの模擬戦闘場であることを見て取り、違和感が残らないように自然を装い自分から槍を置き棒を手に取った。
これに応じるようにマコも殺傷能力が低い短剣を手に取っていた。周りも特におかしくは思わなかった。テルの作戦勝ちである。
いざとなればテルが勝てなくともニコなどが戦えばいい。
テルは少し負ける時の言い訳を考えていた。
しかし、マコと対峙した時、テルは甘い考えは捨てた。流石に甘い考えを持って勝てるほど1番魚人は甘くないと考えを改めた。
少なくともマコは自分の主人であるオームの立場がかかっている。最初から油断など持たずに戦うだろう。いつもの1番魚人との戦闘とは違い、武器は模擬だが真剣勝負であった。
「では、行くぞ」
テルはそう言うと前に7割の力で前進した。ススっと進むと、力よりも正確さに重点を置いてマコの体の中心めがけて突く。
「ふっ」
マコが呼気とともに棒の内側に滑り込む。テルの突きの隙をついて一瞬で間合いを詰める。短剣がテルに襲いかかるが、少し大げさにテルはバックステップをし短剣の間合いから抜け出す。
離れれば今度はテルの間合いとなる。そうはさせないとばかりに追撃に踏み込んで行くマコ。
マコの目がキラリと光り、テルの胸に短剣が迫る。
「はっ」
その短剣をしっかりと余裕を持ってかわすテル。ギリギリで躱せられるのならばもちろん引きつけるのだが、テルにはそんな技量はない。それよりも確実に避ける方がテルとしては大事になる。まだ、相手が全力を出しているのかいないのかわからないのだから。
マコの攻撃はそこまで伸びず、テルは少しできた隙間を棒の突きで広げようとする。
そこに息もつかせぬようにマコは食らいついてくる。いつのまにか間合いを潰そう潰そうとするマコの攻撃をかわして行くテルの図が出来上がっていた。
しばらく戦いが続くと次第にマコの動きが鈍くなってきた。キレがないというか、鈍いというか。テルは試しに強めに棒でついて見た。それに合わせてマコが大きく後ろに飛び退る。棒でもすぐさま攻撃に移れない遠くに。
「はあっ!! はあっ!! はあっ!!」
激しく呼吸をするマコに、テルは感づいた。マコは先ほどの猛ラッシュの間、呼吸をしていない。それは短期間集中力を増すと同時に、力強さを増す方法である。しかし、もちろん長期間の戦いにおいては不利である。
体に疲れはたまり下手をすれば呼吸が足りず、致命的な隙を見せることにもなりかねない。
なぜそのようなことをするのか。
テルは考え、そして理解する。現状でマコよりもテルの方が強いということを。
長く戦って勝てないのであれば短期決戦に持ち込んで一か八かにかけたのだ。
よく見ればマコの短剣を持つ腕が最初よりも下に降りてきている。本人も自覚していないのだろうが、腕が疲れているのだ。
しかし、テルは油断ができない。
マコの目はまだ諦めていない。光が消えていないのだから。
「とうっ!」
宙に舞ったマコがテルに襲いかかる。テルはそれに吸い込まれるようにほぼ無意識で突きに向かった。その突きを見て、マコは両手足をピンと伸ばして踏ん張る。
水の抵抗で自分の体の勢いを殺すと、テルの棒の突き出てくる流れに沿って自分の左半身を後ろに流す。そのまま、右手でテルの棒を掴むとさらに回転を増し、流したはずの左半身がマコの右から襲いかかる。マコの左手に持っているのは短剣。その武器がテルの突きの力も相まって猛然と襲いかかってきた。
しかし、テルは突き出しよりも早く棒を引き戻した。
がっしりとテルの棒を掴んでいたマコの右手は再び戻り、体は逆再生のように再び距離を開けてしまう。
マコの顔に驚きが浮かぶ。テルは野球のチェンジアップのように7割の力で行なっていた動作を10割に戻したのだった。その速度は7割の動きに慣れていたマコには追いつけないほどであった。
棒を引き戻したテルは同じように10割の力で突き出す。
「ぐっううぅ!!」
テルの棒がマコの左肩を突き飛ばす。続けざまに2、3と突き出しクリーンヒットさせて行くテル。たまらずマコは後ろに下がるがそこは舞台の際だった。
苦痛に歪むマコの顔にさらに焦りが生まれる。
「そこまでだ!」
オームの声が観客席から飛ぶ。そこには新しい剣を腰に履いたオームが立っていた。そのオームがタコスに言う。
「もはや勝負はついた。終わらせても良いのではないか?」
「…………だ、そうだが。どうする?」
タコスは隣のオームを見ずに言う。立っているオームに対してタコスは座ったままだ。タコスはテルに聞いてみたのだが。
「まだ、やれます」
答えたのはマコだった。
時間が少し入り、体にも痛みが伝わってきているらしい。マコの体に震えがきはじめていることに、相対しているテルだけが気づいた。しかし、テルは何も言わない。少なくともテルは勝っているのだから。
「じゃあ、やればいい」
タコスはそれだけをいうとオームを見やる。本人が戦うという以上、止めることはできないオームであった。タコスと同じように座って見守る。
マコはそれを見届けるとテルを見据えた。その目にはまだ、生気が灯っている。
「とうっ!!」
「はっ!」
マコはとにかく端から逃れるように横に移動するがテルはそれを許さない。テルの突きがマコの太ももにすねに、容赦なく当たっていく。
「ぐっ……!!」
痛みに耐えながらそれでも端から逃れたマコにテルは腕、足と攻撃を当てて行く。
最初に見えていた速さは見る影もなくなり、スピードダウンがはっきりとわかるレベルになる。
それにオームが再び立ち上がる。だが何も言わない。オームの目はどことなく迷いが漂っていた。
テルは容赦なく棒で追撃を浴びせる。
「ぐっ! ぐっ!!」
腕を壁のように耐えるマコ。それでも、テルの甘めの突きに対して素早く反応する。棒を捉えようと素早く手を伸ばす。
「あっ!?」
しかし、マコの意思とは反対にマコの右手は棒を捉えきれない。テルの棒を捉えられるスピードもなければ握力もない。
それを自覚して、マコは守りに入った
体を腕で守り、必死になって致命傷を避ける戦い方だった。
「もうやめなさい!」
「だとさ」
たまらずにオームの叫び声が入り、タコスが聞いてくる。タコスはやはり座ったままで、立ったりはしない。しかし、今度は確実にテルではなくマコに尋ねていた。
続けるのか、やめるのかを。
「続けます」
「!? そんなっ!!?」
マコの淡々とした言葉にオームは叫んでしまった。
だが、マコが続けるといったその瞬間からテルは攻撃を再開する。
容赦なく手、足、ガードが甘ければ胴体も突いていく。刃がついていないとはいえ、棒でも突かれればとても痛い。現にマコの体はあざだらけとなり、場所によって皮が裂け血が出ていた。
それでもマコの目には諦めが浮かんではいなかった。
かすかなチャンスを手に入れるためにジリジリと前に進んでいた。というかジリジリとしか前に進むことができないのだが。
マコの武器は短剣である。距離があっては攻撃自体ができないからだ。
流石にここまでくるとテルにもマコの考えがわかっていた。
いかに武器が模擬戦用の武器とはいえ集中的に攻撃されれば死ぬことだってある。それはマコにもわかっているだろう。それでも諦めないのはマコにとって、オームは大切な主人以上の存在なのだろう。どういう関係かまではテルには想像もできないのだが。
だから、マコとしては自分が死ぬかもしれないとわかっていても、支配者であるコノワタを殺した実績のあるタコスに、オームを引き渡すことを拒んでいるのだろう。
また、この一騎打ちで勝つことができればオームを渡さなくても良いということになっている。それが口約束であったとしても。
マコにとってみれば、この一騎打ちに勝つしか、自分の願う未来を叶える方法はないのだ。
テルはそのことを理解した。そして、理解していなさそうな主人であるオームに軽い苛立ちを覚えていた。
大事にされている自覚がないものへの、献身を受けているものへの、それは怒りだった。
テルは、だから容赦はせずにマコを攻撃している。
いつしか、決闘場の上では血の臭いがし始めていた。
「もうやめろといっています!!」
「それは俺様が決める問題ではないな」
悲鳴のようなオームの言葉に、タコスはもう、テルやマコに聞くこともしない。そして、舞台の上は止まらない。
ついにマコの両腕がだらりと下がった。もう腕を上げている力を維持できないのだ。
「しっ!!」
テルの突きがマコの額に当たる。
その勢いでついにマコが地面に仰向けに倒れ臥す。それを棒を構えて油断なく見据えるテル。
「マコッ!!!」
耐えきれず観客席を飛び出すオーム。テルが構えている棒の先でも構わずに、2人の間に飛び出し剣を抜き放つ。その目は先ほどまでの頼りなさげな不安な目ではなく、怒りの炎を灯った激怒の目であった。タコスのように金色の瞳が横に裂ける。
「私が相手だっ!!!」
そう睨むオームは、朱色の髪を振り乱して、金切り声を発して、全身から怒りを滲ませていた。
それまでの騎士然としようとしていたオームではなく素のオームが叫んでいた。凛々しい騎士ではなく、友人を殺された戦場の戦士のような声であった。
テルは変わらず棒を油断なく構えている。そのテルに突きかかろうとして、オームの体がとまる。
「オーム様」
オームの体を止めていたのは、いつの間にか立ち上がっていたマコの弱々しく震える指であった。その様子にオームの顔は先ほどまでの怒りが嘘のように笑顔となる。
剣の構えなど放り投げ振り向いてマコの体に近寄った。
「マコ! あなた、まだ体は動くわね。あとは私に任せて休んでいなさい」
「オーム様」
消え入りそうなマコの言葉にオームがマコの口元に耳を寄せる。
「邪魔です」
「え?」
固まるオームを、腕の力を振り絞って場外に押し出すマコ。力のなくなったオームは場外へと漂っていった。
頭を振ると殺意すら滲ませマコはテルにいった。
「お待たせしました。続きを」
「いいのか?」
マコもテルが待っていてくれていたことを理解している。だから詫びたのだがテルは確認の言葉を発した。
それはこれ以上続けると死んでしまうかもしれないという意味と、主人であるオームに逆らうのかという意味とがあったのだが。
「いいんですよ」
マコはそう言ってつい、とオームに簡単な視線を流す。
そこに全ての意味を乗せた言葉にテルは頷くと突きを繰り出す。
マコはすでに満身創痍で立っていることすらできない状態であっただろう。むしろ立ったことすらテルにとっては驚きの一言に尽きる。テルはマコへの敬意として、無言で意識を飛ばすためにみぞおちへの力を込めた一撃を放つ。
マコはもはやそれを見ているしか出来ず。やはり目だけは殺意をたたえてテルを睨みつけていた。マコはきっと手立ては思いつかないが、勝つつもりなのだろう。最後の瞬間まで、きっと。
どんっ!!!
強烈な衝撃とともにマコの体は場外まで吹き飛び、テルの勝利が決定した。




