12 架空ではない竜
ようやく中に入ったテル達は洞窟の中を進んでいく。
洞窟はいわゆる鍾乳洞のような形をしており、上から鍾乳石のようなものがつららの様にいくつもぶら下がっていた。
そして異様に白い壁が、光るカビのようなものの淡い光を反射して、光沢のあるツルツルな光を映し出していた。
「ここの一部に流れが強いところもあります。ご注意を」
キチンの声に光るカビのようなもの達がいくつかその流れに乗って流されていくのが見えた。テルは谷間に吹く風のようになっている水流をかき分けて先に進む。
流れがどこからきてどこへ向かっているのかは見当がつかなかった。
「流れは一体どこに続いているんだ?」
「さあ、私たちも行ったことがありませんな。ただ、いやな雰囲気があるので行きませんが」
キチンの言葉に、なるほどと思いテルは流れの先を見る。その先は深い深い亀裂の奥へと続いており、その先に地獄が待っていると言われてもテルは信じることができた。
洞窟は長く続いており、すでに1日は歩いているような気がした。日が見えないので時間の感覚が掴めない。
時折休憩を挟むが、すぐそばが壁となっておりあまり心が休まるものでもなかった。洞窟の中というのはいるだけで心が消耗するものらしい。
波打つようにデコボコな壁にそって進んでいくと大きい広間に出た。光るカビのようなものが出す光ではうっすらとしかその広間の広さが実感できない。
「ちょうどいい。ここで大きめの休憩といたしましょう」
キチンの提案に従ってテル達は休むことにした。
泳ぎ通しで流石に疲れていたのだ。テルは荷物を下ろすと体を伸ばす。
「もう1日はたっただろうか?」
「そうですね。それくらいは経ったとおもいます」
テルがキチンに尋ねると答えてくれた。中々に優秀な体内時計を備えた老魚人のようだ。おのおの食事の準備をしているとタコスがふと言った
「お前達も少しの間、自由にしていていいぞ」
それは光るカビのようなものに言った言葉だった。光るカビのようなもの達はその広間にふわあっと広がっていく。見えにくかったり見えなかった部分に光が広がり、広間全体がよく見えるようになる。
「おお」
感嘆の吐息がテルの口から漏れる。
部屋の作り自体は今まで泳いできた洞窟の通路と代わり映えはしなかった。しかし、この場所はどういう原理か水の流れが来ていない。
そのためか水の汚れというものが一切なく、遠くまでしっかりと見渡せるくらいに透き通っていた。ここにはほとんど生物がこないのか周りには生き物の気配すらなく、世界でタコス達だけのような、そんな孤独感と達成感があった。
光に映し出されてキラキラ光る壁は見方によってかたちを変え、上から垂れ下がる鍾乳石は悠久の時間の流れを感じさせた。
その広間はとても広かった。俗な言葉ではあるが、体育館ひとつ分はあるのではないかと思われる広さがあった。
キチンが説明する。
「ここまで来ますと全行程の半分ほどきた計算になりますか」
つまり、今いる場所がカララトとサイガンドのちょうど中間に位置する場所ということになる。
「明日も早い。眠れるうちに眠っておけよ」
テルは我に帰りみんなに指示を飛ばす。今は行軍の最中であるのだ。その日はご飯を食べ、眠りに落ちた。
全員が起きて出発の準備を整えた時、テル達は来た道と行く道、それ以外に小さな穴が空いていることに気がついた。
それはテルの顔がなんとかのぞける程度の穴であり、影になっていたため最初は気づくことはなかったのだが、その奥は広い空間があるらしかった。
「ちょっと覗いて見るか?」
好奇心が湧いたタコスは光るカビのようなものを中に潜り込ませて、そっとその穴の中をのぞいてみた。
「……!!!!」
覗いた瞬間、タコスの体がびくんと跳ね上がり急に無口となる。
「どうしたんだ」
テルがタコスを後ろに引っ張ると抵抗なく後ろに下がって行く。不思議に思ったテルはタコスと同じように穴の中を覗いてみた。
「…!!!」
テルも叫ぶところであった。
そこには巨大な竜がいた。巨大すぎてその全容がわからないほどである。
口はテルをまとめて10人くらいは食べられるだろう。目玉は両手を広げても抱えきれないほどであり、体にびっしりと鋼よりも固そうな鱗がおろし金のように生えていた。
テルが叫ばなかったのはこの竜が目を閉じていびきをかいて寝ていたからである。もしもこちらを飲み込もうとしている姿であれば、テルは恥も外聞も投げ捨てて叫んでいただろう。
起こしてはいけないという一念がテルに沈黙を守らせた。
「兄さん、何が見えてるの?」
後ろから引っ張られたテルはニコの顔を見て安堵する。
異常な世界から平常に戻ったのだからそうだろう。しかし、そのニコが穴の中を覗こうとしているのを見て心臓が凍りついた。
「待て待て待て待て待て」
ニコの後ろ首をガッと掴んで止める。ニコは不満そうな顔をしていたがテルとしてはたまったものではない。あれはそんな簡単にちょっかいをかけていいものではない。
テルの認識としてはこの世界はほとんど現実世界と同じだと思っていた。なぜならば生態系が現代地球と同じだからだ。
ゲームのようなステータスだとか魔法だとか神だとか、そんなものはいるのだろう。タコスを筆頭に不思議な力を使う支配者の一族だって見て来た。しかし、テルは世界規模ではそこまで違和感は感じていなかった。
なぜならば地球とほとんど同じ生態系だからだ。
魚しか今のところ見ていないが、プランクトンを1番下に、小魚が真ん中にきて、大きい魚が頂点に君臨する、食物連鎖のピラミッドだとか。魔法があろうと炎や電気は水の中では発生しない自然現象だとか。
世界規模ではテルが知っている世界となんら変わらないからだった。
だから竜といっても、トカゲだとか、ワニの化け物とか、最悪恐竜くらいのものだと思っていた。
だが、あれは違う。もっと力の根源とも呼ぶべき何かだった。
例えば暗い海の中で見通しが立たないくらい遠くを見て怖くなるのと同じように、溶岩が流れているのを見て落ちたらきっと助からないと理解するように、大嵐で車や木々が根っこごと飛ばされるのを見て手立てが思いつかないように。
そういった『恐怖』そのものが形作った存在であった。
それと同時に理解する。
おとぎ話と思われていた竜がいる。それはおとぎ話の対となっている存在、神がいる証拠でもあった。神はテルにとって恐怖でしかないあの竜を封印するくらいの力を持っている。今や海の支配者として君臨しているダゴンであっても、その神には勝てないのだろう。
テルは今更ながらにとんでもない世界にきたことを理解したのであった。
「その穴に近づくな。そして、すぐに先に進むぞ」
テルが真剣な声で告げる。そこには有無を言わせない力が込められていた
「わ、わかった」
ニコもわかってくれたらしい。その後も順調に水中洞窟を進んでいき、ついに出口につくこととなった。
「こちらがサイガンド側の出口となっております」
「ああ、ありがとう」
案内をしてくれたキチンに礼を言ってテル達は洞窟から出た。サイガンド側の入り口は岩の奥まったところに隠されていて、パッと見た限りではそこに水中洞窟があるとはわからないようになっていた。
洞窟を出るとサイガンドの首都、クエンが遠くに見えており、岩場ならではの素晴らしい景色も広がっていた。
しかし、心が冷えていたテルとタコスにはその感動は起こらなかった。その日1日、テルもタコスも恐怖が心を支配していたのだった。




