10 ケルプの森
フラボン砦からカララトの首都、ポリフェルの方へ数キロ戻り、そこから北にさらに数十キロ行くとジャイアントケルプの森が広がっている。地図では大まかな範囲が記載されているものの、見ると行くとでは大違いであった。
テルは100名の兵士、そしてタコスと共にジャイアントケルプを目指していた。
出発の日、海は晴れわたり遠くまで見通せるような、透き通るような快晴と言える様子であった。波が作る模様が海底まで届き、安全に泳いでいける旅日和でもあった。
フラボン砦を出てしばらくは砂地である。
これは防衛上の観点から見て最適と思われるが、旅をする者にとっては同じ風景ばかりが続き、飽きてくるのも事実であった。
しかし、それも方向をケルプの森に変えると様子がガラッと変わる。
それまでの砂地と違い、岩が作る影や壁などが行く手を遮る。魚たちはそれらを住処とし海藻がゆらゆらと揺れ、生命の息吹を感じることができた。時には岩の間から小魚が顔を出し、テルたちに気づくと慌てて姿を隠したりもしている。
「ここはのんびりとしていますねぇ」
「魚たちにとっては魚人同士の争いは関係ないからな」
テルは隣を泳ぐ兄妹の25和の言葉に返す。ニコは明るい性格であり戦闘能力がそこそこある。ただし、特筆するような強さでもないため、今回のテルたちの奇襲部隊へと編入されたのであった。
色々な所の風景を見てきたテルにとっても、ここらの風景は綺麗でなごやかだと思った。
しばらく進み日が暮れ始めるとそこで野営をする。完全に暗くなると夜目が効くもの以外は自分がどこにいるのかもわからなくなる。道に迷ってもいけないため早めに野営をするのだ。
みんながそれぞれ気の合う者同士で少人数づつ集まり、食事やテントの準備をしていた。
テルも自分が寝る寝床を用意すると、黒パルをもってどこかの集まりに参加しようと辺りをぶらつくことにした。
ふと、魚人たちの集まりから離れたところに少女が1人で食べているのがわかり、こっそりとそちらに近づいて行く。
そこにはテルの妹の315サイコが暗闇の陰で座ってご飯を食べていた。それはサイコの癖で、あまり他人と近づきたがらず距離を取ってしまうのだ。
実はサイコも苦内と同じように特殊な能力を持っていることが判明している。しかし、苦内の影潜りとは違い、サイコは能力を中々に使いこなすことができなかった。
力の暴走とも言える。
そのため、しばらくは力を封印しており日々の練習で最近ようやく、その能力を制御することに成功した。
それは素晴らしいことではあるのだが、力の制御練習のためにサイコはカララトとの戦いに参戦していない。それを引け目に感じているのか、サイコはあまり他人と話したがらない魚人となってしまった。
「こんなところで食べているのか」
「あ、兄さん」
テルに気づいたのか、サイコは1人分の隙間を作ってくれる。そこにテルが座ると、明るい魚人たちの近くと違い、急に視界が真っ暗になってしまった。
「こんなに暗くて食べづらくないか?」
「私は……あまり他人と話すのが得意じゃないから」
「そうか」
テルも元はオタク気質な人間であった。
あまり他人とコミュニケーションが取れるとは思っていない。しかし、魚人になってから何だかんだで知り合いが多くできた。今ではいろんな人からいろいろな話をしてもらえるようになっている。テル自身は今の自分を恵まれていると思っている。
そんなテルだからこそ、サイコが自分の殻に引きこもってしまっている状況が、辛いものだとわかっている。
テルは黙って持ってきていた黒パルをかじる。白パルと違い堅いので何度もガジガジと噛む必要がある。何度か噛んでいると次第に柔らかくなり、ようやく飲み込めるようになる。
そうやって格闘していると、テルも闇に目が慣れてくる。
そこには岩の後ろから夕日の赤い影が間接的に照らした幻想的な風景が広がっていた。
海藻の揺らめき、魚の鱗の揺らめきが世界を幻のように動かして、時折見える魚たちの目の輝き、鱗の反射が夕日の燃えるような赤黒い光を辺りに散らしている。それはほのかな恐怖を映し出していた。
決して綺麗と言える風景ではなかったが、それは確かに絶景であったのだった。
「これは、すごいな」
「うん」
「こんなすごい風景を、見つけていたんだな」
そのテルの言葉にサイコは嬉しそうに答える。
しばらく、テルはサイコとそのおどろおどろしくも力強い、原始的な風景に目を奪われていたのだった。
朝になりテルたち一行はケルプの森を目指す。
「あ、あれかな?」
ニコの言葉に前を向いたテルはケルプの森を見つける。
……それはまさしく『森』と呼ぶのにふさわしい森であった。
海底からまっすぐに伸びた細長いケルプがそのまま水面まで生えている。
それが密集して生えており、少し先に入ってしまえば下手をすれば隣まで見えなくなってしまいそうな密度であった。ケルプの葉っぱも豊作で中々に見えづらい。
「これは、予想以上だな」
「タコス。封印の場所について何か聞いてないんですか?」
テルがタコスに聞くがタコスはかぶりを振る。
「ここら辺のどこかに封印した、という話しか聞いてないな。そもそも、まさか自分がくるとは思ってなかったからな」
「そうですか」
どうやって探したものか、と少し思案するとテルはみんなに向けて言った。
「この中ではぐれると厄介だ。なので、各自少人数のグループを作れ。そして、そのグループの中にイワシ魚人を入れておいてくれないか。イワシ魚人であれば大体の場所がお互いで確認できるから」
その指示で大体10人ずつのグループに分かれる。
その中に1人づつイワシ魚人が配備されて行く。タコスのそばにはテルとサイコがついた。本来ならばテルがいればイワシ魚人は要らないのだが、残念ながらテルは送信はともかく受信ができない。
何かあっても駆けつけるということはできないのだった。
「よし、じゃあ各グループで離れないように手を繋いで泳いでくれ。そしてそれらしい場所を見つけた場合は連絡すること。散開!」
テルの指示で魚人たちは各グループごとにバラバラになり、竜が封印されている場所の入り口を探すこととなった。
探せど探せど見つからず、ひとまず集合した時には探索は難しい時間帯となっていた。
海藻の密度が濃いのが理由の1つ。もう1つの理由は、
「かなり暗いな」
タコスは上を見上げながら呟く。
その通り、ほどんどの太陽光をケルプの葉っぱが遮ってしまうのだ。上を見上げるとまだまだ海上が明るいことが見て取れる。しかし、そこから下に行けば行くほど暗さが増していくのだ。これでは探すどころではない。
また、どこを見ても同じような景色なのだ。
薄暗くてどこを見ても同じような景色なので、必然的に迷ってしまう。それにこの森はかなりの広範囲にわたって広がっているため、今のような捜索方法では何ヶ月かかるのかわからない。
テルたちは急いでいるのだから。
「どうしたらいいと思う」
「どう、言われましても」
困ったタコスに急に振られてテルも考える。そして、考えながら口に出す。
「このケルプを全部切っちゃうとかはどうですか」
「アホか。封印している場所をバラす行為だ。あと、我々の場所をサイガンドの奴らに教えることにもなる。ここらの奴らの家を壊すことにもなるしな」
「こういうのは標識があればいいんですがね」
「そんなものはない」
ケルプの間を泳いでいく小魚を目で追いながらタコスが答える。
「そもそも封印の場所自体が隠されたものだからな。わざわざ封印を解かれる危険を冒すとも思えない」
「そりゃあそうですよね」
だからこそ、こんな見晴らしの悪い場所に封印したのであろう。封印を解こうにもすぐには解けないこの場所に。
テルも目でそこそこの大きさのサメがケルプの間を泳いでいくのを眺めながら考える。
「そうですねぇ。あとは案内人とかがいればいいんですがね」
テルの頭の中では完全に登山の迷子から脱出の方法を考えていた。どちらかというと視界に映るケルプの森の姿は富士の樹海の姿に近い。
しかし、案内人など論外である。封印の場所を秘密にしているが故の封印なのだから。
そんなテルの考えとは裏腹にタコスは少し思案にくれる。
「ふむ、案内人か」
そして、思いついたように周りに大きな声をかけた。
「おい! 俺様は支配者のタコス様だ! ここら辺に詳しい奴はいるか!!」
突然の言葉だが、あいにくと今回の奇襲部隊で来たものは全てアーラウト海域から来たものがほとんどであった。誰もジャイアントケルプの森について知っているものはいない。
はずであったが、
「それならば私が」
答えたのはタコスの足元にいるカニであった。色は少し白く体も小さいカニであった。
タコスはニヤリと笑うとそのカニを掌の上に乗せ顔の近くまで持ってくる。
「ここら辺の場所に詳しいか。俺様は今はお前を魚人にしてやることくらいしかできんが、後ほどお前にはこのケルプの森の地図作成の仕事を与えることもできる。俺様に協力してもらえるか?」
「おお、私を魚人に。なんと恐れ多い。是非とも支配者様のために頑張りたいと思います」
タコスの言葉にカニはかしこまって依頼を受けるのだった。
案内人。タコスにとってそれは生み出すものだった。
いつものごとくタコスの前がジンカの業で光り輝き、光が収まるとそこには1人の老人が立っていた。
「お前、名前は?」
「私はキチンと申します。どうぞ、何なりと申しつけ下さいませ」
タコスの言葉に老人が微笑んで答える。こうしてテルたちは強引に仲間を増やしたのであった。




