やくそく
馴染みの店を後にした僕はほろ酔い気分で帰路についていた。
夜道を歩くのには慣れていたが、今夜は寒さもひとしおで、薄いコート一枚で来たことを後悔したが遅かった。
「コンビニ寄っていくの?」
明かりに誘われる虫みたいにふらふらコンビニの敷地に入る僕へ、ハヤテは聞いた。近所に住む子供だった。
「酒を買っていくんだよ」
「もう十分飲んだのに」
ワンカップと、ハヤテの好きなおやつを買った。
「でも子供はもう寝る時間だよな」
「ぼくまだ眠くないから」
ハヤテはそう言って、僕のまわりをうろちょろする。
アパートの部屋につくと、僕はすぐに暖房をつけてお茶をわかした。
ハヤテは畳の上に正座して、じっとちゃぶ台の上のジグソーパズルを見つめている。
「もう終わりそう?」
「うん」
僕はずずずっとお茶をすすり、特大サイズのジグソーパズルとにらめっこを始めた。
夜も更けて、自然とあくびがでた。暖房が十分にきいていて、空けていない冷やのワンカップがちゃぶ台の上で汗をかいている。
「これで終わりだよ」
僕が言うと、窓際で退屈そうにしていたハヤテがちゃぶ台に飛びついた。その目の前で、僕はジグソーパズルの空いている場所にピースをはめこんだ。
「あれえ?」
ハヤテが首をかしげる。
「あと一つ、残ってるよ」
「もう寝るんだよ」
僕はワンカップを開けた。
「でも、眠くない」
「子守歌歌ってあげるから」
「赤ん坊じゃないんだから」
ハヤテは笑ったが、大人しく横になった。
僕はハヤテの横にあぐらをかいて座った。口を湿らすわけでもなく、かたわらにワンカップを置く。出てくるのは抑揚のない子守歌だったが、ハヤテは文句も言わずに聞いている。
「お母さん、喜んでくれるかな」
ハヤテが完成しきれなかったジグソーパズル。
「行きたいところ、ぼくちゃんと見えたよ」
――ぎゃていぎゃていはらぎゃていはらそうぎゃていぼじそわか
ハヤテが気持ちよさそうに目を閉じる。
――はんにゃしんぎょう
僕はふうと息をつき、静かに手を合わせた。
畳の上には最後のピースが落ちていた。
「ちょうど昨日が四十九日だったんですよ」
ハヤテの母親は眩しそうに完成したジグソーパズルを見つめた。
大空に羽ばたく鳥と輝く太陽が描かれて、吸い込まれそうな青が広がっている。
「ちゃんと完成させてねって、ハヤテとの約束、守ってくださってありがとう」
僕は一緒に、昨日の夜に買った手つかずのおやつも渡した。
「あら、ハヤテの好きなおやつ。どうしてわかったんですか?」
「好きだと言ってたので」
僕は仏壇の写真を見た。車椅子に乗ったハヤテが笑顔で大空に向かって万歳している。
「あの子は今、どこにいるのかしら」
母親がふと呟き、そして困ったように眉をさげた。
「いやね、お墓に入ったばかりなのに」
「空が好きだったでしょう」
僕はジグソーパズルを見た。母親も再びそちらを見る。
「空にいますよ」
絵の中の太陽が、ちらりと光ったようだった。