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推定乙女ゲーム世界

ある転生令嬢の五年

作者:

 わたしは努力とは無縁の子どもだった。


 ほどほどの家格の貴族の家に末っ子として生まれ、穏やかな両親に年の離れた優秀な兄と優しい姉に囲まれ、なに不自由なく暮らしていた。


 王都近くの領地でのんびりと過ごし、おいしいものをいっぱい食べ、元気にころころと領民の子どもたちと一緒に転げまわって遊びながら育った――まあ、「相手をして差し上げなさい」と親にいわれた子どもたちに遊んでもらっていたという面もあるのだが。


 貴族の娘として最低限の礼儀作法を身につけていればいいという両親のおおらかな方針のもと、それはそれはのんきな暮らしぶりだったのである。


 それが一転したのは、姉が十五歳になり、社交界デビューするにあたって王都へ生活の拠点を移してからのことだった。


 わたしは十歳の子どもながら、貴族社会の洗礼を受けた――王都育ちであることを鼻にかけた意地悪な令嬢が多かったのである。


 常識を知らないと嘲笑され、流行を知らないと馬鹿にされ、さらには兄姉と比べて容姿が劣っていると貶められた。


 もちろん、かばってくれる心優しい令嬢もいたが、それまでぬくぬくと育っていたわたしは傷心を抱えることとなった。


 だが、年の初めに王都の聖光神殿を訪れたときにそれをも払拭してしまう衝撃に襲われた。


 姉が成年の儀を受けるとあって、家族と一緒に普段は閉ざされている正門前に立ったわたしは堂々たる門とその上に飾られた女神像に既視感を覚えた。


 そして、次の瞬間。


「聖光神殿へようこそ!」


 案内役の神官があげた声に、わたしはむせた――「オープニングそのままじゃないか!」と。


 突如として蘇った記憶はある乙女ゲームに関するものだった。


 いきなり割り込んできた記憶は、妙なものを無理やり食べさせられたかのような気持ち悪さを感じさせたが、なんとかこらえて神殿内に足を進め、あちらこちらで「これ見たことある、二次元で!」と思う羽目になった。


 ゲームのなかで神殿は聖乙女――巫女のような存在――の候補となった主人公の主な生活場所だった。そのため、あちこちに見覚えのある要素が散らばっていたのである――「聖地巡礼」という言葉と意味も記憶に蘇ったほどに。


 混乱しながらも情報を整理し、どうやら前世でプレイした乙女ゲームと酷似した世界に転生したらしいという推定に落ち着いたころ、最大の衝撃が中央祭壇の前でやってきた。


 エンディングの一歩手前で、ゲームの主人公はこの祭壇の前に立つ。


 ここで、主人公が聖乙女に選ばれるか、ライバル役が聖乙女に選ばれるかが――恋愛エンディングを迎えられるか否かが、分かるのだ。


 おそろしいことに、わたしの名は、そのライバル役と一致した。


 ゲームの中でライバル役は赤褐色の髪に緑の瞳の目の覚めるような美少女で、頭脳明晰な聖乙女候補であり、初期段階の主人公ではまったく太刀打ち出来ないという設定だ。


 一方、わたしは同じ色の髪と目でも、全体的に落ち着いたといえばいいが、くすんだ色合いの平凡顔である。特筆すべき才能はない。


 ……なにかの間違いだ。


 まずは裏を取ろうと一番わかりやすい攻略対象、この国の世継ぎの王子の名前と年齢を確認した――残念ながら設定と同じ名前で、しかも、わたしと同年齢だった。通称・俺様王子と主人公並びライバル役は同じ年という設定だった。


 それから、統計学習の一環ですと言って神殿に奉納されている生誕祝いの名簿を調べ、同年生まれの同姓同名、より正確にいえば、略式で名乗る場合の名と家名が一致する令嬢がいないかを調べた――この国の貴族が正式に名乗ると、領地名やら位階やらがついて長々しくなるのだが、ゲーム内では略称で名乗るときの二つ、名と家名しか出てきていなかったのだ。俺様王子の名前なんて、それはもう長いから省略するしかないのだろう。


 わたしの名前は女神の一人にあやかったものであり、また、家名も建国以来続く一族に連なっているのでごくありふれたものだ。そのため、同名も、同家名も何人かはいたのだが、両方一致する令嬢はいなかった。


 その結果、わたしは塞ぎ込むことになり、家族を心配させた。


 ライバル役だからといって、破滅するわけでもなければ、婚約者やら恋人やらを寝取られるわけでもない。純然たる競争相手に過ぎない。


 ならば主人公と張り合わなければいいだけの話と思うかもしれないが、問題は聖乙女候補になるという点にある。


 神々によって選ばれる聖乙女候補というのは、神々が面食いだからか、容姿も能力も優れた少女ばかりというのがこれまでの習いなのだ。


 今でさえ、嘲笑されているというのに、聖乙女候補などになったら何をいわれるか。


 考えるだけで、胃がキリキリと痛む。


 すっかりネガティブな思考に陥り、どっぷり悲嘆にくれたわたしは、悶々と懊悩し続けていたが、ふとしたはずみでなにかを突き抜けてしまった――性格がねじれた、と言ってもいい。


 わたしの出した結論は「やられる前にやれ!」だった。


 幸いにもまだ五年ある。


 まずは、徹底的な情報収集を開始した――意地悪い令嬢たちの弱みを握るために。


 さらには馬鹿にされる要素を少しでも減らすために学問に励み、教養を深めた。こちらは、自分で思っていたよりも頭の出来が良かったらしく、予想以上に伸びをみせた――容姿は駄目だったが能力はライバル役に足りうるものが備わっていたのかもしれない。


 面白がった兄がなにかと手助けしてくれ、姉もまた、礼儀作法やダンスなどを根気強く丁寧に教えてくれた。そして、のんき者の末っ子の豹変ぶりにはじめは心配していた両親も家庭教師をつけるなどして便宜を図ってくれた。


 そうして、十五歳を迎える頃には、「あいつに手を出したらヤバイ」と周囲に認識させることに成功した。意地悪した令嬢たちの一部とは関係を修復し、また一部とは陰口さえ届かぬ距離を置いた――置かれた、ともいう。


 わたし自身や家族、親しい友人たちに向けられた悪意に対し、時には直接的に時には搦め手で徹底的にやり返した成果である。また、その過程において、王子の――攻略対象の一人である俺様王子――の信頼をも勝ち得ることにもなった。


 それというのも、彼が懸想している一つ年下の令嬢がわたしの友人であり、彼女に敵意をむける令嬢たちにも徹底的な反撃をわたしが行ったためである――彼女自身は嫌がらせもたいして気にしていなかったのだが、わたしが気に食わなかったのだ。


 また、王子に対して有意義な情報を、彼女の好みや一部の行動予定などを教えてやったからということもある。


 ついでにいえば、ゲームの設定と違って、わたしが直接会話を交わすようになった頃の王子は俺様ではなかった――聞いたところによると、この一、二年で随分、性格が変わったそうだ。それに、婚約者もいない。


 いろいろと話を継ぎ合わせてみると、件の友人がゲーム内における婚約者だったはずなのだが、婚約のきっかけとなる事件が微妙に違う結果となったために、そうならなかったようだ――彼女の侍女はわたしと同じ、いわゆる転生者のようだったので少し話をしてみたが、ゲームに関する記憶は「お嬢様」関係以外は忘れ去ってしまっていた。


 彼女がお嬢様第一主義だからというだけでなく、蘇った前世の記憶というものはどうも時間とともに、薄れていくものらしい。


 わたしは忘れぬうちにと覚書をつくっておいた。主人公が登場しようが、誰を攻略しようが、どうだっていいのだが、もしもに備えてのことである。


 おそらく、主人公とは互いに無害の関係を築けるだろう――わたしと敵対するのが得策ではないと判断できる頭さえあれば。


 もしも限度を超えて敵対する場合には、それなりの措置を取らせてもらうつもりだ。辺境出の主人公に情報戦で遅れを取るつもりはない。


 そうして土台をしっかり築き上げて成年の儀に臨んだわたしだったが、聖乙女候補の素質は見出されなかった。


 聖乙女候補に選ばれたのは、本物のライバル役だったのは、わたしの名と同じ神名(いわば洗礼名)と家名を持つ、設定通りの美少女だった――聖職者は神名を名乗るのが通例であり、聖乙女候補も聖職者扱いであることを見落としていたのである。大変、迂闊であった。


「お兄さま、わたくし隠居しようと思います」


 神殿内の中庭で繰り広げられる新年の祝宴において、社交に忙しい両親にかわってわたしに付き添っている兄に向かって宣言する。ちなみに姉は昨年嫁いだので、この場にいない。


「何を言ってるんだ、今からデビューだろう」


 呆れた目を向けてくる兄の背後には、現在、若手出世頭にして社交界屈指の婿候補として人気を誇る兄に熱い視線を送る令嬢たちの姿が見える。


 そんな令嬢たちに兄の情報でも流して、社交界への影響力をより強めていこうなどと計画もしていたが、もはや不要である。


「お祖母様からいただいた土地がありますでしょう? あそこなら安定した収入がありますし、お兄さまたちに迷惑をかけることもなく、暮らしていけると思います」


 三年間、ライバル役を無事に務めたらのんびり過ごそうとひそかに準備していた場所である。


 家庭菜園で土いじりでもしながら、不労所得でのんべんだらりと暮らすことができるのだ。


「なにかあったのか? 妙に具体的な計画をたてる前に、まずは相談してみろ」


 さりげなく手をとって、兄が近くにあったベンチへとわたしを誘導する。この調子で令嬢たちをたらしこんでいるのであろう――我が兄は優秀ではあるが、外面が良くて少々節操なしでもある。


「お兄さまに相談する案件など何もないのですが」


「ひどいな。おまえが社交界デビューするのを心待ちにしていたのに。ぜひ紹介してくれという連中もいっぱいいるんだぞ?」


 それはあれだ。情報がほしいとかいうそういう狸な連中だ。


 白々しいことをいうと兄に冷ややかな視線を向けていると、「ご歓談中に申し訳ありません」 といかにも文官らしい青年が声をかけてきた。


「なにがあった?」


「筆頭補佐官にどうしても耳に入れておきたい案件が発生いたしまして……」


 筆頭補佐官。今、そう言った、その「音」を耳にした瞬間、脳内に光が走ったような気がした。


 筆頭補佐官 の「発音」は、乙女ゲーム内でカタカナ表記されていた。前世のわたしだけでなく、プレーヤーすべてがそれを姓だと思っていたはずだ。


 兄の秀麗な横顔をあらためてじっくり眺める。


 鮮やかな赤褐色の髪に青い瞳――攻略対象の一人、エリート文官(またのあだ名をチャラ男)と合致する。


 残念ながら、名前も。


 官職に就いているときは、名前に官職名をつけて呼ぶのがしきたりであり、家名は建前上、家の影響力を排除する目的で名乗らない。だから、今の今まで気づかなかったのも仕方ない。


 仕方ないのだが……。


 わたしはそっと溜息をついた。


 ゲームの攻略対象だったエリート文官は女たらしの策略家で、その実、女性不信という設定だった。確か、結婚まで考えていた令嬢がより高い地位にある男へあっさり乗り換えたことが女性不信の原因だった。


 そのためエリート文官を攻略する場合は脇目もふらず、一直線にフラグを立てて行くことがポイントであった。そうやって誠実ぶりをアピールすることで、ほだされて――わたしは記憶に蓋をした。


 家族のラブシーンなんて見るのはちょっと、というやつだ。いくらもとは二次元でも、実物で想像したくはない。


 わたしが実に残念な事実を確認しているうちに、問題は解決したらしく兄がわたしに向き直った。


「お兄さま、つかぬことをうかがいますが」


 兄が口を開く前にとこちらから話し始める。


「女性に騙されたことはおありですか?」


「いや? 特に覚えはないが……。ああ、騙されそうになったことならあったな。お前のおかげで未遂だったが」


「そんなことがありました?」


「一年くらい前だったか? どんな女性が好みですか、具体例があれば教えてください、と聞いてきただろう?」


 そういえば、そんなこともあった。茶会の席でよく兄の理想のタイプを令嬢方に聞かれるので、本人に確認しておこうと思って聞いたのだった。


「そのとき、いいなと思っていた令嬢の名前を告げたら『好みなのは繊細可憐な外見ですか。それとも、見た目にそぐわず、上昇志向旺盛な野心的な性格ですか。あの方の男性を手玉にとる手管の見事さには脱帽です。できるものならば、ぜひに見習いたい!』と予想外の反応がかえってきたんだ……」


 遠い目をしてつぶやく兄にわたしはあらためて驚いた。


「もしやお兄さま、あの方の性格をご存知でなかった?」


 兄のことだから知っているものとばかり思っていた。確か、外見が好みなんだ、という返答があったように思うが……いわれてみれば、少し元気がなかったような?


 兄は古傷をえぐられたらしく顔をしかめていたが、突然、はっとした顔をした。


「もしやどこぞの男に騙されてふられたのか?!」


「そんな事実はございません」


 騙されていたとすればこの世界に、だが。


「では一体、なにが原因で隠居などと……」


 聖乙女候補にならずに済んだからと正直に答えたところで意味はわからないだろう。


「心境の変化です」


 五年間、せっせっせっせと足場固めに励んだ挙げ句、それが不要な足場だったと判明したのである。ぐうたら生活を望んで何が悪い。もともとわたしはのん気な末っ子、ものぐさなのだ。


「考え直してくれ。実はな、今、女性を文官に登用しようという動きがあるんだ」


 兄が声を低くしてそう告げた。


 そういえば、ゲームのノーマルエンディングのひとつに、そんなものがあった気がする。


「お前はその候補に名前が挙げられているんだ」


 面倒くさい。


 そんな考えが顔に出ていたのか、兄がわたしの手を取り、妙にキラキラしい笑顔で言った。


「一緒に国を支えていこうな」


 ……あー、このセリフ、この絵面って。


「お断りします」


 冷ややかに言い切って兄の手を振りほどくと同時に立ち上がる。


 なにが悲しゅうてゲーム開始前から実の兄と友情エンドなどを迎えねばならぬのだ。


 わたしは舞台からおろさせてもらう! いや、もともと上がっていなかったのだけども。


 追いかけてくる兄を振り返ることなく、裾さばきも鮮やかにわたしは退場した。


 その後、末っ子に甘い両親は心配しつつもあっけなく説得されてくれ、いくつか条件をつけて気が済むまではと田舎暮らしを容認してくれた。


 しかし、兄がしつこい。しつこく王都に戻そうと半月に一度は訪ねてくる。そんな暇があればきりきり働け!嫁もらえ!


 ついでに俺様王子もうざい。いちいち手紙で相談してくるな! 悩む暇があったら行動しろ! だから落とせんのだ!


 そんな邪魔の入る生活が半年も続き、わたしは再びぶち切れた。


 早いところやつらのどちらでもいいから主人公に攻略してもらおう。そうしよう。


 主人公を探し出し、あらゆる情報を提供して攻略を補佐することを決意し、わたしは王都へと急いだ。


名前を出さずにどこまで書けるか、無駄な挑戦中につき、わかりづらくて申し訳ありません。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 典型的な喪女の転生者
[一言] 名前出さずに文庫一冊書く人もいますからねぇ。
[良い点] ほのぼの [気になる点] タイトル。 短編なので、五年と強調しないほうが良いと思う。 (文章量として少ないので、どーしてもそんな年月って感じがしない!) [一言] 田舎に隠居する理由として…
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