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ラルフローレン

「オレは何でも一番のものを選ばないと気がすまない」

そう言ってクラスメイトの韓国人ジェボンが、アメリカのシカゴで入った店で選んだのは、800ドルもするラルフローレンのベッドカバーセットだった。

僕が留学していたアメリカで目安にしていた1ヶ月の学費と生活費の合計が約1000ドルだったので、その8割にあたる800ドルのベッドカバーセットを彼が買ったので驚いた。

「何でも一番がいいね。だからホテルに泊まる時も、その街で一番のホテルに泊まりたい。」

彼は韓国の釜山出身で、実家が大きなホテルを経営しているということだ。

彼の買い物を実際支払いするのは彼の親なので、僕は彼の親が彼に一流のものに触れさせることによって一流のビジネスマンにしようと育ててきたのだろうと想像した。

ただ、今日は僕たちは隣の州のウィスコンシンの田舎町から急遽5時間かけて遊びにきているということもあって、予約もなしにいきなり一流のホテルにチェックインするというわけにはいかなかった。

僕にしてみても、彼が自分自身のために一流のものを買うのは全然構わなかったが、ホテルとなると僕も半分払うことになるので、なんとかそこは譲ってくれないかという思いだった。

そしてその思いが通じたのか、宿泊場所に決まったのはシカゴの街中を走っていて目にとまった中級以下のホテルだった。

案の定、彼はホテルの部屋に入るなり「やっぱりよくないな」と言った。

そして「これからはもう絶対に妥協しないぞ」と自分に言い聞かせるようにつぶやいた。

街中の店をいくつか見たあと夜になって、彼が行きたい場所があるということだったので僕たちはそこに行くことにした。

それはシカゴに住む韓国人のためのキリスト教の教会だった。

教会の名前もハングル文字で書かれていた。

行ってみると、年寄りから子供までたくさんの韓国人が来ていた。

こんなにたくさんの韓国人がアメリカに住んでいるんだと、僕は意外に思った。

そしてその中に彼のいとこの女の子がいるということだった。

僕たちは彼女に会った。

僕たちと同じ年ぐらいの可愛い女の子だった。

彼といとこは親しそうに喋った。

そして僕ことも紹介してくれた。

僕は彼らがどれくらい親密ないとこ同士なのかは知らなかったが、彼ら韓国人同士は常に親しげに話すことを知っていたので、そのことは以前から少し羨ましいと思っていた。

また、彼らは人と話すときに基本的に恥ずかしがったりしない。

僕は彼らのことを、見た目は日本人に近いが、そういう感覚はアメリカ人に近いんじゃないかと感じていた。

教会では韓国人の牧師による説教が続いていた。

説教は韓国語なので僕には分からなかったので、話を聞いている他の人達を見たりしていた。

礼拝の時間が終わると、僕たちはいとこの家に行くことになった。

彼らはいとこ同士なので、つまり親戚の家に行く感じなのだろうと僕は勝手に想像して、気軽に着いていくことにした。

いとこの家は、周りの住宅地を見下ろす高層マンションの一室だった。

そこに彼女はアメリカ人のルームメイトの女の子と一緒に住んでいた。

二人共シカゴ大学の学生だということだった。

僕はシカゴ大学と聞いて少しひるんだ。

僕とジェボンはウイスコンシンでまだ英語学校にいっているだけだったからだ。

しかしジェボンは全くひるんでいる様子はなかった。

彼らはいとこ同士だからひるむ必要なんてないのだ。

そして、いとこはみんなに韓国料理を作ってくれた。

ふだんアメリカのハンバーガーを食べているせいだとかそういうこととは全く関係なく、すごく美味しい料理だった。

彼女のアメリカ人のルームメイトもグッドを連発していた。

スープにしても他の何にしても、日本のものとはまた違った味わいだった。

そして僕が一番驚いたのは出してくれたキムチの種類の多さだった。

辛い白菜のキムチ以外にそんなにたくさんのキムチがあることを僕は知らなかった。

彼女は頭も良くてそのうえ自分の国の伝統的な料理もできる、僕はそんな印象をもった。

僕たちは4人でビールも飲んだ。

僕はいい気分でいたが、時間がそんなに遅くもないのに、ジェボンがそろそろ帰ろうかと言い出した。

僕も、確かに彼らはただのいとこ同士だし、このくらいで切り上げるのが丁度良いのかと思った。

「明日またおいで」

別れ際にいとこはそう言ってくれた。

僕たちは明日もシカゴにいるのだから、当然来るでしょという彼女のその対応に、僕はいい感じだなと思った。

僕とジェボンが通っているウィスコンシン州の英語学校には、日本人も韓国人もたくさんいた。

僕は多くの韓国人の学生の中で、ジェボンと一番親しかった。

あとは、もうひとり韓国人のリーダー格のキムとも親しかったが、プライベートでも一緒に行動するというほどではなかった。

ジェボンが韓国第二の都市釜山出身で、僕も日本の第二の都市出身で、お互いにソウルや東京に対してライバル心があるというところで共通点があったからかもしれない。

ソウル出身のキムは、頭が良くピアノもうまいというスマートなイメージなのに対し、僕たちはどちらかというと正反対のイメージだった。

話によると、キムは韓国で大学受験に失敗して少しノイローゼになってアメリカに来たということだった。

キムのように、志望校をアメリカの大学に変えて来ていた学生は、韓国人・日本人を問わず多かった。

もちろん他にも、最初からアメリカの大学を志望していた者や、自国で大学を卒業してから来ている者などいろんな学生がいた。

次の日、僕たちはお昼前にまた、いとこの部屋を訪れた。

昨日と同じように、料理を出してくれた。

そして僕は改めてその味に感動していた。

ただジェボンにとってはその味が当たり前なのか、僕ほどは特別な感情はもっていないようだった。

そしてこの後僕たちはまた5時間かけてウイスコンシン州に帰らなければいけないということで、帰ることにした。

トイレにいったりして帰る準備をしていると、アメリカ人のルームメイトがいとこに、「こんなにかっこいい人は見たことがない」と小声で耳打ちしているのが聞こえた。

僕は急にドキドキしてきた。

いとこも、そうなんだという感じで頷いている。

僕は僕とジェボンのどちらの事を言っているのか気になった。

しかし、どちらもかっこいいとは無縁で生きてきたタイプだ。

相手がアメリカ人ということもあって、万が一ワイルドさがいいということでジェボンだというのなら、それは少しは理解できた。

僕はいずれにしても、告白タイムが訪れることを想定して、玄関先でわざと間を取ったりした。

気づいていないジェボンは、早く帰ろうという顔をしている。

結局、告白タイムは訪れることなく、僕たちはいとこの部屋を後にした。

帰り際に、いとこが訊いた。

「どこかに、寄って帰るの?」

僕は、少しはぐらかすように言った。

「まあ、いろいろね」

僕は、路上駐車していた車を出しながら、ひとときの余韻に浸っていた。

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