夢コラボ~酔いどれ軍団vsスチャラカOL/秋祭り編~
神村律子さんの『スチャラカOL』と『酔いどれ軍団』のコラボ作品です。神村律子さんがこのお話の裏側を書いてくれる予定です。そちらの方もお楽しみに!
社内の喫煙所で良介が一服していると、名取が辺りを見回しながらやって来た。
「日下部さん、最近、井川部長の挙動がおかしいんですけど、何か心当たりは有りますか?」
良介は根元まで燃え尽きたタバコを揉み消すと、もう1本取り出して火を付けた。
「気が付いた?」
「気が付くも何も、どこから見ても異様に浮かれてますよ。なんだか悪い予感がするんですけど」
「なかなか勘がいいな!週末は神社の秋祭りだろう?」
「秋祭り!まさかまた神輿じゃないですよね?」
「神輿は無いよ。その代り、こっちの方は覚悟しとかなきゃならないかもな」
良介はそう言って、一杯ひっかけるポーズをして見せた。
「マジっすか?ボク、そっちの方がよっぽど怖いんっすけど…」
そんな名取の声が聞こえたかのように、勢いよくドアが開いて井川が顔を出した。
「ハ-ックション!こんちきしょう。お前ら、俺の悪口でも言ってたんじゃねえだろうな?」
名取がみるみる青ざめる。
「とんでもない!週末の秋祭りの話をしていただけですよ」
取り繕うように名取が言う。
「そうか、そうか。じゃあ、今年はお前も連れて行ってやろう」
「えっ!いや、その…。週末は予定が…」
「バカ者!そんな予定は却下だ。神様の罰が当たるぞ」
「そ、そんなぁ…」
「当たり前だ!解ったら、明日の夕方神社に集合だからな。日下部、ちゃんと名取も連れてこいよ!」
そう言うと、井川は喫煙所から立ち去った。名取は半べそをかきながら良介の顔を見た。
「諦めるしかないな」
「そんなあ!でも、待ってください。明日はまだ金曜日じゃないですか。お祭りは土曜日からでしょう?」
「まあ、そうなんだけど、町会の人たちは金曜日の夜から景気付けをやるんだ。井川さんはそこから月曜日の朝まで飲み続けるのさ」
「日下部さん、ボク、辞表を出してきます」
金曜日、良介と名取は早めに仕事を切り上げて神社の社務所へ出向いた。
「やあ、日下部さん、今年もよろしくお願いします」
良介を見るなり、町会長の力丸さんが挨拶をしてきた。
「こちらこそ。ところで、うちの井川はもう来ていますか?」
「昼からずっとそこに居るよ」
町会長が指した先には数人の町会員たちと既に出来上がった井川が酒盛りの真っ最中だった。二人に気が付いた井川が立ち上がって、手招きをした。
「ご愁傷様」
力丸町会長はそう言って社務所を後にした。
「日下部さん、町会長、今、なんて言いました?ご愁傷様って言いませんでしたか?ボク、やっぱり会社辞めます」
力丸は栄転先の富山へ赴任するための準備で忙しい時間を、何とかやりくりして週末に香りと過ごす時間を工面した。ちょうど、地元の神社で秋祭りが行われるのだ。
町内に配る秋祭りのポスターを力丸は一枚家からくすねてきた。昼休みにカフェでそれを眺めながらつい笑みを漏らしてしまった。同じカフェで昼食をとっていた藤崎がそれを目にして力丸のそばにやって来た。
「へー、秋祭りですか?」
「うん、地元の神社のね。東京最後の思い出に香りと出掛けようと思って」
「最後になるかどうかはともかくとして、秋祭りか…。いいですね」
「あ、あの…。律子さんには内緒にしていてくださいね」
力丸に念を押された藤崎は冷や汗交じりで苦笑した。
翌日、香はお昼前に力丸の部屋を訪れた。ほとんどの荷物は既に段ボールに詰め込まれているので、食事は外食だという力丸のために手作り弁当を持ってやって来たのだ。
「わざわざありがとう。とっても美味しいよ」
力丸は香の手作り弁当を頬張りながら幸せも一緒に噛みしめていた。
「向こう(富山)に行ったら毎日手料理を作ってあげるわ」
「それは楽しみだなあ。そうだ!今日と明日、そこの神社の秋祭りなんだ。ちょっと出かけてみないか」
「本当?私、お祭り大好き」
二人は手を繋いで神社へやって来た。参道の入り口にある大鳥居が見えてくると、笛や太鼓のお囃子が聞こえてきた。
「けっこう賑やかなのね」
「うん、この辺りじゃいちばん大きな神社だからね」
二人は寄り添いながら鳥居をくぐった。その時、香は背筋がぞくっとする感覚を覚えた。なんだか嫌な予感がする…。
「どうかした?」
そんな香りの異変に力丸はすぐに気が付いた。
「拓海さん、まさか、お祭りのこと律子に話していないわよね」
力丸は焦った。でも、話したのは律子ではなく、藤崎だ。彼なら信用できる…。と思う…。
「あら!偶然」
背後から声を掛けられて香はグキッとした。力丸も飛び上がりそうなくらい、驚いた。二人が振り向くと律子と藤崎が居た。律子の後ろで藤崎がしきりに手を合わせて頭を何度も下げている。
社務所の座敷の隅で目を覚ました名取は吐き気をもよおしてトイレに駆け込んだ。外から聞こえてくる祭囃子が頭に響く。トイレから戻ると、井川は相変わらず町会の猛者たちと酒盛りをしている。周りには空っぽの一升瓶が何本も転がっている。
「やっと目が覚めたか。じゃあ、こっちに来て寝覚めの一杯だ」
そう言って井川がコップに並々と酒を注いだ。名取は渋々それを受け取ると、良介に泣きついた…。
「あれっ?」
そこで、良介が居ないことに気が付いた。
「日下部さんはどこに行ったんですか?」
「あいつは女を調達しに行ったよ」
「お、女ですか?」
その言葉に名取は元気が回復した。良介が連れてくるというのなら結構期待できるかもしれない。女の子の前で無様な姿は晒せない。
香は機嫌が悪かった。せっかく二人きりでお祭りを楽しもうと思っていたのに。
「ねえ!こっちに来て」
律子が手招きしている。射的の店の前だ。綿あめに林檎飴、チョコバナナを両手に抱え、狐のお面をしている。香がうんざりした表情を見せると、力丸が香の手を引いて走り出した。
「行こう!射的は得意なんだ」
二人がそこに行くと、藤崎が挑戦していた。藤崎はひょっとこのお面をつけている。
「ねえ、あれ取って」
律子は藤崎に景品をねだった。台に積まれた菓子やアクセサリーではなくて、天井からぶら下がっているおもちゃの刀を指した。
「ようし!任せとけ」
藤崎は狙いを定めてコルクの弾を打ち出した。けれど1発も当らなかった。律子はその場に仰向けに寝転がって、駄々をこねる子供の様にしている。藤崎が困った顔をしていると、誰かがその刀を仕留めた。力丸だった。力丸は5発の持ち弾すべて景品を撃ち落とした。律子が指をくわえて刀を見ていたので、力丸はそれを律子に差し出した。律子はそれを受け取ると雄叫びを上げながら駈け出して行った。
「あ、ありがとう…」
藤崎は礼を言うと、律子の後を追った。
「これで二人になったね」
力丸はそう言って、たった今、射的で仕留めたかんざしを香の髪につけた。
「よく似合うよ」
「ありがとう」
一気に境内まで駆け上がってきた律子は刀を鞘から抜いて最初に目についた男に切りかかった。男が驚いていると、刀を振り上げて得意そうに言った。
「安心せい!みね打ちじゃ」
「みね打ち?」
男は律子のその姿を見てやさしく微笑んだ。
「面白い人だね」
「面白かったなら、なんかくれ!」
「ハハハハ」
男は声を出して笑うと、律子の手を取った。
「ご褒美をあげるからおいで」
「ワン、ワン」
律子がついて行こうとするのを、ようやく追いついた藤崎が止めた。
「どこへ行くの?」
「ご褒美」
「知らない人について行ったらダメだよ」
「あなたもご一緒にどうですか?」
「えっ…」
二人は男に連れられて、神社の社務所へやって来た。そこでは盛大に酒盛りが行われていた。
「おう!日下部、早かったな」
男に声を掛けたのは一升瓶を抱えた人相の悪い酔っ払いだった。
「ご褒美は要らないので、僕たち失礼します」
藤崎はそう言って社務所を出ようとした。ところが、律子はいつの間にか、その酔っ払いの隣でコップ片手に“ワンワン”言っている。
「あ!お酒はダメだよ…」
律子は妊娠しているのだ。お酒は飲んではいけない。なのに、律子はコップに注がれた酒を一気に飲み干した。そしておかわりのポーズ。
「なかなか面白れえ姉ちゃんだな。おい、そこの兄ちゃんもこっち来て飲みな」
こうなったらヤケクソダ。ボクが止めなければ、おなかの赤ちゃんが大変なことになる。
「分かりました!律子に飲ませるわけにはいかないので、ボクが代わりに全部飲みます」
ようやく二人きりになった力丸と香は参道に並んだ出店を一軒、一軒、見物しながら境内に向かう石段に差し掛かった。そこで男に声を掛けられた。
「力丸さんの坊ちゃんじゃないですか?」
「あなたは?」
「ああ、いつも町会長にはお世話になっています。同じ町会の小林商事っていう会社のもので、日下部良介と言います」
「そうでしたか。こちらこそ父がお世話になってます」
「今年もやってるんですか?」
「ええ、盛り上がってますよ。よかったらご一緒にどうですか?」
力丸は香に今の会話の内容をざっと説明した。
「そうなんだ。じゃあ、せっかくだから少しだけお付き合いさせてもらいましょうよ」
「無理しなくてもいいんだよ」
「そこでちょっと時間をつぶしていれば、律子たちも帰っちゃうんじゃない?そしたらまた二人でゆっくりできるじゃない」
力丸はなるほどと納得し、良介と一緒に社務所へ向かった。
思わぬ珍客のおかげで、名取はようやく井川のそばから解放された。社務所の外に出ると、秋の風が今までの悪夢を運び去ってくれそうな気分になった。そこへ、良介が新たに二人の客を連れて戻って来た。
「日下部さん、新しい獲物ですか?」
「ああ、こちら町会長さんのご子息だ」
そう聞いて、名取は口を押えて背筋を伸ばした。
「いつもお世話になってます!」
力丸は苦笑し、会釈をした。
「ねえ、さっきこの人、“獲物”とか言ってなかった?」
香が名取に詰め寄った。
「いえ、その…。獲物というのは…」
「これのことですよ。ちょっとつまみを仕入れに行っていたもので」
そう言って良介はぶら下げていた袋の中身を見せた。そこには焼き鳥やら唐揚げやらが入っていた。
「わあ!美味しそう」
香はすっかり安心して、力丸の手を取った。
「見つかる前に、早く隠れちゃいましょう」
香はそそくさと社務所へ入って行き、座敷の障子に手を掛けた。その瞬間、香の頭をイヤな予感がよぎった。こういう予感は良く当たる。
「早く出ましょう」
「えっ?どうしたの?急に」
「ここに居ちゃいけないわ。危険な感じがするもの」
力丸が訳も分からず狼狽えていると、障子からおもちゃの刀が突き出された。それは力丸の股間にまともに命中した。
「みね打ちじゃあー」
聞き覚えのある声と共に障子が開いた。そして、見覚えのある狐のお面を被った律子が町会の法被を着て現れた。
力丸はその場で腰を抜かし、香は諦めて苦笑した。まあいいわ。富山に行ったらもう誰にも邪魔はされないのだから。最後くらい、こいつらの面倒を見てやるか…。
酒宴は大いに盛り上がっていた。いや、既に盛り上げっているというレベルは超えていた。しらふの二人にとっては異様な空間のように思われた。ふんどし姿の男たちがラインダンスを踊っている。香は一瞬目を疑った。その中にパンツ一丁で踊っている藤崎の姿が飛び込んできたからだ。
「ふ、藤崎君?彼って、こんなにノリのいい子だったかしら」
「私のらんならんだから、当たり前れしょう!」
律子は狐のお面をこそ被って顔を隠しているが、既にろれつが回っていない。香はお面を取って確かめると、律子は真っ赤な顔をして目がとろけている。
「あんた、お酒飲んでるの?」
「そうら!飲んれるろー!」
「赤ちゃんは大丈夫なの?」
「赤ちゃん?何のことらー?」
「だって、妊娠したから会社を辞めるんでしょう?」
「辞めらいろー!らって、ウソらもーん。梶ちゃんが辞めらいれーって言うから、辞めらいもーん」
「それ、彼は知ってるの?」
「さあ…」
そう言うと律子はラインダンスを踊っている連中を端から刀で切って行った。それに合わせてラインは見事に端から順に倒れて行った。まるで打合せでもしていたかのように意気があっている。
香は首を振った。感心している場合じゃない。
「みね打ちじゃあー」
律子がそう叫ぶと、再びラインが復活して踊りを再開した。
力丸は町会長の息子と言うだけあって、取り巻きたちに囲まれ、わんこそば状態で杯を受けていた。普段、気の弱い力丸がある時突然豹変した。律子から刀を奪うと、誰彼構わず殴り始めた。一番人相の悪い男が力丸に平手を食らわした。力丸は急に酔いが回ったように、ふらつきながら大の字になってひっくり返った。
「拓海さん!」
「まあ、暫くそっとしとけ。それよりあんたも飲めばいいじゃねえか」
その人相の悪い男が香に酒を注いだグラスを持ってきた。人相は悪いが、日下部という人の上司で井川というのだとその人は言った。
「私、日本酒は…」
「大丈夫だから一口飲んでみな」
「甘い!美味しい!これ日本酒?」
「なんとかって言うカクテルだってさ。あいつが作ったんだ」
井川に言われた方を見ると、さっき二人をここに連れてきた日下部良介と名乗ったその男が居た。
「ふーん…」
よく見るとなかなかいい男じゃない!まあ、拓海さんほどではないけれど。
そこへ今度は名取と町会長がカラオケセットを持ってきた。町会会館から運んで来たという。
「いよー!待ってました!」
トップバッターは名取が務めた。ゴールデンバーボンというバンドのヒット曲で“女々しい男”という曲を唄った。途中で律子がマイクを奪って熱唱した。香もヤケクソで歌いまくった。
日はとっくに暮れていた。祭囃子もいつの間にか止んでいた。ふと我に返った香が時計を見ると、既に深夜の1時を回っていた。
「よし!メシ食いに行くぞ!」
そう号令を発したのは井川だった。
「おう!」
意気揚々と社務所を出て行く井川に律子が続いた。頭をふらつかせながら藤崎がそれに続く。
「君たちはどうする?もう、遅いから帰った方がいいんじゃない?」
良介は香と力丸に尋ねた。
「でも…」
香はなんだか恥ずかしそうにしている。
「どうせ、今日は坊ちゃんのところに泊まるんでしょう?」
「蒲団だけはまだ片付けてないから」
力丸がそう言って香の肩を抱いた。
「はい!」
「じゃあ、早く。裏参道の方で名取がタクシーを停めて待っているはずだから。あの二人というより律子さんには見つからない方がいいんだよね」
「ありがとうございます」
二人は良介に礼を言うと、裏参道の方へ下りて行った。
ラーメン屋に着くと律子は疲れ果てて眠ってしまった。
「やれやれ…。どうしたもんだか」
藤崎は律子をどうするべきか悩んでいた。既に、終電は無くなっている。タクシーで帰るほどの持ち合わせもない。律子ならそれくらいは持っているのかもしれないけれど、律子に払わせるわけにもいかない。
「兄ちゃん、どうした?ああ、彼女が寝ちまったのか…。まあ、暫くそっとしといてやんな。帰る時には俺らが担いで帰ってやるから」
「担いで?えっ?それってどこまで?」
「なにふざけたこと言ってんだ?メシ食ったら社務所に戻って酒盛りの続きをやるんじゃねえか!」
茫然とする藤崎に名取が声を掛けた。
「まあ、朝になったら頃合を見計らって帰った方がいいよ。ボクなんか金曜日の夜から逃げられないんだから。なにしろ、井川さんと日下部さんはボクの会社の上司だし…」
「うわっ!それは厳しいですね。でも、色々とありがとうございます。なんだかんだ言って、けっこう楽しかったですよ」
みんながラーメンを食べ終わるまでに、律子は三度、無意識のうちに立上って「みね打ちじゃあー」と叫んだのだった。
めでたし、めでたし…。
というわけで、律子さん、よろしくお願いします。