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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

誰かが見ている

作者: ぼぶお

ホラー2013に参加してみようかなー・・・と思ったりしたのですが、予告に間に合わなかった上に、どうやらホラーは向いてないようです。


※ 『カクヨム』にも別ペンネームで投稿しております。


ザッ・・・ ザクッ・・・ ズガッズガッ・・・


鬱蒼と生い茂る暗い樹木と樹木の狭間で、男は口に銜えた小さなペンライトの灯り一つを頼りに、一心不乱に穴を掘る。

背後で、車の脇に無造作に放り出してあるゴミ袋の中身はナマモノ(・・・・)だ。腐るものを埋めるのなら、とにかく深く、深く土を掘らなければならない。

野犬なんかに掘り返されないように。

山菜摘みに来た年寄りに見つかってしまわないように。


ガッ・・ ガッ・・ ザリッ・・


このために持参して来たシャベルでひたすらに土を掻く。全身から噴出す汗がぽたぽたと地面に落ちては土に染み込んでゆく。

掌が軍手越しに柄に擦れ、さっきまでは確かに水ぶくれだったものが、今は皮が捲れヒリヒリと痛みを訴え始めている。


「はぁッ!・・はぁッ!・・・・・・ッ・・はぁッ!」


軍手の手節の部分で額を拭い、Tシャツの襟元を引っ張り上げて目元と鼻の周囲の汗も拭いた。


息を切らせながら真っ暗な空を仰ぐ。星ひとつない曇った黒い空は枝葉の影と一体化してしまい、圧迫すら感じる。重たい闇が今こうしている間にも落ちてきて男を押し潰してしまうのではないかといった錯覚をさせた。

頭を振ってあごを引くと、左右交互に痛む掌を二度三度と握って感覚を確かめる。再びシャベルの柄を握り締め力いっぱいその先を足元に突き刺すと、小刻みに震えて限界を訴えている両腕を叱咤し、現時点で男の鳩尾ほどの深さになった穴から外へと土塊を放り投げた。


まったく・・面倒なことになったものだ。

頭の奥にジワリと熱いものが滲むの無視し、ただ我武者羅(がむしゃら)に穴を掘り続けた。


やがて納得できるだけの深さの穴を掘り終える事が出来た男は、()じ登って外に出ると大きく膨らんだゴミ袋へと近付く。まるで大切なもののようにそ・・っと横抱きで持ち上げ、しっかりとした足取りで穴へと向かった。


「お前が悪い・・・ お前が悪い・・・ お前が悪い・・・ お前が悪い・・・ お前が悪い・・・」


取り憑かれたように同じ言葉を繰り返す男は、足元で口を広げている黒い闇の淵に立つと、抱えあげる時にはあんなにも丁寧だったのに、今は見るのも嫌な汚物のようにその腕の中の物を放り投げた。


ドサッ・・


黒一色の穴の中に、微かにペンライトの光を反射するビニール袋。

男は冷ややかにそれを見ていたが、徐にシャベルを拾い上げるとさっき自分で築いた土の小山を崩しにかかった。


ザッ・・ ザクッ・・ ドサッ・・


掘る時と同じ音をたてて穴を埋め戻してゆく。

気持ちが悪いくらいに静まり返った周囲に、男の荒い息遣いが響いている。


「ニャ~・・」


夢中になって土を穴の中へ投じていたが、うしろから葉擦れの音に混じって聞こえてきたケモノの声に手を止めた。

恐る恐る首を巡らせると闇色の景色の中、車の前輪の陰に翠色の小さな二つの光が浮かんでいた。


「ニャ~・・」


「・・・さくら」


それはコトの一部始終を目撃していた、唯一の証人。

散々追い払ったにもかかわらずゴミ袋から離れようとしなかったため、仕方なくそのまま車に乗せてきた。

限りなく黒に近いグレーの皮毛はよく見れば縞模様で、翡翠の双眸を持つしなやかな生き物。その長い尻尾をユラユラと揺らし、いつも男を小バカにしたようにツンと顔を背け、決して擦り寄ってこなかった。・・・・・・そんな彼女(・・)が落ち着き払ったまなざしで、ここまで来る車中、ただ静かにゴミ袋の脇に座っていたのを思い出した。


「さくら。何が言いたい。あ? 言ってみろよっ。ほらっ!」


男は勝ち誇ったような薄ら笑いを浮かべ、シャベルで掻いた土をさくらめがけて投げつける。

軽やかな身のこなしでそれを避ける彼女は、男を非難するためか、はたまた主人との別れを惜しんでなのか、足音も立てずグルリと回り込むと、男とは反対側の穴の淵に立った。

まっすぐに見下ろす先はすでに土が被せられており、闇夜に目が利く猫であっても、もうそこに求める温もりを持つ者を見つけることは出来ないはずだ。


「ははっ・・あっはははははははははは・・ふふっ・・ははははっ!」


穴の中を見下ろすさくらの姿が、まるで肩を落とし消沈しているように見え、彼女が嫌いだった男はとても愉快な気分になった。


「悲しいかッ? 寂しいのかッ? はははっ! お前みたいなチクショウにも哀愁なんて感情があるのか? はっ! ザマアミロ!!」


全てを見通すような瞳が嫌いだった。

全てを悟ったような表情が嫌いだった。

初めて引き合わされた時から今現在のこの瞬間を予知していたかのように、男にただの一度も心を許さなかったその態度が気に食わなかった。


男は作業を再開させ、穴を埋めながらクツクツと笑う。

掌は痛むし流れる汗は気持ちが悪いが、さくらの物悲しそうな表情は不快なそれらを全て忘れるくらいには楽しいものだった。


「くくくっ・・そもそもお前のせいなんだ。はぁッ・・お前がオレの携帯のストラップなんかに、はぁッ・・ちょっかいを出さなければコイツ(・・・)、はぁッ・・ぐッ・・コイツが中を見ようなんて思わなかったのに。はぁ・・ッ」


ザクッ・・ ドサッ・・ ザクッ・・ ザザッ・・


そう。元をただせばさくらが悪い。そうだ思い出した。この猫が悪いんだ。

男は責任を転嫁する先を見つけたことで気が軽くなった。


全てはさくらが悪い。

これまで何の問題もなく、ひとかけらの疑いも掛けられないまま穏やかに平和な日々をすごしてきたと言うのに、さくらが携帯へ興味を向けるような行動をとったせいで全部が台無しになった。

ちゃんと指輪は隠していたのに。

ちゃんと携帯の着信音も変えていたのに。

常日頃から人当たりのよさをアピールしておき、秘密を持った人物には見えないように努めていた。なのに・・・


『・・・このカミカワって人、オンナでしょ?』


風呂から上がってきた男は、ソファーに腰掛けてさくらを撫でながら男の携帯を覗き込んでそう訊いてくる相手に無性に腹が立った。

そりゃあ当然オンナだ。妻だからな。1ミリの動揺も見せずにあっさり頷くと、それまでの落ち着きが一変した。


『誰なのッ?』

『いつからなのッ?』

『どういうつもりなのッ?』


三文芝居かと言いたくなるようなお決まりのセリフたちに反吐が出る。


しらけた気持ちで醜く歪んだ顔を見ていたが、このオンナに電話して文句を言ってやると言い出したのには我慢できなかった。

ソファーの後ろに回りこむと、近くにあった携帯の充電器のコードを素早く首に巻きつける。さくらは短く唸ると、さっさとひざの上から飛び降りた。

怒りのままに両端を引き続ける。自身の掌にも食い込んで痛くなるくらいに力を籠めると、さっきまで煩くてかなわなかった口が何も発しなくなった。

バタバタと暴れるし急に座り込むから少々腕は痛くなったが、そんなことはものの数分。駄々をこねる幼児のようにジタバタとカーペットを蹴り続けていた足が止まって、ずっと首元を掻き毟っていた腕がポトリと落ちた。


『!』


ツンとしたアンモニア臭とジワジワと腰の辺りから広がって、ソファーの座面にしみこんでゆく。水濡れのシミと臭気にウンザリと顔を顰めるが、しかし、初めて成した大それた行為にアドレナリンの分泌が止まらず、高揚とした気分は決して悪いものではなかった。


そのあとは定石を踏んだ手順で隠蔽を開始する。妻には出張だと言って出て来ているため作業には十分時間を掛けられる。

キッチンからゴム手袋を取ってくると、それを嵌めて黙々と自身の痕跡を消してゆく。同時にこの荷物(・・)をどこに捨ててくるか・・どうやって捨ててくるかを頭の中で模索していた。


そしてその結果、今現在ここにいる。

室内は完璧に近い程度には片付けられた。テレビの刑事ものドラマや推理小説を思い出しながら隅々まで指紋や毛髪をチェックし、携帯からシムカードを抜き取ると電子レンジで加熱した。パソコンは浴槽に沈め、配水管に漂白剤を流し込むほどの慎重さで自分の痕跡は全て消去した。

家賃や公共料金の類はもともと引き落としだと知っているし、仕事を辞めたばかりの女には欠勤だからと様子を見に来る同僚もいない。そのうえ両親をはじめとする近しい親類はあのマンションの近辺には住んでいないはずだから、女の姿が見えないと騒ぎ出すのはずっと先になるだろう。


男は埋め戻した穴を上から踏み固めながら、己の完璧さに惚れ惚れと笑みを浮かべていた。


「そろそろ潮時だと思っていたんだ。くくくっ・・悪いな。恨むならさくらを恨んでくれ」


足の下に眠る女にそう言い残すと、シャベルを手に提げ車に戻ろうと身を翻し・・・


「フ二ャァァァッ!」


突如毛を逆立てて襲い掛かってきたさくらに驚き、男は咄嗟に手にしていた得物(・・)でなぎ払った。

木製の柄に感じる強い振動と同時に「ギャ!」と短い泣き声が聞こえ、闇夜に紛れてしまう黒っぽい皮毛の主は地面に叩きつけられる。暗くて全く見えないが、どうやら鉄製の匙状部分で傷つけたらしく、こちらに向けられた翠の双眸の片方が次第に赤く染まってゆく。


「ニャー・・・」


ピクピクと痙攣するものの立ち上がる気配がないところから察するに、ケガは致命傷だったのだろう。おとなしくついて来たのは、隙を見て男に攻撃しようと思っていたのか。飼い主を害されたことに対して一矢報いてやろうとの、猫なりの忠誠心だったのかもしれない。


「さくら・・残念だったな。まあ、独りぼっちになるよりはここで主人と一緒のほうがいいだろう?」


男は今度こそ体を翻し、車へと戻り始める。


「ャー・・・」


再びさくらの小さな声が聞こえたが、男は振り向かない。


「-・・・」


猫が横たわった、男が埋め戻した土がモコモコと蠢いてボコボコ盛り上がってゆく。

白く細いものの先端が少しずつ姿を地上に現し、黒い空を掴むように伸びた白く細い腕は労わるように弛緩したさくらの体を撫でた。

その腕に続いて現れた人影はゆらりと立ち上がると、車のドアを開ける男の背中へ―――――――――













『―――――― え、次のニュースです。昨夜未明、S県XXX郡の山間を抜ける狭い国道で交通事故がありました。被害者の男性はS県在住の会社員・●●● ●●さん36歳。T県へ向かう途中の大型トラックにひかれ全身を強く打ち、頭や腕、肋骨を折る重傷を負い、2時間後、搬送先の病院で死亡いたしました。

トラックの運転手は、●●●さんは突然ガードレールを乗り越えて車道に飛び出して来たため、急いでブレーキを踏んだが間に合わなかったと証言しており、捜査員は●●●さんの足取りを追って近辺を捜索したところ、被害者のものと思われる車が発見されたとのことです。

S県警XXX署では、救急車に運ばれる際はまだ意識があった●●●さんが「猫が・・」と繰り返していた事も踏まえ、深夜に暗い山道で何をしていたかを詳しく調べるとともに、運転手にも過失がなかったかを調べる方針です。―――――――――――― 続きまして、おめでたいニュースです。アイドルでタレントの・・・・・・・・・・』













「ニャ~・・・」





お粗末さまでした。

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