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タロット企画SS

Antinomic†requieM

作者: 浅梛 実幻
掲載日:2013/06/02

「困ったなぁ……」


 少女――ティスはそう呟いて細い指を顎に当てた。


「確かにこっちの方へ走っていったんだけど……」


 ティスはその日、議会で忙しい第一王子のクロノスから飼い猫の世話を頼まれていた。が、餌をやろうとした時に一匹が逃げ出したのだ。

 すぐ追いかけたもののここは城。曲がっても、振り返っても、大理石の廊下と同じ顔をした扉が延々と続いていて猫の影は一向に見当たらない。


「困ったなぁ……」


 それ以外の言葉が見つからなかった。

 ティスがしょんぼり俯くと、真っ白な髪が肩を滑り繊細な甲冑にかかる。

 手当たり次第探すしかない――そう心に決めた時であった。


「ティス、どうした?」

「エスカデ!」


 そこにいたのは第二王子のエスカデ。二丁拳銃をくるくる回しながら、王子らしからぬ腑抜けた欠伸を吐き出していた。


「道に迷ったか?」

「も、もうお城では迷わないよ!」


 多分、と控えめに付け足すとエスカデはけたけたと笑う。彼が拳銃をホルダーに仕舞うと無造作に結われた赤髪が揺れ、隙間から尖った耳が覗いた。


「クロノスの猫がいなくなっちゃったの、こっちに来たはずなんだけど見失っちゃって」

「兄貴の猫ォ? 三毛か? トラか? それとも雑巾か?」

「ぞ、雑巾って失礼だよ! その、灰色っぽい猫だけど……」

「どう見てもあれは雑巾だろ。いいよ、俺も探してやるよ」


 良い暇潰しが出来たとばかりに張り切るエスカデを見て、ティスは内心不安になった。


「エスカデ、クロノスからお仕事任されてたよね?」

「あ? あぁ、兄貴の部屋に置いてきた」


 やっぱり――、とティスが思ったその時だった。腹を空かせた赤子のような泣き声、否――鳴き声が聞こえたのだ。


「雑巾じゃね?」


 よく見ると斜め前の扉が薄く開いている。

 ティスが一目散に駆け出すと、エスカデもそれに便乗して走り出した。

 扉を開けるとそこは宝物庫。

 ひび割れた石膏像や魔物の剥製、蝶々の標本や古い柱時計などが飾られている。二人が歩を進めると静寂の中で時を刻む規則正しい音だけがこだましていた。

 ティスが書物棚の裏にまわりこむと、現れたのは大きな玉座。その上には古びた布が無造作に丸められており、何やら膨らんでいる。

 もしかして……。

 ティスは布に手をかけ、一気に引っ張った。


「猫ちゃん!?」

「なんでお前ネコ鍋ならぬネコ王冠になってるんだよ」


 黒灰色の猫は逆さまになった王冠にすっぽりはまっていた。ティスが王冠を持ち、エスカデが引っ張ってみるが抜けない。


「抜けないね。クロノスもう帰ってくるかな……って、あれ?」

「どうした?」

「柱時計動いてないのにチクタクいっている」


 柱時計は二時過ぎを指したまま止まっていた。では時を刻む音は何から発されているのか。


「――オレ、新作の時限爆弾この部屋で試してたんだったった。……逃げるぞ!」


 言葉を発する間も与えず爆弾魔もといエスカデはティスを引っ張り、片方しかない翼を広げた。と同時に時を刻む音がぴたりと止む。

 次の瞬間、凄まじい爆発音が鳴り響き、様々な装飾品と共に二人も飛ばされた。廊下に転がり出た彼らは煤にむせながら座り込む。


「ティス大丈夫か!」


 不幸中の幸いで猫は王冠から抜け出したものの尻尾が僅かに黒く焦げていた。が、それよりも猫を庇ったティスの肩の火傷の方が酷く、赤く焼けただれている。


「私は大丈夫。それより尻尾、痛そう……。クロノスがいたらこんなことにならなかったのにね」


 何気なくティスが猫にそう言うと、二人の間に張り詰めた空気が一気に流れた。


「なんで兄貴(あいつ)と比べんだよ……」


 焼けて一層黒ずんだエスカデの翼から羽が一枚、二枚はらりと落ちた。


「俺が、なんだって?」

「クロノス!」


 青年のマントが曲線を描いてはためく。標本の蝶と同じ青い色をした髪はまた彼の持つ奇跡の剣・シックザールとも同じ美しい青色であった。


「エスカデ、どういうことか説明しろ。なぜティスや猫が怪我をしている」


 燃えるように赤い瞳は静かに怒りの炎を灯す。クロノスはエスカデの前に立ちはだかるときつく睨んだが、エスカデも同様に睨み返した。


「うっせぇな。オレが悪いんだろ? でも人のもん全部奪った兄貴が偉そうに言えることなのかよ」


 クロノスは肯定も否定もせず黙りこむ。伏せた瞳には彼とそっくりの少年が写し出されたが、やがて違う世界を写し出すと転がる王冠を拾った。時がゆたりと漂う僅かな空白。クロノスはふるふると震えるエスカデに王冠を被せるとようやく口を開いた。


「分かってる。――すまない」


 張り詰めた空気に硝子がひび割れたような音が混じった。

 エスカデは立ち上がると乗せられた王冠を投げ捨て、ホルダーに手をかける。


「何がすまないだよ……。父親に媚びて、人から王位奪い取ったくせにいつまでたっても即位しやがらねぇ。すまねぇで、……すまねぇで済むと思うんじゃねぇ!!」


 「やめて!」というティスの懇願を掻き消すようにエスカデの二丁拳銃は火を吹き、叫び声をあげた。鞘からシックザールを抜いたクロノスは青い雷を放つと同時にティスを抱き抱える。

 弾ける銃弾はクロノスの頬や腕を掠め、鮮血で染めあげる。不安げな表情のティスを瓦礫の陰に隠し、待っていろと視線で訴えかけた。

 上空には拳銃を構えるエスカデ。銃口から煙と炎が止むことはない。

 次は当たらないとばかりにクロノスがシックザールを大きく振りかぶると銃弾は勢いよく弾け飛び、エスカデは返り弾を食らう。


「王位を返せよ! エルナに謝れ!」


 クロノスはシックザールを握る手に力を込めると、不自由な片翼を気にも止めず飛び立ち、一気に詰め寄った。風を切る音、鼻につく焦げた匂い。銃弾を寸でのところで避けながらシックザールを再び構え直す。

 ――違うんだ。

 口にする勇気もなく飲み込んだ言葉を糧にクロノスは青い雷をエスカデに飛ばす。

 エスカデはそれをひらりとかわすと再び兄に向けて発砲し、積年の思いを叫ぶ。それはまるで孤独な獣の咆哮のようで。


「どうしてあんな顔でオレに王冠を被せた!? オレに同情してんのか!」


 二人の距離は近付く。弾が掠めて赤く染まる頬。雷の仕業で焼ける腕。二人の距離は近くて遠かった。

 弾がクロノスのマントに穴を開けたと同時にシックザールから青い雷が発され、視界が灰白色に染まりきった。


「クロノス! エスカデ!」


 耐えきれず飛び出したティスは二人が転がり込んだ宝庫に飛び込む。

 そこにいたのは肩で息をしながら倒れているエスカデと乗り掛かるように座っているクロノス。お互い見つめあったまま動かない。しかし勝負の行方はシックザールに砕かれたエスカデのペンダントが物語っていた。

 震えが止まらないクロノスの腕。

 己が出来ないと言っていた。憎まれても、恨まれても、切っ先を向けるなど出来なかった。


「興醒めだよ」


 死んでもかえっては来ないんだ――、どっちも。

 エスカデはおもむろに砕けたペンダントを拾い上げる。兄弟で色違いのペンダント、それを強く握り、ゆらりと飛び立っていった。

 エスカデを見送ったティスが憔悴しているクロノスを玉座に座らせると、クロノスは大きく息を吐き、シックザールを落とす。

 いつもと違う――。

 ティスはそう感じたが、欠陥のある宝石人形の彼女には彼の心がよく分からなかった。


「クロノス」


 ティスはそっと歩み寄るとクロノスにシックザールを手渡し、床に転がる王冠を被せた。


「クロノスの方が王冠、似合うね」


 少し驚いたように目を見開くクロノス。ティスは百合のような笑みを浮かべていた。いつかの誰かにも似た笑みだった。


「……そうか」


 クロノスはティスにつられて一瞬だけ微笑む。それからシックザールを真剣な表情で見やったが青く透明な剣には汚れ一つ見当たらなかった。

 魔界をこんなことが繰り返される世界にしないで――。

 忘れられない約束。その約束を胸に未来の王は剣をゆっくりと鞘に収めたのだった――。


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