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短編小説集

チョコレートの魔法

作者: 七瀬 夏葵

バレンタインということで、読者様へのプレゼントのつもりで書きました。

楽しんで頂ければ幸いです。


********

チョコレートには魔法がある。

そう教えてくれたのは、10歳上の姉だった。


「わぁあああん!」


転んですりむいた膝が痛くて、わんわん泣き続ける私に、姉はポケットから出した小さなチョコレートを手に言った。


「ほらほら、もう泣かないの。魔法をかけてあげるから」


「まほう?」


思わず泣きやんで尋ねた私に、姉はとびっきり素敵な笑顔を浮かべて言った。


「そうよ。チョコにはね、食べた人が元気になる魔法があるの」


当時まだ5歳だった私には、姉の言う事は何でも本当に思えた。

10歳上の、キレイで、優しくて、何でも出来る大人の姉は、幼い私の自慢だった。


おねえちゃんはうそなんかつかない。


小さな私は、本気でチョコの魔法を信じていた。

それから先、姉がキレイな花嫁さんになって家からいなくなってしまっても、それは私の中で真実として刻まれ、そのままゆっくりと時が過ぎていった。

いつか私も、誰かにこの魔法をかけてあげたい。

そんなふうに思いながら……。



************



バレンタイン特別読み切り

【チョコレートの魔法】



************



―――――7年後。

幼かった私も、今ではもう高校生。すっかり大人の仲間入りだ。

魔法を信じる年ではなくなったけど、それでもチョコを食べると笑顔になる。

どんな沈んだ気分の時も、あの時のあの姉の笑顔と言葉を思い出すと、なんだか心がぽかぽかになる。

あの日姉がかけてくれた魔法は、今でもちゃんと解けずにいて、私に笑顔をくれるのだ。

そんな姉の魔法を、今年は私がかけてあげたい。

大好きな、あの人に……。



泉谷(いずみや)君!あの、これ!」


差し出したリボンのかかった小さな箱を眺め、彼は顔をしかめて口を開いた。


「マネージャー、悪いけど俺、そいういうのは……」


面倒そうに言われ、私は堪らず声をあげた。


「違うの!泉谷君の彼女にしてほしいとか、そういうのじゃなくて、ただ、魔法をかけてあげたくて!」


「は!?魔法!?何言ってんの!?」


ますます顔をしかめた彼に、私は必死になって言葉を続けた。


「あのね!チョコには魔法があるの!食べる人を元気にする魔法!だからね、きっとこれを食べれば、泉谷君も元気になるよ!」


ぐいっとその小さな箱の包みを押しつけて、私はじっと彼を見つめた。


「泉谷君がどれだけ頑張ってたか、あたし、知ってる。皆だってそう!最後の試合、ボールがとれなくて、落ち込んでるのは分かるよ!でも、もう十分だよ!もう、悩まなくていい!」


彼の口が、何か言いたそうに開きかけ、閉じた。


「頑張ったんだもん!あんなに、頑張ったんだもん!悔やむ事ない!もう自分を責めないで!お願いだから、笑って!そうじゃなきゃ、皆だって笑えないよ!」


その時、ふいに後ろから声がした。


「マネージャーの言うとおりだぜ!」


振り向くと、ぞろぞろとユニフォーム姿の皆が姿を現した。


「み、みんな!ど、どうして……!?」


驚く私に、キャプテンが笑って言った。


「マネージャーが泉谷とこっち行くの見えたから。てっきり告白すんのかと思って影からこっそり見てたんだけど……。そういうことかー。まぁ、マネージャーらしいよな」


ニコニコ笑うキャプテンに、皆がうんうんと頷いてるのを見て、私はカーッと顔が熱くなった。

まさか見られてるとは思わなかった!


「あの、その……」


この年で魔法とか言ってるのを皆に聞かれるなんて!

恥ずかしさでまともに顔をあげられないでいると、キャプテンの声が響いた。


「なあ泉谷、受け取ってやれ。せっかくマネージャーが魔法のチョコくれたんだ。騙されたと思って食ってやればいいじゃないか」


その時だった。

押し付けていた箱が、ひょいと持ち上げられた。


「え?」


顔をあげると、泉谷君が箱の包みを開けて、中からトリュフチョコを取り出しているところだった。


「食えば、魔法にかかるのか?」


顔を赤くして言った泉谷君に、私はブンブンと首を縦に振った。


「うん!うん!食べて!!」


私が言うと、泉谷君はえいやっという感じにポイッと自分の口の中へチョコを放り込んだ。


「……どう、かな?」


ドキドキする胸を押さえて尋ねると、泉谷君は黙ったまま口の端を持ち上げた。


「……うん。うまい」


わぁっと皆の歓声があがった。

チョコを口にした泉谷君は、微かだけど、たしかに、笑っていた。


「ありがとう、マネージャー」


今度はしっかりと、口を開けて、笑った。

ああ、私の大好きな、優しい、彼の笑顔だ。

久しぶりに見た彼の笑顔に、私は何だか目の奥が熱くなって、黙って頷くのが精いっぱいだった。


「よし皆!もうひと練習すっか!!泉谷!お前も来い!マネージャーも一緒にな!」


「はい!!マネージャー、行こう!!」


泉谷君に手を引かれ、私はグラウンドへ向かった。

マウンドにあがったユニフォーム姿の彼を見たのは、それから数分後の事だった。

胸が熱くて、私は今日の為に持って来た大きな箱を手に、大声で叫んだ。


「皆~!頑張って~~!終わったらこのチョコ、皆で一緒に食べようね~~!!」


グラウンドにいる皆が、「やっほー!」と歓声をあげた。


2月14日。

もしも元気がないのなら、あなたも試してみて欲しい。

素敵な素敵な、チョコレートの、魔法……。



********


バレンタイン特別読み切り

【チョコレートの魔法】

(完)


********

********


いかがでしたか?

笑顔の魔法を皆様にも☆

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