第一話「新入部員」
桜の花が散り始めた四月始めの木曜日の朝、俺は校門を抜ける。鶯の囀りが飛び交う中、新学期を迎えた生徒たちはぞろぞろと昇降口へと向かっている。教室に入ると新たなクラスの名簿が貼り出されていた。俺は自分のクラスを確認するとそそくさと自分の席に戻り腰を下ろした。高校では友達と言える友達はいない。そもそも人と話すのが得意な性格ではなかったこともあり、一年生の頃も必要最低限のコミュニケーションしか取らず、部活動にも所属していなかった。だからどのクラスだから嬉しいとか誰かと一緒が良かったとかは全くなかった。元担任がクラスに入ってきて、新年度の挨拶を終え、始業式も終わり、新たなクラスへの移動が始まった。俺のクラスは二年三組だ。
教室へ入ると既にグループがいくつかあり、その早さには驚かされる。席に着いて数分が経つと教室の扉が開く音が響いた。
「はーい。みんな静かにー!」
始業式で発表された若い女性教師だ。異動で今年度から春風高校で勤務することになったという。HRの時間ということで自己紹介が始まった。
「じゃあまず先生からね。名前は原田椿です。慣れないことも多いけれどよろしくね!じゃあ出席番号一番から...」
陽気な声でハキハキと喋るその姿は俺の母にそっくりだ。俺はそんな母と正反対の性格で、会話するときは最低限の事だけを伝えて終わりだ。家では家族との会話も食事の時以外はほとんどない。誰彼構わず話すことができる母をすごいとは思うけれど羨ましいとは思わない。今の自分に特に不満はない。その日は誰とも喋ることもなく家に帰った。明日は入学式の都合で休みだから、次に学校に行くのは月曜日だ。
そこから俺は特に何も起こることのない平凡な学校生活を送っていた。少し気にかかることと言えば同じクラスで整備委員会の柳沢君が毎回仕事に来ないことだ。柳沢君はクラスで目立つ存在で友達も多くいるため余り話しかけたくないタイプだったこともあり、いちいち注意する必要もないかと思って何も言っていなかった。
しかし、五月の中旬の水曜の放課後、柳沢君は俺に話しかけてきた。
「悪い悪い、委員会とかすっかり忘れてたわ。昨日先生に言われて気づいた」
「全然大丈夫だよ、なんなら一人でやっておこうか」
「いやいや、流石にやるわ。怒られたくねーし」
「そっか、じゃあそこのジョウロで水やりお願い」
「はいよー」
正直一人の方が楽だからサボってもらって構わないのだが、本当に忘れていただけで実は真面目な人なのかもしれない。
「なあ天川、一個聞きたいことあんだけどさ」
「うん」
「超イケメンな蛍が愛していたのは妻は誰?」
「なぞなぞ?」
「んー、まあそんなとこかな」
「紫の上かな」
「...それ人なん?まあ紫の上な、サンキュー!」
そう言って柳沢君は仕事を放り出してどこかへ走り去ってしまった。
次の日の朝、教室に入ると柳沢君が駆け寄ってきて小さな声で囁いた。
「ちょっといいか」
そのまま柳沢君に連れられて誰も使わない階段の踊り場に着いた。
「率直に言う。桜探偵事務所に入ってくれ!」
「は?」
「まあそうなるよな。一から説明すると、桜探偵事務所っていうのは学校から認められてないけど勝手に活動してる部活でさ。三年生は今週いっぱいで引退するんだけど、そしたら部員俺一人になるんだよ。廃部の危機ってわけ。昨日の問題三年からの謎解きラリーだったんだけど、ちゃんと紫のファイルの上に次の問題置いてあったわ!あれ解ける天川なら絶対活躍できるから、頼む!」
「うーん、部活はちょっとな」
「なんか家庭の事情とか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど、人と話さない方が楽?っていうか」
「なんだ、そんなん気にすんなよ。俺最低限のことしか喋らないし、好きな時に話しかけてくれたら良いから」
こんな俺をここまで誘ってくれる柳沢君は聖人なのだろうか。それに柳沢君は他の人と違って何か話しやすさみたいなものを感じる気がする。まあ気に入らなかったらやめればいいのだから、行ってみようかなという思いもあった。
「わかった、行ってみるよ」
「まじか!ありがとう!じゃあ次の火曜日の放課後に地学室な!」
活動日は特に決まっておらず、だいたいは火曜日の放課後に集まることになっているらしい。次の火曜日は来週だから、その時にはもう三年生はいないだろう。
火曜日の放課後。言われた通りに地学室へ向かう。校舎の一階の一番奥に位置していて薄暗い雰囲気を感じる。扉を開くと椅子に座る柳沢君が見えた。
「おっ、来てくれたか。ようこそ桜探偵事務所へ」
「よろしく」
「じゃあ活動について軽く説明しちゃうな。まず勧誘する時は人をしっかり見極めること。言いふらすような奴には絶対に存在をバラしちゃダメだ。で、依頼はこのメールアドレスに送られてくる」
そう言って柳沢君はスマホの画面を俺に向ける。
「実は掲示板とかにちっちゃい紙でこのメアド貼ってるんだよな。気づいてた?」
「いや全然」
「ですよねー。ってことで天川もこのメアド持っといて。パスワード教えるから。あ、あとグループラインも作って良い?新体制ってことで」
「ふたりなら個人チャットでいいんじゃ」
「あとから入るかも知んねーだろー」
「確かに」
そうして俺の普通の高校生活は終わり、奇妙な探偵生活が始まったのであった。




