↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
若葉宮花伝  作者: linoa
第一章 ふたつの道、ひとつの縁

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/2

第二節 山中の出会い

 ―若葉―


 半日ほど歩き、春山国(しゅんざんこく)との国境に近い山の頂にたどり着くころには、日が沈みかけていた。

 茜色の夕日が、若葉の日に焼けた髪を赤く染めた。


「今日はここまで。初日から無理して身体を壊したら大変だしね」

 自身に言い聞かせるように声に出せば、「そうだぞ。無理は禁物だ」と祖父の声がどこかから聞こえてくるようだ。


「じいちゃん、あそこの洞穴(ほらあな)はどうかな?」

 祖父はもういないのに、話しかけるだけで、力が湧いてくる。

 昼から歩き通しで、足は重い。大きな岩肌がえぐれたような洞穴を見つけ、地面を注意深く観察する。


「うん。獣の足跡もなし、臭いもなし。ここにしよう!」

 今夜の寝床が決まれば、あとは落ち葉と木の枝集めだ。

 背負い袋を下ろし、斜めがけのかばんだけを肩から下げて、火のつきやすそうな、乾いた細枝を選んで拾っていく。


 両手いっぱいに枝を抱え、いちど洞穴の入り口へ戻り、背負い袋から襤褸(ぼろ)を継ぎ接ぎして作った薄手の毛布を取り出し、今度は広げたその上に落ち葉を集めていく。


「……ピィ……ピィ……」

 風の音に紛れて、か弱い鳴き声が聞こえてきた。


「小鳥っぽいけど、なんかへん?」

 日が沈みきるまえに、落ち葉を洞穴に持ち帰り火を起こしたいが、元気な小鳥の囀(さえず)りとは違う弱々しさに、若葉は放っておけず辺りを散策した。


「このへんから聞こえるんだけど……」

 鳴き声を頼りに歩くうちに、辺りは薄暗くなり、自分の足元さえ見えづらくなってきた。

 頼りない鳴き声が、さらに弱まったそのとき、

「……鳴いてたのは、おまえか?」

 小鳥のような姿を想像していた若葉は、落ち葉の上に身を伏せた鷲を見つけた。翼を畳んでいても、生まれたばかりの赤子ほどの大きさがある。


「キィッ! キィッ!」

 若葉が近づくと、鷲は残る力を振り絞るように威嚇してきた。


「ケガしてるのか?」

 さっきまで弱々しく鳴いていたのが嘘のように、手を伸ばせば翼を広げ、嘴(くちばし)で若葉の手や腕を挟んでくる。


「イててっ、こら、暴れるなって、おまえを焼いて食ったりしないから」

 鉤爪(かぎづめ)に気をつけながら鷲の胴体を抱え込み、毛布に集めた落ち葉の上にそっと下ろした。翼で顔をバシバシはたかれても、気にしない。


「これでよし」

「キィッ! キィッ!」

「はいはい、わかったって。警戒してるんだろ? 気が済むまで鳴けばいいさ。ここには若葉しかいないし、いまは静かよりも騒がしいくらいがちょうどいいよ」

 静まり返った山の中で、命あるものの気配があたたかい。


 襤褸の毛布の端と端を重ねて持ち上げ、落ち葉ごと鷲を洞穴の入り口まで運んだ。

 鷲が翼をばさばさ広げるものだから、せっかく集めた落ち葉がこぼれ落ち、若葉はまた拾い集めに行く羽目になった。


「火起こしは得意なんだ。すぐ暖かくしてやるから」

 洞穴の入り口から少し離れた、風を遮る岩陰で、若葉は火打ち道具を取り出し、慣れた手つきで火を起こす。


「うん、あったかいな」

 未だ警戒を解かない鷲を刺激しないよう、若葉はあえて関心を向けず、乾餅を焚き火で軽く炙った。表面に焼き色がつくと、香ばしい匂いが漂ってくる。


「ピィ……ピィ……」

「お、ようやく気が済んだのか。ちょっと待ってろ、そのまま寝ててもいいぞ」

 鷲が若葉に気を許した気配はないが、威嚇する力さえ残っていないのだろう。その鳴き声はすっかり弱々しくなっていた。


 洞穴に戻ると、背負い袋のなかから祖父の薬を手に取った。

「待てよ……人間に使う傷薬って、鳥にも使えるのかな?」

 そもそも、効き目が同じなのかもわからない。祖父から教わった薬草の知識はあっても、鳥の傷を手当てしたことはなかった。


「……まずは傷を見てみるか。運んでるときに見た限りでは、左の翼があまり広がってなかったんだよな……」

 放っておくのは自然の摂理だが、祖父ならば、傷ついた鷲をきっと手当てする。


 若葉は薬を手に鷲のもとへ戻った。

「ちょっと見せてくれ」

 鷲のまえに跪(ひざまず)いた若葉は、なるべく負担がかからないように、優しくゆっくりと左の翼を広げた。


「ピギィッ、ピギィッ、ピギィッ」

「ああ、ここだな。骨が折れてるのかな……」

 傷薬を持ってきたものの、骨折した箇所に塗ってもよいのかわからない。そもそも、人間用の傷薬が鳥にどんな影響を及ぼすのかも判断できなかった。


 ふたたび洞穴に戻った若葉は、着替えを一枚持ってきた。襤褸ではあるが、きちんと洗ってある。

 ちょうどいい細さの小枝も拾い、衣を細く裂いていく。人間ならば、患部を枝で固定するが、果たしておなじ対処方法でもいいのかわからない。


「ピギィッ、ピギィッ」

 翼をそっと広げ、枝を添えて裂いた衣を巻いて固定する。鷲はときおり苦しげに鳴いたが、もはや激しく暴れる力も残っていないようだった。


「これでよしっと」

 巻き終えた頃には額に汗が浮かび、嘴で突かれた腕には血が滲んでいた。


「じいちゃん……これで正解なのかな……」

「ピィ……ピィ……」

 弱々しい鷲の鳴き声に、自分の無力さを突きつけられる。手当てはしたけれど、それが正しいのかも、救えるのかさえわからない。

 それでも、ただ目の前の命を救いたいだけだ。


「明日はなにか捕ってきてやるから、今夜はそのまま寝てくれよ……」

 火のそばに置いておいた乾餅は、すっかり焦げてしまった。若葉は枝の爆ぜる音を聞きながら、橙色の炎を見つめる。


 腹が空いては力も出ない。

 焦げた部分を爪でこそげ落とした若葉は、思い切り乾餅にかぶりつき、苦々しい思いも一緒に飲み込んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。