第9話:ポークステーキ
一攫千金を夢見る荒くれ者たちが集う迷宮都市『ゴルドラン』。
この街の構造は少し特殊だ。なんと都市のど真ん中に、地下深くへと続く巨大な『迷宮の入り口』がポッカリと口を開けているのである。
はるか昔、未踏の迷宮から得られる未知の資源や莫大な富を求めて人々が集まり、その入り口をぐるりと囲むようにして街が発展していった。その結果、現在の巨大な石造りの都市が出来上がったらしい。
街の中心に魔物の巣窟があるなんて正気の沙汰ではないように思えるが、セキュリティは万全だ。万が一、迷宮から魔物が飛び出してきたとしても、入り口周辺には常に高ランク冒険者や騎士団が常駐し、幾重にも張り巡らされた防衛設備によって速やかに討伐される仕組みになっている。
だからこそ、血の気の多い冒険者たちも安心してこの街を拠点にできるというわけだ。
そんな重厚なゴルドランのぶ厚い城門を抜け、俺たちは都市の近郊に広がる鬱蒼とした森へと足を踏み入れていた。
「おいファル、本当にこの辺りにいるのか?」
――うんっ! あっちのほうから、すっごくおいしい匂いがするのー!
胸元の龍玉の中で、幼児化したファルが短い手足をバタバタさせて方角を指し示す。
俺が受注した
【Bランク討伐依頼:暴君猪】。
熟練の冒険者パーティーが何人も連携してようやく倒せるような、凶暴かつ巨大な魔物だ。もし失敗すれば、違約金で俺は一生ゴルドランの地下迷宮で強制労働させられることになる。
「……いたぞ。あれか」
森の開けた場所に、そいつはいた。
小山のように隆起した筋肉質な巨体。血走った双眸に、大木すらへし折るであろう鋭く巨大な二本の牙。まさに『暴君』の名にふさわしい、圧倒的な暴力の塊だった。
『ブギィィィィィィッ!!』
俺たちの匂いに気づいたタイラント・ボアが、地鳴りのような咆哮を上げた。
空気がビリビリと震え、並の人間ならそれだけで腰を抜かしてしまうほどの威圧感だ。
「で、でけえ……!」
俺が思わず息を呑んで身構えた、その時。
横に立っていたシリウスが、スッと俺の前に進み出た。
『エルヴァンは下がっていて。あんな薄汚い豚、僕が三分……いや、一瞬で肉の塊ににしてあげるよ!』
表現に少しドン引きはしたが、頼もしい相棒だ。
シリウスの透き通るような青い瞳が、スッと細められた。
次の瞬間、ドンッ!と地面が爆ぜる音がしたかと思うと、シリウスの姿が掻き消えた。
『ブェッ!?』
黒い疾風。
タイラント・ボアが反応する暇すら与えず、その懐へと潜り込んだシリウスは、後ろ足で強烈な蹴りを顎の急所へと叩き込んだのだ。
バキィッ!という鈍い音と共に、数トンはあるはずの巨体が宙に浮き、そのまま白目を剥いてズドーンと地響きを立てて倒れ伏した。
……一撃、だった。
「す、すげえ……」
『えっへん! お肉が焦げないように、青い炎は使わずに力加減してあげたんだ! エルヴァン、僕かっこよかった!?』
ドヤ顔で振り返り、フンスフンスと鼻息を荒くして褒めてアピールをしてくる。
Bランクの凶悪な魔物を一撃で仕留めておいて、気にしたのは「肉の焼け具合」だったらしい。俺は苦笑しながら、シリウスの首筋を思い切り撫でてやった。
「ああ、最高にかっこよかったぞ、シリウス! 肉も傷んでない。完璧だ!」
『えへへ……もっと撫でて!』
――わーいっ! おにく! おにくー!
シリウスが嬉しそうに目を細める足元で、龍玉がカラカラと飛び跳ねている。
討伐部位である巨大な牙を切り取った後、俺は早速、解体用ナイフで最も美味しそうなロース肉のブロックを切り出した。
「よし、ファルのリクエスト通り、今日は奮発して極厚のステーキにするぞ!」
森で集めた香草で肉の臭みを消し、持参した鉄板の上へ。
ジュワァァァァッ!!
鉄板に乗せた瞬間、食欲を暴力的に刺激する凄まじい音が森に響き渡った。タイラント・ボアの分厚い脂が溶け出し、表面がカリッと香ばしく焼き上がっていく。
裏返すと、見事な焼き色。ナイフを入れると、中から淡いピンク色の肉汁がとめどなく溢れ出してきた。
仕上げに、岩塩とスパイスをパラリと振りかければ完成だ。
「できたぞ! タイラント・ボアの極厚ステーキだ!」
俺は切り分けた巨大な肉の塊を木の皿に乗せ、シリウスとファルの前へ差し出した。
ファルは龍玉の上部をパカッとハッチのように開き(そんな機能があったのか!!)、小さな顔を出して身を乗り出してきた。
――あむっ! ……んん〜〜っ!!
自分より大きな肉片に齧り付いた幼児化ファルは、幸せそうに頬を抑えてプルプルと震えた。
――あまーい! お肉のあぶらが、おくちの中でジュワ〜ってとけるの! エルヴァンのおりょうり、せかいいちーっ!
『ハグッ、ムシャムシャ……うん! 外側はカリカリなのに、中はすっごく柔らかい! 僕が仕留めた獲物をエルヴァンが料理する……これって、完全に夫婦の共同作業ってやつ!?』
「それは違うぞ?!
変なこと言ってないで早く食え。冷めるぞ」
美味い美味いと無邪気に肉を頬張る神獣たち。
かつてテイマーギルドにいた頃は、魔物に対して「どうやって痛みで言うことを聞かせるか」しか教えてもらえなかった。
でも、こうして美味しいご飯を囲めば、人間も魔物も関係ない。ただの、食卓を共にする「家族」になれるのだ。
「俺もいただくか。……うん、美味い! 噛むほどに旨味が溢れてくる!」
――おかわり! エルヴァン、ぼくおかわりー!
『ずるいファルお爺ちゃん! 僕もおかわり!』
結局、小山のようなタイラント・ボアの肉は、俺たち三人であっという間に平らげてしまった。
「ふう、食った食った。それじゃあ、この討伐証明の『牙』を持って、ゴルドランのギルドへ帰るか」
俺は、ずっしりと重い巨大な牙を麻袋に詰め込んだ。
ギルドの受付嬢や、俺を馬鹿にして笑っていた冒険者たちが、駆け出しのFランクがこれを持ち帰ったのを見てどんな顔をするのか。
ほんの少しだけ意地悪な期待を胸に秘めながら、俺たちは満腹のお腹を抱えて迷宮都市ゴルドランへの帰路についた。
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読んでいただきありがとうございます。
面白いと思って書いてはいるのですが、反応がないと不安になったりします。メンタル劇弱なので…
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