第8話:迷宮都市ゴルドラン
迷宮都市の巨大な城門前には、都市へ入ろうとする商人や冒険者たちの長い行列ができていた。
俺は城壁が見えたあたりでシリウスの背から降り、列に並んだ。胸元には、相変わらずハムスターボール状態の龍玉を抱えている。
「色んな奴がいるな……」
列をなす多種多様な冒険者たちを眺めていると、どうしても同じ「テイマー」の姿に目がいってしまう。
少し前の列にいるテイマーの男は、連れている大虎の魔物が少し列をはみ出しただけで、持っていた短い鞭で容赦なくその顔を打ち据えていた。キャンと悲痛な声が上がり、魔物は怯えたように耳を伏せ、尾を縮こませる。
俺は、思わず目を背けた。
シリウスもあの光景が気に入らないのか、フンス、フンスと鼻息を荒くして前足を掻き鳴らしている。
――え、エルヴァン、あんなわるいやつら、みちゃだめなの! かかわっちゃだめ!
胸元の龍玉の中から、幼児化したファルの一生懸命な念話が響いた。そうだな、俺があいつらに突っかかったところで、今の常識が覆るわけじゃない。
「次はそこのテイマー、前へ出ろ」
やがて俺たちの番がやってきた。
門番の衛兵は、俺の身なりと後ろのシリウスをジロジロと見た後、眉をひそめた。
「都市内では、使役している魔物や動物には、暴走防止のための手綱か首輪の着用が義務付けられている。……お前、何も着けずにその馬を引いているのか?」
「あ、すみません。少し前にテイムしたばかりで、まだ手綱を持っていなくて。中に入ったらすぐに買います」
俺が素直に謝罪すると、周囲の冒険者たちが「嘘だろ?」とざわつき始めた。
「おい見ろよ、手綱も魔導具もなしで、あんなに大人しく馬が従ってるぞ」
「どんだけ気の弱い馬なんだよ……見た目は良いのにな」
シリウスの本当の姿を見たら、彼らはどう反応するのだろうか。
衛兵は呆れたようにため息をついた。
「怪我人が出たらお前の責任だからな。……よし、通行料は銀貨一枚だ」
俺は財布からなけなしの銀貨を支払い、都市の門をくぐった。
すぐ近くにあった武具屋の店先で、革の安い手綱を一つ購入する。
「ごめんな、シリウス。街の決まりだから、少しの間、手綱をつけさせてくれ」
窮屈な思いをさせてしまうと謝った俺に対し、シリウスはなぜか目を輝かせて、ブルルッと嬉しそうに首を振った。
『本当!? やったぁ! ねえエルヴァン、ついでに鞍も買ってよ! そうしたら、エルヴァンの乗り心地がもっとよくなるからさ!』
「えっ、手綱とか嫌じゃないのか……?」
『エルヴァンが僕の主だって、周りに見せつけられるから嬉しい!』
――ず、ずるい! シリウスばっかり! 僕の龍玉にも何か……シール貼って!!
大喜びのシリウスに、龍玉の中のファルがぷんすかと嫉妬して騒ぎ出す。
相変わらず賑やかな奴らだ。しかし、財布の中身を確認した俺は、シリウスにごめんと手を合わせた。
「すまんシリウス……入場料とこの手綱を買ったら、俺の全財産が銅貨数枚になっちまった。鞍は後回しにさせてくれ」
『ぶー……わかったよぉ……』
露骨に耳を垂らしてしょんぼりするシリウスをなだめつつ、俺たちは「冒険者ギルド」の大きな看板が掲げられた建物へと向かった。
とにかく、さっさと稼がなければ今夜の宿代も夕飯代もないのだ。
ギルドの中は、酒場と併設されているせいか昼間から怒号と笑い声が飛び交っていた。
俺はシリウスをギルド前の魔物用待機所に待たせ、受付のカウンターへ向かった。
「新規の冒険者登録ですね。登録料は銅貨三枚となります」
「あっ、登録にも金かかるの忘れてた……!」
俺は財布の底から最後の銅貨を三枚絞り出し、涙目で受付嬢に渡した。
「職業はなんですか? 魔法使い? それとも剣士?」
「……テイマーです」
「テイマー……」
受付嬢の視線が、値踏みするように俺の粗末な装備を舐め回した。
「失礼ですが、使役している魔物は?」
「ええと、外にいる黒い馬と、あと……これです。トカゲです」
俺は、ナイトメアと神獣のドラゴンという正体を隠すため、胸元から龍玉を取り出してカウンターに置いた。
透明な玉の中で、手のひらサイズの白竜が「トカゲじゃないのー!」と短い手足をバタバタさせている。
ぷっ。
受付嬢が、たまらず吹き出した。それにつられて、聞き耳を立てていた周囲の冒険者たちからも、ドッと失笑が漏れる。
「あっはっは! 馬と、玉に入ったトカゲだってよ!」
「おいおい兄ちゃん、そんなペット連れて迷宮に潜る気か? 悪いことは言わねえ、商人ギルドに行って荷物運びでもさせてもらいな!」
嘲笑の的になる俺。
以前の俺なら、ここで顔を真っ赤にして俯いていただろう。だが、今の俺の背後にはシリウスがいて、手元にはファルがいる。底辺と言われようが、何も気にならなかった。
「……登録、完了しました。冒険者ランクは一番下の『Fランク』からのスタートになります。依頼はあちらのクエストボードから選んでください」
笑いを堪えきれない様子の受付嬢からギルドカードを受け取り、俺はクエストボードへと向かった。
紙が所狭しと貼られたボードの前でも、他の冒険者たちからの煽りは続く。
「ほら、テイマーの兄ちゃん。薬草採取とか、迷い猫探しならこっちの下のほうにあるぜ〜?」
――むきーっ! あいつら、エルヴァンをばかにするなー! まるこげにしてやるのー!
玉の中で激怒するファルを「まあまあ」と撫でて落ち着かせながら、俺はクエストの仕組みを確認した。
冒険者ギルドでは、新人でも高ランクの依頼を受けることは自由だ。ただし、自分のランクより高い依頼を『失敗』した場合、ランク差に応じて莫大な違約金を支払わされるペナルティがある。無謀な挑戦で命を落とすのを防ぐための処置らしい。
大人しくFランクの簡単な依頼からコツコツやるか……。
そう思って一番下の紙に手を伸ばそうとした時だった。
――ああっ! エルヴァン、これ! このかみにするの!
龍玉の中のファルが、短い前足で上のほうに貼られた一枚の羊皮紙をバンバンと叩いた。
「え? これって……【Bランク討伐依頼:暴君猪】?」
――うんっ! こいつのお肉、すっごくジューシーであまいんだよ! ぼく、むかし食べて、ずっとまた食べたかったのー!
俺は目を丸くした。
Bランクといえば、熟練の冒険者パーティーが挑むような上位クエストだ。駆け出しのFランクが受ければ、失敗した時の違約金は一生奴隷として働かされるレベルの額になる。
「い、いやファル、いくらなんでも新人でBランクは……」
――だいじょうぶ! シリウスもいるし、エルヴァンならぜったいおいしくお料理できるの! ね? おねがいー!
幼児化した神獣に、玉の中からキラキラとしたうるむ瞳で見つめられる。
……どうして俺の相棒たちは、こうもお願いするのが上手いんだろうか。
「……はぁ、わかったよ。失敗したら違約金で首が飛ぶけどな……」
俺は呆れながら、【Bランク討伐依頼:暴君猪】の羊皮紙を剥がし取った。
それを見た周囲の冒険者たちが「あいつ、頭おかしくなったのか!?」と騒然とするのを背中で聞き流し、俺は再び受付のカウンターへと足を踏み出したのだった。
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