第6話:ドラゴンの龍玉
翌朝。
昨夜の荒れ狂う嵐が嘘のように、空は抜けるような青空に覆われていた。
洞窟の入り口から差し込む朝日に照らされ、巨大な白竜――ファルは、気持ちよさそうに目を細めて長いあくびをした。
「よく眠れたか、ファル」
――うむ。数百年ぶりに、温かい飯とよく眠れる夜を過ごしたわい。エルヴァン、それに黒馬の小僧よ、世話になったな。
『黒馬の小僧って……僕はシリウスだよ!』
不満げに鼻を鳴らすシリウスに、ファルは「フォッフォッ」と喉の奥で人の良さそうな笑い声を上げた。すっかり毒気は抜け、そこにあるのはただの穏やかなもふもふのお爺ちゃん竜だ。
「雨も上がったし、俺たちはそろそろ出発するよ」
俺がリュックを背負い直してそう告げると、ファルの黄金色の瞳が、少しだけ寂しそうに伏せられた。
――そうか。お主たちは、北の農村へ向かうのであったな。
「ああ。ギルドをクビになっちまったから、田舎で細々と動物の世話でもして生きていこうかと思ってさ」
――……エルヴァンよ。
不意に、ファルの声色から老犬のような愛嬌が消え、神獣としての威厳ある響きが混じった。
――ワシは長き時を生き、人間に絶望した。だが、お主の中にかつての友の魂を見た。お主の放つ『言葉』には、魔物の魂に直接触れ、縛るのではなく寄り添う力がある。
「俺の、言葉……」
――その稀有な力を、田舎に埋もれさせるのは惜しい。もしお主が許すなら……ワシも、お主たちの旅に同行させてもらえぬか?
突然の申し出に、俺は目を丸くした。
隣ではシリウスが「ええっ!?」と大げさに飛び上がっている。
「ど、同行してくれるのは心強いけど……ファル、あんたそのデカさだぞ? 一緒に街道を歩いたら大騒ぎになるし、ましてや村なんて一歩で踏み潰しちまう」
俺が現実的な問題を指摘すると、ファルは「案ずるな」とばかりにフンスと鼻息を鳴らした。
――ワシとて、神獣の端くれじゃ。目立たぬように己の姿を隠す術くらい持っておるわ。よく見ておれ。
ファルが目を閉じ、深く息を吸い込むと、その純白の巨体が淡い光に包まれた。
光はみるみるうちに収縮していき、やがて宙に浮かぶ『こぶし大の透明な水晶玉』――東洋の龍が持つとされる魔力の結晶、龍玉へと姿を変えた。
「すげえ……! これなら、ポケットに入れて持ち運べるな」
『よかったぁ。これなら僕も潰される心配がないや』
ホッと胸を撫で下ろすシリウス。
俺がその龍玉を手に取ろうと顔を近づけた、その時だった。
「……ん?」
よく見ると、その透明な玉の中には、手のひらサイズにまで縮んだ『ミニチュア版のファル』がちょこんと座っているではないか。
ふかふかの白い毛並みも、おじいちゃん犬のような愛嬌のある顔立ちもそのままに、すっぽりと水晶の球体に収まっている。
――よいしょ、っと。
ファルが玉の内側から短い前足をペチペチと叩くと、龍玉はポスッと地面に降り立った。
そして、ファルは球体の中で立ち上がり、その短い四肢をトコトコトコッ!と一生懸命に動かし始めたのだ。
すると、透明な龍玉がカラカラカラ……と回転し、自律して俺たちの足元を転がり始めた。
「え?」
『……えっ?』
俺とシリウスは顔を見合わせた。
龍玉は、俺たちの足元を器用に八の字を描いて転がりながら、脳内にファルの満足げな声を響かせた。
――えっへん! この『りゅうぎょくもーど』なら、ぼくがトコトコ歩けば、コロコロ〜って転がるんだよ! エルヴァンのぽけっとに入らなくても、じぶんでお散歩できるの! えへへっ!
……パチッ、と焚き火の残骸が爆ぜる音がした。
俺とシリウスは、完全に表情を凍りつかせていた。
「ファル……お前、喋り方どうした?」
『おじいちゃんの威厳が完全に消え去ったよぉ!? 声まで高くて可愛いんだけど!?』
俺とシリウスが慌ててツッコミを入れると、玉の中のファルはハッとして、ゴホンゴホンと短い前足で口元を隠した。
――し、しまった! 体が縮むと、声帯や思考の波長まで引っ張られて幼児化してしまうのじゃ……! ゴホン、えー、エルヴァンよ!
無理やりおじいちゃん口調に戻そうとしているが、声が高くて舌足らずなせいで、一生懸命背伸びしている子供にしか見えない。
カラカラカラカラ!と勢いよく洞窟内を転がり回る水晶玉の中で、短い手足をトコトコと動かしてランニングしている、幼児化した神獣。
……だめだ。どうしても、子供の頃に飼っていたふわふわねずみの飼育グッズを思い出してしまう。
「ファル……それ、完全にふわふわねずみのボール……」
『中でおじいちゃんが幼児返りして一生懸命走ってるよぉ……』
俺たちが生暖かい目を向ける中、ファルは全く気にする様子もなく、コロコロと俺の足元に戻ってきた。
――さ、さて! あのね、エルヴァン! さっき田舎にかえるって言ってたけど……ぼく、お話しがあるの!
「お話しって……提案のことか?」
――うんっ! ぼくね、ずーっとこのお山にいたから、今の人間たちの街が気になってるの! だから、エルヴァンがもうちょっとだけテイマーとして頑張るなら、ぼくが一緒についてってあげる!
内容は大真面目で熱い提案のはずなのに、一生懸命喋っている玉の中のもふもふが可愛すぎて、どうしても頬が緩んでしまう。
足元の水晶玉から響くその言葉に、俺はハッと息を呑んだ。
ギルドを追放され、才能がないと諦めて逃げ帰ろうとしていた俺。
でも、今は違う。
隣には、俺を信じて「絶対守る」と言ってくれた青炎のナイトメア、シリウスがいる。
足元には、俺の言葉の力を認めてくれた伝説の白竜、ファルがいる……プフ……幼児化してる姿が滅茶苦茶微笑ましいけど。
俺のやり方は、間違っていなかったのだ。
痛めつけて支配しなくても、言葉と心で、こんなにも素晴らしい相棒たちと繋がることができる。
「……そうだな。俺も、まだ諦めたくない」
俺はしゃがみ込み、コロコロと転がる龍玉を手のひらですくい上げた。冷たい水晶越しに、ファルの温かい魔力が伝わってくる。
「テイマーギルドにはもう戻れないけど、冒険者ギルドなら、俺みたいなはぐれ者でも登録できるはずだ。この三人なら、きっと街でもやっていける」
『うん! 僕もエルヴァンのご飯が毎日食べられるなら、どこまでもついていくよ!』
――僕に任せておけば、安心だよ!!
昨日まで、ただ俯いて歩いていた帰り道。
しかし今は、前を向いて歩くことができる。
「よし、それじゃあ一番近い大きな街……『迷宮都市』を目指すか。出発だ!」
エルヴァンの掛け声と共に、青炎の悪魔馬と、ハムスターボールのように転がる龍玉を連れた、前代未聞のテイマーの新たな冒険が幕を開けた。
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