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第5話:古のテイマー

「待ってくれ! 俺たちは、あんたを傷つけに来たわけじゃないんだ!」


 俺は両手を大きく広げ、武器など持っていないことを示しながら、真っ直ぐに白竜の黄金色の瞳を見つめ返した。

 恐怖で足はすくんでいる。それでも、俺の言葉には何かが宿っているというシリウスの信頼が、俺の背中を支えてくれていた。


「俺はエルヴァン。ただのしがない、ギルドを追放されたはぐれテイマーだ。あんたを縛るような魔導具なんて、一つも持っていない!」

 響き渡る俺の声に、白竜の口元に収束しかけていた雷光が、パチパチと音を立てて霧散した。


 巨大な顔が、俺の目の前までスッと近づいてくる。フンス、と嗅がれた鼻息だけで吹き飛ばされそうになったが、俺は必死に堪えてその場に立ち尽くした。


 ――確かに、貴様の匂いは他の人間たちとは違うな。あの忌まわしい、血と鉄と痛みの臭いがせぬ。


 脳内に響く嗄れた声からは、先ほどの強烈な殺気がわずかに薄れていた。


 ――ワシは長きにわたり、この山のふもとに広がる村を見守ってきた。はるか昔、たった一人の『友』と交わした約束のためにな。


「友……? それって、昔のテイマーのことか?」


 ――いかにも。奴はワシを力で縛ろうとはせず、ただ隣に座り、よくワシの毛並みをブラッシングしてくれたものだ。人間にしては物好きで、だが、誰よりも温かい魂を持った男じゃった。


 白竜は目を細め、どこか遠くを見るような顔をした。その表情は、威厳ある神獣というよりも、古い記憶を愛おしむ穏やかな老犬のように見えた。


 ――じゃが、人間の寿命は短い。友が死に、長い年月が流れた。ワシは約束通り村に恵みの雨を降らせ、魔物から守り続けてきたというのに……今の時代のテイマー共は、ワシを『守り神』ではなく『素材』や『強力な兵器』としか見なくなったのだ。


 白竜の首元をよく見ると、純白の毛並みの下に、焼け焦げたような古い傷跡がいくつも残っていた。

 強力な魔導具による拘束の跡だ。今のテイマーたちが、この心優しい神獣にどれほど残酷な仕打ちをしたのか、俺には痛いほど理解できた。


「……だから、人間を信じられなくなったんだな。ごめん、俺たち人間の勝手な都合で、あんたを傷つけて」


 ――貴様が謝ることではない。だが、もう人間と関わる気はないのじゃ。雨が止んだら、さっさと立ち去るがよい。


 白竜はそう吐き捨てると、洞窟の奥へと身を翻し、ドスリと重い音を立てて丸くなった。

 拒絶。けれど、それは怒りというよりも、ひどく寂しそうな背中だった。

 外では、激しい雨が容赦なく降り続いている。

 完全に日が落ちて洞窟内が冷え込んできたため、俺は入り口付近に小さな焚き火を起こした。


「腹減ったな……。シリウス、怪我はないか?」

『う、うん。僕は大丈夫だよ。それよりエルヴァン、ごめんね。僕、ドラゴン相手に足がすくんじゃって……』

 耳をぺたんと伏せて落ち込むシリウスに、俺は苦笑しながらその首筋を撫でた。


「気にするな。あんだけデカけりゃ誰だってビビるさ。……よし、美味い飯でも食って元気出すか!」

『あ、待って! ご飯なら僕が獲ってくるよ! さっきの挽回をさせて!』

 シリウスは名誉挽回とばかりに鼻息を荒くすると、雨が降りしきる外の暗闇へと飛び出していった。


 そして数分後、自分の体ほどもある巨大な『ホーンラビット(角ウサギ)』を咥えて、意気揚々と戻ってきたのだ。


『えっへん! どうだい、エルヴァン!』

「おっ、すげえ! 丸々と太ってて美味そうだ。でかしたぞ、シリウス!」

 俺は手早くホーンラビットの血抜きを済ませると、慣れた手つきで解体に入った。


 上質な肉は串に刺して焚き火の周りに立て、じっくりと遠火で炙る。余った骨や切れ端は、野草と一緒に鍋に放り込んで濃厚なスープにする算段だ。


 パチパチという薪の音に混じって、肉の脂が滴り落ちてジュワッと焦げる音が響く。香ばしい獣肉の匂いと、野草の爽やかな香りが、洞窟いっぱいに広がっていった。


 ぐうぅぅぅぅ……。


 不意に、地鳴りのような巨大な音が洞窟の奥から響いた。

 見れば、丸くなっていたはずの白竜が、こちらをチラチラと盗み見ている。目が合うと、バツが悪そうにフイッと顔を背けた。


 俺は思わず吹き出しそうになるのを堪えながら、一番大きく焼けた極上の串肉と、温かいスープを大きめの木の葉に盛り付けた。


「シリウス、お前の分はそこにあるから先に食っててくれ。俺はちょっと、おすそ分けに行ってくる」

『えっ、エルヴァン、大丈夫!?』

 シリウスの心配をよそに、俺は熱々の肉とスープを持って、洞窟の奥へと歩み寄った。


 白竜は警戒するように喉を鳴らしたが、その視線は完全に俺の手元の肉に釘付けになっている。鼻先がヒクヒクと動いているのがわかった。


「あのさ……これ、さっき獲ったウサギなんだけど」

 俺は、白竜の巨大な顔の前に、そっと木の葉の皿を置いた。


「あんたのその大きな体には全然小さくて、腹の足しにならないかもしれないけれど。……外も寒いし、よかったら俺たちと一緒に食べてくれないか?」


 ――ふん。ワシは長寿の竜じゃ。数百年何も食わずとも生きていけるわい。


 白竜はそっぽを向いたが、その黄金色の瞳はチラチラと肉を見ている。

 俺が黙って微笑んでいると、やがて観念したように大きなため息をつき、巨大な顎を開いて、ちょこんと乗せられた小さなウサギ肉をパクリと口に入れた。


 ザクッ、ジュワァ。


 香ばしく焼けた肉の旨味と、野草の素朴な風味が、白竜の口の中に広がる。


 ――ッ。


 その瞬間、白竜の動きがピタリと止まった。黄金色の瞳が見開かれ、微かに震える。

『――ほらよ! お前のデカい体には小さくて、全然腹の足しにならないかもしれないけどな。一緒に食おうぜ!』

 脳裏にフラッシュバックしたのは、数百年も昔の記憶。


 雨宿りをしたボロボロの山小屋。焚き火のそばで、泥だらけの青年が、自分の分の粗末な干し肉をちぎって、笑顔で差し出してくれたあの日の光景。

 あの時、人間という小さく脆い生き物から初めて受け取った、理屈のない優しさと温もり。


「どうした? 口に合わなかったか?」

 心配そうに覗き込んでくるエルヴァンの顔が、記憶の中の『友』の笑顔と完全に重なった。

 白竜の大きな瞳から、ポロリと大粒の涙がこぼれ落ち、洞窟の地面を濡らした。


 ――いや……。とても、懐かしく、美味い味じゃ。


「そっか。よかった」

 俺が安心して笑いかけると、白竜はゆっくりと巨大な頭を下げ、俺の足元にそのふかふかした白い鼻先をすり寄せてきたのだ。


 ――長き時を経て、再び友の魂を持つ者に出会えるとはな。……若きテイマーよ。ワシの名は『ファル」


「よしよし、いい子だなー。すごいモフモフだ」


 ――むっ。ワシはいい子などではない、威厳ある竜……まぁよい。もっと撫でるがよいぞ。

 気持ちよさそうに目を細める白竜と、それに呆気にとられるシリウス。


 外の冷たい雨だれとは対照的に、洞窟の中には、焚き火と肉の温かい匂いが満ちていた。

◆◆◆◇◇◇◆◆◆


 読んでいただきありがとうございます。

 ファルのイメージは、映画「ネバーエンディングストーリー」のファルコンです。名前も割とまんまですね(汗


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