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第4話:雨宿りの洞窟

 俺たちは故郷の村へ向かって、緑豊かな街道をのんびりと歩いていた。


「俺の故郷は、ここからずっと北にある小さな農業の村なんだ」


『農業?』


「ああ。見渡す限りの麦畑と、放牧された羊や牛がたくさんいてさ。空気が美味くて、すごく穏やかな場所だよ。俺は昔から、そこで動物たちの世話をするのが何より好きだったんだ」

 歩幅を合わせながら隣を歩くシリウスに、俺はぽつりぽつりと身の上話をこぼした。


「言葉が通じなくても、毎日ブラッシングして、美味い飯を食わせてやれば、動物たちはちゃんと応えてくれる。それが嬉しくて……もっといろんな動物と触れ合いたくて、テイマーの道を選んだんだ」


『そっか。エルヴァンらしいね』


「でも、俺には才能がなかった。テイマーギルドで教わるのは、魔導具で痛みを当てて無理やり従わせる方法ばかり。俺にはそれがどうしてもできなくて、結局クビになっちまった」

 自嘲気味に笑う俺の顔を、シリウスは透き通るような青い瞳でじっと見つめていた。


(……エルヴァンは『自分に才能がない』なんて言っているけど、絶対にそんなことない)


 シリウスは内心で、はっきりとそう確信していた。

 エルヴァンの言葉には、他者の心の奥底に直接染み込んでいくような、不思議な力が宿っている。警戒心を解きほぐし、理屈ではなく魂を揺さぶる『言霊』のような力だ。事実、人間を深く憎んでいたシリウスでさえ、彼の言葉と優しさに触れただけで、あっという間に心を開いてしまったのだから。


『ねえ、エルヴァン。君は今まで、使役した小さな魔物以外に話しかけたことはある?』

「え? いや、ないよ。だって俺よりランクが上の魔物なんて、威圧感が凄くて怖かったし。そもそも、魔物の声が聞こえたのはシリウスが初めてだったからな」


『それなら、次に魔物と出会った時は、君の言葉が相手に通じると信じて、語りかけてみてよ』

 シリウスは立ち止まり、俺の正面に回り込んで真っ直ぐに見上げてきた。


「語りかけるって……もし言葉が通じずに襲いかかってきたらどうするんだよ?」

『大丈夫! その時は、この僕が絶対に君を守るからさ!』

 得意げに胸を張り、鼻息をフンスと荒くするシリウス。

 昨夜、巨大なブラッドハウンドを一撃で吹き飛ばした彼の青い炎を思い出し、俺は少しだけ勇気をもらって頷いた。


「わかった。シリウスがそこまで言うなら、次からは逃げずに語りかけてみるよ」

 そんな会話をしていると、不意に、ポツリと冷たいものが鼻の頭に落ちてきた。


 見上げれば、さっきまで晴れ渡っていた空が、いつの間にかどんよりとした分厚い雨雲に覆われている。


「うわっ、急に曇ってきたな。一雨きそうだぞ」

『あっちに大きな山がある。雨宿りできそうな場所を探そう』

 俺たちは小走りで街道を外れ、山のふもとへと向かった。


 運良く、岩肌にぽっかりと開いた巨大な洞窟を発見することができた。中はかなり広く、大人十人が手を繋いでも余裕で入れそうなほどの横穴が、奥深くへと続いている。


「助かった。とりあえず、この入り口付近でキャンプの準備をするか。少し冷えてきたし、火を……」

 俺がリュックを下ろそうとした、その時だった。


『……待って、エルヴァン』

 シリウスの声が、ピリッと張り詰めた。

 見れば、彼の耳がピンと立ち、洞窟の奥の暗闇をこれ以上ないほど鋭く睨みつけている。その美しい黒毛が、総毛立っていた。


『この洞窟、何かいる。……それも、とんでもなく強い生き物が』

「強い生き物って、どれくらい……?」

『わからない。でも、僕の知ってるどんな魔物よりも――』


 ズシン。


 シリウスの言葉を遮るように、洞窟の奥から重い足音が響いた。

 空気がビリビリと震える。ただそこに「いる」だけで、生物としての格の違いを見せつけられるような、圧倒的なプレッシャー。


 暗闇の奥から、ゆらりと巨大な影が姿を現した。

 それは、真珠のように輝く『白くやわらかそうな毛』に覆われた、巨大な竜だった。

 東洋の龍のように長い胴体。顔立ちは、どこか大型の老犬を思わせるような愛嬌がある。しかし、その巨躯から放たれる神々しい威厳と、俺たちを見下ろす黄金色の瞳に宿る『明確な敵意』は、本物だった。


「ド、ドラゴン……!?」

 俺は息を呑んだ。


 伝説に語られるような、天候すらも操る神話級の存在。急な天候の変化は、このドラゴンが目を覚ました影響だったのだ。


『グルルルルッ……!』

 ドラゴンが低く唸ると、洞窟の壁が震え、殺気を伴った突風が吹き荒れた。

 シリウスが咄嗟に俺の前に飛び出し、青い炎を纏って威嚇する。


 おお、頼もしいぞシリウス! 昨日の言葉通り、俺を守ってくれるんだな!

 そう思ってシリウスの背中を見た瞬間。

 俺は、彼の後ろ足がガクガクと震えているのを見逃さなかった。


『え、ちょっ……エルヴァン……』

 シリウスが、顔だけを不自然にこちらへ向けた。

 その透き通るような青い瞳には、うっすらと涙が浮かんでいるように見える。


『……守るとは言ったけど……ドラゴンは想定外だよぉ〜!?』

 涙声で訴えかけてくるシリウス。


 無理もない。ナイトメアは強力な魔物だが、神獣であるドラゴン相手では大人と赤子ほどの力の差がある。青い炎も、心なしかさっきより小さく弱々しく揺らいでいた。


 ――去れ、人間のテイマーよ。


 その時、洞窟全体を揺るがすような、重く、しかしどこかひどく嗄れた『老人の声』が、俺の脳内に直接響き渡った。


 ――ワシは貴様ら人間が憎い。やつらが使う魔導具の臭いを嗅ぐだけで、吐き気がするわい。焼き尽くされたくなければ、今すぐワシの縄張りから消え失せるのじゃ……!!


 強烈な怒りと、そしてどこか深い悲しみを帯びた声。

 ドラゴンの口元に、パチパチと稲妻のような光が収束していく。ブレスを撃たれれば、俺もシリウスも一溜まりもない。


「……逃げずに、語りかけてみるよ」

 俺は、震える脚を叩いて一歩前へ出た。


 シリウスが俺にくれた言葉。俺の言葉には、何かが宿っているという彼からの信頼。

 相手がどれほど強大でも、言葉が通じるなら、俺はもう逃げない。


「待ってくれ! 俺たちは、あんたを傷つけに来たわけじゃないんだ!」

 俺は丸腰の両手を広げ、巨大な白竜に向かって、ありったけの声で叫んだ。

◆◆◆◇◇◇◆◆◆


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