第36話:テイマーギルド『白竜の翼』
腐敗したテイマーギルド『獣王の鎖』を追放された俺が、相棒の神獣たちと共にAランク冒険者へとのし上がり、防波堤という名目の超危険地帯に三十五年のフルローンを背負って、新たなギルドの拠点を建設し始めてから数ヶ月。
季節が少し移り変わった頃。
迷宮都市ゴルドランの中心部に、ついに俺たちの新しいテイマーギルド『白竜の翼』の巨大なギルドハウスが完成した。
『ふぁぁぁ〜……。やはり、本来の姿で日の光を浴びるのは格別よのう!』
高い塀に囲まれた、外からは絶対に中が見えない広大なモンスター・ラン。
そこでは、龍玉から本来の姿に戻ったファルが、気持ちよさそうに芝生の上で寝転がっていた。
その体長は、実に三十メートル以上。ビルを見上げるかのような超巨大な白竜の姿と、腹の底に響くような威厳あるお爺ちゃん口調は、普段、龍玉の中で魔力を抑えている時の「お肉たべたいの!」という幼児口調からは想像もつかないほどの迫力だ。
その巨大なファルの尻尾の周りでは、シリウスや、ニーナの相棒であるスライムのプルちゃんが楽しそうに追いかけっこをしている。
シリウスの鬣と蹄には青い炎が揺らめいているが、これは邪悪なものだけを恐ろしい熱量で焼き尽くす聖なる炎だ。俺や仲間たちにとっては、日向ぼっこのようにポカポカと心地よい暖かさでしかない。
迷宮都市で義務付けられている手綱に加え、以前は高くて手が出なかったものの、最近ようやく俺が買ってやった『特注の鞍』を背に装備して、シリウスはどこか誇らしげに走り回っていた。
ギルドの建物も完成し、いよいよ本格始動――と思いきや、現在『白竜の翼』は新規メンバーの受け入れを完全に停止し、『一見さんお断り』の看板を掲げていた。
理由は単純。この中庭で腹を出して寝ているファルの存在である。
『幸運の白竜』はその名の通り、途方もない幸運をもたらす神獣だ。過去にはその幸運を手中に収めようと権力者に狙われたり、戦争に利用されそうになった歴史がある。いつまでも隠し通せるとは思っていないが、彼らが平穏に昼寝を楽しめるこの環境を、迂闊に世間に晒すわけにはいかないのだ。
ちなみに、ギルドの顔となる応接室からは、ファルが伸びているこの中庭が一切見えないような特殊な設計にしてある。
「……あぁ、もうダメだ。数字がゲシュタルト崩壊してきた……」
そして現在。俺は自分の執務室のデスクで、山のように積まれた書類の束を前に、死んだ魚のような目をしていた。
ギルドの設立認可証、税金の申告、中庭に敷き詰める魔物用高級芝生の仕入れ代金、そして三十五年ローンの返済計画書。
料理と魔物の世話しか取り柄のないただの凡人である俺の処理能力は、膨大な『事務作業』という魔王の前に完全に崩壊寸前だった。
「誰か……誰か、事務仕事ができる救世主はいないのか……!」
俺が机に突っ伏して悲鳴を上げた、その時だった。
――ガチャリ。
「来ちゃった!」
「……えっ?」
執務室の扉を開けて顔を出したのは、タイトな事務服に身を包んだ、完璧な笑顔のセリアだった。
「セ、セリア? 『来ちゃった』って、仕事は!?」
「辞めてきちゃいました!」
セリアはバチーン!と可愛らしくウィンクをして、俺のデスクの前に歩み寄ってきた。
「冒険者ギルドは昨日付けで退職しました。今日からは、この『白竜の翼』の専属受付嬢――兼、エルヴァン様の第一秘書です!」
「や、辞めたぁっ!? あのガストンさんのところを!?」
「はいっ。私には、エルみたいに戦う力も、魔物をテイムする才能もありません。でも」
セリアは、俺の机の上に散乱していた書類の束を、流れるような手つきで一瞬にして綺麗にまとめ上げた。
「私には、ガストンさんから徹底的に叩き込まれた『ギルドの運営・管理能力』があります。数字の計算も書類の処理も、すべて私に任せてください。
……微力かもしれませんが、エルの、この温かいギルドを作る手助けをさせてほしいんです」
ニーナの加入後、セリアは俺の事をエルと呼び始めた。勿論仕事中は、いつも通りの呼び名で、しっかりオンオフを切り替える。
二人きりの空間だからこその、少し頬を染めた「エル」という甘い愛称。その真っ直ぐな瞳に見つめられ、俺は胸の奥がドクンと跳ねるのを感じた。
「セリア……。お前ってやつは……!」
「エル……」
「お前は女神だ!! 本物の救世主だ!! ありがとう、マジで助かる!!」
俺は感動のあまり涙を流しながら立ち上がり、セリアの両手をガシッと力強く握りしめた。セリアが「ひゃあっ」と可愛らしい声を上げる。
こうして俺たちのギルドに、有能な『秘書』が仲間入りを果たしたのだった。
◇ ◇ ◇
後日。
俺はセリアを伴って、冒険者ギルドの執務室へと足を運んでいた。もちろん、事後報告になってしまったガストンさんへの謝罪のためだ。
「ガストンさん! 大事な看板娘をいきなり引き抜く形になってしまって、本当に、本当に申し訳ありませんでしたぁっ!!」
俺は執務室のドアを開けるなり、床に額がめり込むほどの勢いでジャンピング土下座をかました。
そんな俺の隣で、セリアは三指をつくような淑やかな動作でペコリと頭を下げる。
「これまで大変お世話になりました、ガストンさん。私、これからはエルのもとで、身を粉にして尽くす所存です」
「なっ、エルだと……!?」
ガストンさんがピクッと眉をひきつらせる。
俺が土下座をし、その横で頬を赤らめて微笑むセリア。そして、腕を組んで鬼のような渋面を作るガストンさん。
……その光景を、開いたドアの隙間から覗き見していた冒険者たちがザワザワと囁き合い始めた
。
『おい見ろよ、あれ完全に「お嬢さんを僕にください」のヤツじゃねえか……』
『蒼炎の旦那、ついにギルドの受付嬢を嫁にもらうのか!』
『ガストンの親父も、完全に娘を嫁に出す父親の顔になってるぜ……』
外野のヒソヒソ声など全く耳に入っていない俺は、ただただ「有能な事務員を奪って怒っている」としか思っておらず、必死に言葉を紡いだ。
「ガストンさん! どうかお許しください! 俺のギルドには、どうしても彼女が必要なんです!!」
「……チッ」
ガストンさんは深く、ひどく重たい溜め息を吐くと、ドカッと椅子に座り直した。
「まあ、セリアが自分で決めた『男』なら仕方ねえ。せいぜいこき使ってやれ。だがな、エルヴァン!!」
「はいっ!」
「うちの可愛いセリアを泣かすようなことがあったら、俺がお前を迷宮の底に沈めるからな。覚悟しておけよ」
「はいっ!! 責任を持って、一生大事にします!!」
俺が力強く宣言すると、隣にいたセリアが「ひゃぅっ」と変な声を漏らし、顔を真っ赤にして口元を両手で覆った。
「一生大事に……っ! ふふっ、はいっ! 私、エルのためならどこまでもついていきます!」
『おおおおぉぉぉぉっ!! おめでとおおおぉぉぉっ!!』
突如として、ドアの外から冒険者たちの割れんばかりの拍手と歓声が湧き起こった。
えっ? なんで? ただのギルド移籍の挨拶なのに、なんでこんなにお祝いムードなの?
「えっ、ちょ、なんでみんな拍手して……痛っ! ガストンさん、なんで俺の頭をスリッパで叩くんですか!?」
「うるせえ! とっとと新居に帰りやがれ、このリア充め!!」
こうして、街中に「蒼炎のテイマーが身を固めた(?)」という盛大な勘違いを撒き散らしながら、俺たちの新しいギルド運営は、最高にドタバタな幕開けを飾るのだった。




