第32話:従魔たちの楽園と、新たな出会い
三十五年ローンという恐ろしい契約書にサインをした翌日。
俺は、ギルドから紹介された建築士と共に、迷宮の入り口正面にあるという『新ギルドの建設予定地』へと足を運んでいた。
「……広っ!?」
現地に到着した俺は、思わず声を上げた。
そこは障壁というだけあって、街の区画一つ分が丸々空き地になっているような、とんでもなく広大な土地だったのだ。
(これ、いくらなんでも広すぎないか? ……あっ、そうか)
俺の肩でプカプカと浮いている龍玉に入ったファルを見て、ガストンがニヤリと笑っていた理由を悟った。
この広さなら、高い塀さえ作ってしまえば、ファルが元の『巨大な白竜』の姿に戻ってのびのびと昼寝をしても、街の建物を壊す心配がない。
口では「肉の盾」などと悪ぶっていたが、ガストンなりに、規格外の相棒を持つ俺たちの事情を最大限に考慮して、この巨大な土地を用意してくれたのだ。
「いやまて、土地が広ければ建築費用も嵩むのでは……。いやいや…、腹をくくるんだ!!
それじゃあ建築士さん、打ち合わせをお願いします」
「はい、エルヴァン様。どのようなギルドハウスをご希望で?」
「まず、敷地の周りを『外から絶対に中が見えないくらい高くて頑丈な塀』で囲ってください。それから……」
俺は、長年テイマーとして魔物たちと接する中で、ずっと頭の中に思い描いていた『魔物と人間が共生できる理想の環境』を図面として提案していった。
「敷地の中央は、魔物たちが自由に走り回れる広大な芝生の庭に。隅の方には、巨大な魔物でもゆったり浸かれる『温水洗い場』と砂場をお願いします。建物自体は人間用の居住スペースと、魔物たちが種族やサイズごとにリラックスして眠れる専用の部屋を分けて……あっ、食堂だけは人間も魔物も一緒にご飯を食べられるように、ものすごく広く作ってください!」
「は、はぁ……。人間よりも、従魔の快適さを優先した設計ですか。前代未聞ですが、非常に面白いですね。しかし……」
建築士は図面を見ながら、ひきつった笑いを浮かべた。
「これほどの特注設備と広さになると、完成までには数ヶ月は確実にかかります。そして何より……建築費用が、当初の融資額を大きく上回る『相当な額』になりますよ?」
「……っ! か、構いません。(また借金が増える……!)最高の『家』を作ってください!」
胃の痛みに耐えながら、俺は力強く頷き、新しい居場所の建設がスタートしたのだった。
◇ ◇ ◇
ギルドの建物が完成するまでの間、俺たちはローンの返済と、相棒たちのブラックホールのような胃袋を満たすため、冒険者としての依頼をこなす日々を送っていた。
今日は迷宮ではなく、ゴルドランの街の郊外にある『静寂の森』へと足を運んでいた。依頼内容は、この森にしか生えない希少なハーブやキノコなどの『高級食材の採取』だ。
「よし、この辺りに生えてるはず……って、ん?」
森の奥で地面にしゃがみ込んでいた俺の耳に、ピリッとした空気を裂くような音が聞こえてきた。
――ビシッ!!
「……っ!? 今のは、鞭の音?」
『エルヴァン。あっちの方から、血の匂いと……すごく嫌な魔力がする』
手綱を引いていたシリウスが、警戒するように耳を伏せた。
俺たちは気配を殺し、音のした方へと茂みを掻き分けて進んだ。すると、少し開けた獣道に、見覚えのある制服を着た数人の冒険者たちがいた。
背中に鎖の紋章が刺繍されたマント。
俺を追放した、あのテイマーギルド……『獣王の鎖』のメンバーたちだ。
テイマーギルドのマスター『ボルグ』が捕まった後、別の幹部が新たなギルドマスターになったと聞いてはいたが、組織の体質は全く変わっていなかったらしい。
「歩けっつってんだろ、こののろまが!」
ビシィッ!!
ベテランらしき男が、荷物運び用に使役している巨大な熊の魔物の背中を、容赦なく棘付きの鞭で打ち据えていた。熊の魔物はすでに疲労困憊で、足から血を流して膝をついている。
「ひっ……! や、やめてください、先輩! ボア・ベアはもう限界です! これ以上叩いたら死んじゃいます!」
その凶行を必死に止めに入ったのは、まだ十八歳くらいの、あどけなさを残した新人テイマーの少女だった。
栗色の髪を揺らし、涙目で先輩たちに立ち向かう彼女の腕の中では、小さなスライムが怯えたようにプルプルと震えている。
その光景を見て、俺は息を呑んだ。
あの少女は……昔の俺だ。
魔物を心から愛しているのに、力がないせいで上の人間に逆らえず、虐げられる魔物たちを見て涙を流すことしかできなかった、あの頃の俺と全く同じ目をしている。
「あぁ? うるせえな、このルーキーが!魔物なんてのはな、痛みを教え込んで恐怖で支配しねえと、すぐに調子に乗って人間に牙を剥くんだよ!」
「そ、そんなの可哀想です! もっと休ませて、ご飯をあげればちゃんと働いてくれます!」
「チッ。最近『蒼炎のテイマー』だの何だのと寝言を信じて入ってくる甘ったれのガキが増えて苛ついてたんだ。
……いいか? うちのギルドじゃ、言うことを聞かねえメンバーは、従魔と同じように『鞭打ち』で教育してやるルールなんだよ!」
ベテランテイマーが残酷な笑みを浮かべ、少女とスライムに向かって、血に濡れた鞭を大きく振り上げた。
少女が「ひぃっ!」と悲鳴を上げて目を瞑り、スライムを庇うように丸くうずくまる。
――プツンッ。
俺の中で、何かが完全にキレる音がした。
「そこまでだ」
静かだが、森の空気を一瞬で凍らせるような低い声。
俺は茂みからゆっくりと歩み出ると、鞭を振り下ろそうとしていた男に向かって、静かに、だが明確な怒りを込めて言い放った。
「そのふざけた鞭を下ろせ。……ヤメロ」
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