第31話:空前のテイマーブーム
俺がAランクに昇格してから数日がたった頃、迷宮都市ゴルドランでは、ちょっとした異変が起きていた。
「歩け、このグズ獣が! あの『蒼炎のテイマー』の悪魔馬みたいに、気合いで炎を出してみろ!」
ビシッ!と、乾いた鞭の音が路地裏に響き渡る。
「オラッ、逆らうなら夕飯は抜きだ! あのエルヴァンって奴だって、裏じゃ絶対にこうやって強烈な暴力と恐怖で魔物を屈服させてるに決まってるからな!」
安価な『隷属の首輪』をつけられ、傷だらけになった低級魔物のファング・ウルフが、無理やり鎖で引きずられながら悲痛な鳴き声を上げていた。
あの日、俺のド派手な認定式を見た血の気の多い冒険者やゴロツキたちが、「俺も魔物を力で従えて成り上がるんだ」と、こぞってテイマーを志し始めたのだ。
いわゆる、最悪な形での『空前のテイマーブーム』である。
(『蒼炎のテイマー』って……俺自身は生活魔法の火起こしすらギリギリの凡人なのに……)
俺は居心地の悪さにため息をついた。ちなみに、あの日迷宮で災害級の暴食王豚を見て「美味そうだな」と涎を垂らしたのを目撃していたAランク冒険者たちからは、さらに恐れを込めて『災厄喰らい』などという物騒極まりない裏の二つ名で呼ばれ始めている。本当に胃が痛い。
だが、そんな勘違いよりも、目の前の残酷な光景を見て、俺の心は芯から冷え切っていた。
「……ひどいな」
『ひどいよ…、あのわんちゃんの助けをもとめるこえがきこえるよ……』
龍玉の中から、ファルが怒りと悲しみの混じった鼻息を吐き出す。
ボルグが捕縛され、腐敗したテイマーギルドのトップは不在となった。しかし、長年この街に染み付いた「魔物は力と痛みで支配するもの」という古い常識は、そう簡単に消えるものではない。
それどころか俺が変に目立ってしまったせいで、力自慢のゴロツキたちが勘違いをして、旧態依然としたやり方を加速させてしまっていた。
『ブルルッ……。あの子たち、すっごく悲しくて、痛そうな匂いがするよ、エルヴァン』
「ああ。このままじゃ、不幸な魔物と、いずれ魔物に見限られて命を落とす人間が増えるだけだ」
俺はギリッと奥歯を噛み締めた。
俺がテイマーとして名を売ったせいで、皮肉にも、暴力的なテイマーを量産してしまったのだ。
ならば、俺が責任を持ってその在り方を変えなければならない。魔物と人間が、恐怖ではなく、対等な相棒として笑い合える場所。新しい常識を発信する場所――『新たなテイマーギルド』を、俺自身の手で作るんだ!!
◇ ◇ ◇
「――というわけで、さっそく俺のギルドの拠点を建てたいんです。いただいたこの土地の権利書、今日から使えますよね?」
冒険者ギルドの執務室。俺はガストンとセリアの前に、分厚い権利書をドンッと置いた。
これで土地代はタダ。あとは上物を建てるだけだ、と意気込む俺に対し、ガストンはなぜか同情するような、ニヤニヤとした笑みを浮かべた。
「おう、その意気込みは立派だがな、エルヴァン。お前、その土地が『どこ』にあるか、ちゃんと地図を見たか?」
「えっ?
えーと、街の中心部で、迷宮の入り口からすぐ近くの一等地……って、あれ?」
俺は権利書に挟まっていた地図を見て、嫌な汗をかいた。
一等地といえば聞こえはいい。だが、その場所は迷宮の入り口の『真正面』。もし仮に、先日未遂に終わった【スタンピード】が起きた場合、一番最初に魔物の大群が激突する場所だ。
「ガストンさん……これ、もしかして」
「ああ。お前みたいな規格外のバケモノ……もとい、優秀な冒険者をそこに住まわせておけば、万が一の時の『防波堤《肉の盾》』になるからな。だから王都も、そんな広大な土地をタダでポンとくれたってわけだ」
「タダより高いものはないってやつじゃないですか!!」
俺が頭を抱えると、横からセリアがスッと冷徹なまでに完璧な所作で、分厚い書類の束を机に並べた。昨夜酔っ払って俺に甘えていた姿など微塵も感じさせない、冷ややかな敏腕受付嬢の顔だ。
「ギルドの防衛上の観点からも、エルヴァン様ほど適任な方はおりません。王都もその実力を高く評価しての『無償譲渡』でございます。……さて、拠点となるギルドハウスの建築費用についてですが、当ギルドより『特別融資』の決裁が下りております」
「融資……つまり、借金ってことですよね?」
「ご安心ください。エルヴァン様は将来有望な若きAランク冒険者ですので、最長の『35年ローン』を組むことが可能です。金利につきましても、ギルドマスターの権限で特別優遇枠を適用させていただきました」
セリアが営業スマイルを一切崩さず、流れるような事務的トーンで契約書の束とペンを突きつけてくる。有無を言わさぬプロの圧だ。
通常危険が伴う冒険者のローンで35年はあり得ない。俺の信頼の高さなのか、シリウスたちの強さによるものなのか、あるいはどんな手を使ってでも壁役にならせたいのか……
「さあ、こちらにサインと捺印をお願いいたします」
スタンピードの防波堤という超危険地帯に、35年のローンを背負って建物を建てる。ただの「普通の人間」である俺に、これ以上ないほど現実的で重たいプレッシャーがのしかかった。
『どうしたのエルヴァン? お顔が真っ青だよ?』
――なにゆえ震えておるのだ。我らがついているのだ、どのような魔物が来ようと灰塵に帰してくれるわ!
「お前たちは気楽でいいよな……俺は今、魔物より恐ろしい『ローン地獄』っていう魔王と戦おうとしてるんだよ……」
俺はガクガクと震える手でペンを握り、セリアの差し出した契約書に、震える文字でサインを書き込むのだった。
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